余計なこと言ったらわかってるだろうな!
ピシリ、と、竜騎士アロスは何かのきしむ音を聞いたような気がする。
「?」
貴族、王族たちの下らない暇つぶし。見栄の張り合い。民から搾り上げた血税を馬上で煌びやかに自身を飾り付けるための装飾品にすることで貴族としての優美さを表すことしか知らない連中。
定期的に行われる王家主催の狩猟大会に王族の護衛として強制的に参加させられたアロスは心底うんざりしていた。
しかし貴族を嫌うアロスも、血縁上はクルバン公爵家の次男だった。愛人の母に子供を産ませ、あまりぱっとしない嫡男の予備あるいは補佐としようとした公爵から逃れたくてアロスは家を飛び出した。しかし各地を旅している中でうっかり竜と契約を結び、竜騎士と祭り上げられ王都に行く羽目になったのだ。
貴族や王族たちはアロスが契約した炎の竜セグントをサーカスの見世物のように眺めたがる。
今日も苛立っているのだろうなとアロスは溜息をつきながら、相棒のいる真後ろを振り返り首を傾げた。
「どうかしましたか?」
『……………』
赤黒い鱗の竜はアロス以外の人には表情の変化などわからないだろう。だがセグントと契約しているアロスには、竜が怯え……いや、動揺していることを感じ取れた。
敵国の大群を前にしてもそんな感情の変化はない、人を超越した上位種のその様子にアロスは訝る。その金色の瞳が向いているのは……。
「イザヤ王子殿下?」
悪名高き血塗れ王子様だった。
アロスは人の噂を気にするタイプではなかった。しかしイザヤ王子の普段の振る舞いもよく知っている。イザヤ王子はアロスを配下にしたがったし、セグントを自身の馬のように扱いたがっていた。それらはアロスとセグントの能力を欲してというよりは、自分たちを装飾品のように扱い、自身の権威を少しでも高めようという打算だった。
はっきりいってアロスにとって苦手、というよりやや嫌悪感の募る相手だ。セグントなど視界に入る度に唸り声を上げる。だが今、怯えているのか?
「ピ、ッピ、ピ~」
「なんだ、すっかり僕の肩が気に入ったのか。怖いもの知らずのトカゲだな」
殿下の肩に爬虫類がいる。ちょっとデカめの。
日の光にキラキラと輝く銀の鱗に、ゆらゆらと揺れる細い尾。トカゲだ。どこからどう見てもトカゲだ。
「セグント?」
だがそのトカゲと戯れる殿下を見て、セグントは明らかに怯えている。動揺し、狼狽え、自分が今どういう行動をすべきかわからず震えている。いったいどうしたというのだろうか。
「騎士アロス」
「……王子殿下」
「フン、少しは敬意を示すフリくらいしたらどうだ」
イザヤ王子は鼻を鳴らす。普段ならアロスが膝を付かなかったことでカッと激高し怒鳴りつけてくる方だが、今日は機嫌がお宜しいらしい。
「ピッピッピ」
「どうだ。この男はな、我が国に仕える竜の騎士だ。僕のことを嫌っていてな。殿下とは呼ぶがけして僕より頭を低くしない正直なヤツだ」
「ピィ~」
肩に乗せた爬虫類に言って聞かせるように王子が話す。
爬虫類の方はひとの言葉がわかるのか、神妙そうな顔つきをして王子とアロスを交互に眺める。
その間ずっと、ガタガタとセグントが震えていた。
*
『し、ししししししし、し、し真竜様ッ!!!!!!!!!!!?』
キィイイン、と頭の中で声がする。
私はうわ、うるさ、と思いながら頭の中に話しかけてきているらしい目の前の竜を見上げた。
同じ竜だからかわかる。
私より格下!!
まぁ、私は最強の竜種なので私より格上の竜は存在しないのだが。私を見て怯える赤い竜に私は『可愛い手乗りドラゴンだけど何か?』というようにキュルン、と目を潤ませ首を傾げた。
なぜか赤い竜の顔が引きつる。なんでだ。
『な、ななな、なぜ、そのような愚物の肩に!?』
は???
愚物??????
誰が????
『も、申し訳ございません!!雄々しく気品のあるお方の肩でございます!!』
うんうん、そうだよね、そうだよね。
可愛い手乗りドラゴンを愛護してくれるらしいイザヤ王子は善良で素敵な王子様だよね。
私が満足して頷くと、赤い竜はおそるおそる、といった調子で言葉を続けた。
『恐れながら真竜様。御身のような至高の御方が霊峰を離れ人の世に身を置くとは……いったいどのような次第でございましょう?』
赤い竜、それに騎士という組み合わせを私は思い出していた。
あのクソ女神が読ませてくれた本の中で出てくる……ハッ、主人公の良い意味でのライバルキャラか!!
