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竜の騎士の葛藤


 ある意味自分を産んだ女性より、アロスは竜のセグントを信じていた。


 契約という間柄ではあるが、己と彼の間には確かに友情が存在していると感じてきたし、人を不遜だ下等だと見下すくせに妙にひとくさいところのある竜をアロスは好いていた。


「……」


 しかし今、アロスは心底困り果てている。竜の、己の友の考えがわからない。


 少し前まではセグントは確かに、イザヤ王子を毛嫌いしていたはずなのだ。視界に入れるのも煩わしいとばかりに不満げに唸り、その不敬をイザヤは口だけは咎めていて、身分というものに縛られない竜のすがすがしさ、強さを尊敬していた。


『契約者、契約者よ……どうだ?あの王子は、どうしている?どこかに暗殺者など潜んでいないだろうか』


 赤い竜は宮殿の一室を不安げに見上げ、首を何度も上下させる。あの狩場から戻ってからセグントは王子の傍を離れることを嫌がった。

 視界にイザヤ王子が消えると明らかに狼狽え、アロスに近衛兵と竜騎士のどちらが立場が上なのかとすら聞いてきた。情けない姿、とはアロスは思わない。長年を共にした友の、強者である竜の、思いも寄らない一面はアロスに妙な居心地の悪さを与えはしたが、それで竜に対する敬意を忘れることはない。


「殿下がそれほど気になるのですか?」

『殿下?は?………う、うむ。うむ。そうだ。そうなのだ。あの王子だな。あぁ、そうだ。あの王子、敵が多いであろう。人というのはどこにいても安心して眠ることができない弱者だ。我が守ってやらねば」

「殿下を?!」


 思わずアロスは驚いて声を上げた。何か引っかかることがある程度だろうかと見定めるために質問をしたのだが、まさか人なぞ踏み潰しても「我の足元にいるのが悪い」と一瞥もしない竜が、羽虫以下の人の、それもこれまで『気持ちの悪い魂だ』と嫌悪していた王子を守る????


『それほど驚く事だろうか。契約者よ。あれはこの国の王子なのだろう。尊い身分の者は守ってやらねばならないだろう』

「いや……まさか…貴方の口からそんな話が出るとは……貴方は殿下を嫌っているとばかり……」

『別に好いているわけでもない』


 だが明らかに態度がおかしいだろう。

 アロスは指摘したかった。


 しかしそこでアロスは何か、違和感を覚える。


 王子の話をしている自分が、これまでのような感情にならない。アロスはイザヤ王子を好んでいなかった。できるだけあの王子に関わらないようにしたかった。何しろあの王子は……。


「……?」

『どうした、契約者よ』

「…………………おかしい」

『何がだ』

「…………私はなぜ、殿下を疎んでいたんだ?」


 自分を装飾品のように扱った。

 と、そのように最初に感じる。だが、その直接的な場面の記憶が思い出せない。癇癪を起して怒鳴りつけられたことがある、という感情はあるが……それはいつ、どこで、どんな状況でそれが起きたのだ?


「おい、騎士アロス」

「殿下」


 ひょいっと、イザヤ王子がバルコニーから顔を出した。


 その顔は寝不足や精神的な負荷の強さからか、隈が酷くやつれている。べっどりと苔が張り付いたような黒髪もあって不気味な少年ではあった。肌は死神のように青白い。だがアロスは、これまで嫌悪感しか抱かなかったイザヤ王子のその顔を見て、何も感じない自分がいることに驚いた。


 それどころか、この少年に対しての同情心さえ浮かんでくる。

 当然だ、アロスは元来、飢えた孤児を拾い上げ然るべき場所まで保護してやるような心根の持ち主だった。宮中で孤立し、何もかもから拒絶され、自身も周囲を拒絶することでしか身を守れない少年を、哀れまないわけがなかった。

 

「…………」


 今までの自分はこの少年にどんな酷い目を向けてて来たのだろうか。ぶるり、とアロスは自身の罪深さに身震いをした。バルコニーからアロスたちを見下ろす王子はただ「何をしているんだ?」と疑わし気に見ている。しかし猜疑心はない。アロスがここで竜に命じてイザヤ王子を灰にしてしまおうと考えているとは微塵も疑っていない。


 ……イザヤ王子は、アロスがこれまでどんなにイザヤ王子に嫌悪の眼差しを送ってきても、そうした態度を取ってきても、それでも騎士アロスという人間が、自分を害するような性質を持っているとは考えていないのだ。


「……………殿下、その。就寝のご挨拶を、しておりませんでしたので」


 真っすぐに自分を見下ろす王子の瞳に、アロスは耐え切れず顔を伏せた。これまで人の瞳をまっすぐに見つめ返してきた実直な騎士が、初めて自分の心を恥じて人の目を恐れた。


「そうか」

「はい。その、おやすみなさいませ」

「はっ……」


 王族相手になんと軽い挨拶だろうか。アロス自身も「何を言っているんだ」と戸惑った。だが漏れたのは軽蔑や失笑ではなく、少年らしい笑い声だった。


「……」


 はっとしてアロスは顔をあげる。


 そこにいるのは、年相応の笑顔をうかべた、ただただ、不健康なだけの少年だった。


「あぁ、おやすみ。騎士アロス。良い夢を見るといい」


 アロスは深く頭を垂れる。


 ……いったいなぜ、どうして自分は、己ともあろう者が、これまでこの方を嫌っていたのかわからない。


 濁った眼の奥に、確かに聡明さを持つ、アロスの戸惑いや不遜さを「それが今の己の評価」と受け入れてきた王子をなぜ、まともに見ようとしなかったのか。


「ぴっ」

「あぁ、そうだな。夜風はお前の体に悪い。――騎士アロス、挨拶が済んだならもうお前も休め」


 ひょいっと、イザヤ王子の肩に小さなトカゲが飛び乗った。アロスたちの方をみて小さく鳴き、すりっとイザヤ王子の頬に自身の小さな頭を摺り寄せる。それを当然のように受け入れて、イザヤ王子は踵を返した。


 その姿が見えなくなってもじっと、じっと、アロスはいつまでもバルコニーを見つめ続けた。








年内までの完結を頑張って目指すので、面白かったらイイネとかブクマとか評価とかなんかしら背中を押して頂けるとがんばれます、よろしくお願いいたします。

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