主人公にとってのラスボスは王子だが、親友、ライバルポジションとして竜騎士がいる。品行方正で真面目、貴族でありながら公平な心を持つ竜騎士は王都に不慣れな主人公の面倒をよく見てくれる。主人公の持つ剣が竜を討ったものであるということから…………ハッ!!
『戦力拡大の為に死ぬ!!』
『はい!!!??』
この目の前の赤い竜、そういえば竜騎士の覚醒イベントのために死ぬんだった。
主人公が竜を討ち、その力を剣に閉じ込めることでパワーアップしたので、竜騎士は赤い竜を討つ。おい相棒に何してるんだ竜騎士と私は頭の中で突っ込みを入れる。一応、赤い竜はイザヤ王子の罠により魔獣や魔物たちに囲まれ瀕死の状態になるのだ。絶体絶命という時に、赤い竜は自分の命を竜騎士にくれてやると言い、竜騎士は相棒の命を剣に宿して危機を脱出する……。
いい話だな。
一緒に死んでやれよ。
人間同士なら良い。だがなぜこの物語の主人公側は竜でパワーアップするのか。竜のことを経験値の塊か何かとしているのか。あのクソ女神。
『あの、どうかされましたか?』
『うぅん、なんでもない。ところでさ、あのね、わたしイザヤ王子に守ってもらおうと思って』
『なんと??真竜様が?????』
『うん、そうなの。人間でね、わたしのこと加工して武器にするひとがいるから』
ゴォオオオオオ、と赤い竜が咆哮を上げた。
「セグント!!?」
「なんだ!?」
何か世間話、社交辞令を交わしていたイザヤ王子と竜騎士さんが驚く。
ダンッ、と赤い竜は地団太を踏むように大地を踏みしめ、ずしん、と周辺が揺れた。
『なんと、なんと無礼な!!!!!!!!人間め!!!!!!!!!我らが姫様に!!!!!!』
『お、落ち着いて、落ち着いて……』
『一体どこの下等生物でございましょうや!!?このセグント、真竜様の御為に必ずやその愚か者を引き裂き、腸を引きずり出して姫様の御前にお連れ致しましょう!!』
いや、その場合、私の代わりに王の剣で打たれる竜が赤い竜になるだけじゃないかな???
私は『まって、まって』と興奮する赤い竜を宥めるべく、イザヤ王子の肩から降りた。
「待て」
「ピ?」
「危険だ。――おい騎士アロス。どういうつもりだ。反意ありと、これを公式に受け取るぞ」
「…………いえ、そのようなことは」
「だが実際、貴様の従えている竜は僕に向かって吠えたな。お前の可愛い戯れはともかく……いかに竜騎士、竜という存在であろうと王族に敵意を示せば、個人の武勇を国家という数で押しつぶすぞ」
「……」
「ピ、ピイ!」
何かシリアス展開が始まっているがそれどころではない。
口から軽く火とか煙が出ている赤い竜に私は必死で話しかけた。
『落ち着いて~、落ち着いて~。その人間からね、わたしを守れるのが王子さまだけなの。だから一緒にいるの』
『しかし姫君!真竜様!そやつは人に恨まれる極悪人、性根の腐りきったろくでなし!外道!ひとの形をした畜生でございますぞ!』
そこまでいう??
『でもそれ人の基準だし……わたしが気にするのおかしくない?人間ごときの評価を??』
『ハッ……!!』
『イザヤ王子さまに敵が多いならわたしが守るよ!その代わりに守ってもらうし!!』
『なんと……!!』
赤い竜はそこでなぜか感銘を受けたように……ひれ伏した!!!!!!!??
「お、おい!?」
「おおおぉお!!?」
「竜騎士殿の竜殿が!!?」
「イザヤ王子に頭を下げた!!?????」
どよめく周囲。
イザヤ王子の腕にしっかりホールドされた私は『わかってくれた?』と小首を傾げつつ確認する。
『しかと!!承知いたしましてございまする!!なるほど、真竜様を討てるとなれば何かしらの加護、あるいは祝福を得た勇者でございましょう!そのものを、人の権力で潰そうということでございますね!!』
そんなに物騒な計画は立てていないが、赤い竜、人の社会に染まりすぎていないか。
素で王子の名前間違えてました、報告ありがとうございます。