猫になりたい人生だった
三食昼寝付きの生活を送りたい。
誰だってそうだろう。仕事にやりがいだの生まれてきた意味を実感したいだの前向きに生きれる人間はいるだろうが、それはそれとして、衣食住の保証、三食昼寝付きの生活を望まない人種などサイヤ人か夜兎くらいじゃないか。
最強の生物とは何か。
人類だという意見もあるだろう。樋熊や鮫、あるいは象や虎だという者もいる。
しかしそれらは間違い、勘違いだ。
世界最強の生物は一択。
猫だ。
これはもう異論をはさむ余地のない心理であるが、具体的には「裕福な家の猫」である。
「ピィ、ピィイイイー!」
泉をそろっと覗き込み、どうみてもふわふわの毛も綺麗なお目めも、ピンとしたお鬚もない自分を見て私はぎゅっと前脚で顔を覆った。
外した。
辛い前世に不運にもグッバイし、さらば労働、さらば納税としたはいいけれど、前世で募金やボランティアに精を出していたというのにマニ車を回さなかったのがよくなかったのか。
今生でも、裕福な家の猫の身に生まれることはできなかった。
泉に映るのは強靭な銀の鱗に炎のように真っ赤な瞳。鋭い爪。巨大な体躯の、どうみても猫ではない生物だ。
「ピ、ピィ……………」
竜だ。
どこからどうみても竜だ。ザ・ドラゴンだ。ばさりと背には立派な翼。力強く羽ばたけば千里を駆ける。吐こうと思えば山を消滅させるほどのドラゴンブレスも吐ける。
竜だ。
私はこの姿になる前にいた場所。真っ白い何もない空間を思い出す。そこには椅子が一脚あるだけだった。その椅子には金の髪の美しい女性、彼女は女神だと名乗り、私の魂を異世界に連れていきたいと申し出た。異世界転生。ネット小説や漫画のような展開だ。しかし目の前にいるのは私にチートや逆ハーレムを提案してくれる女神様ではなかった。
『実はぁ~、主人公クンのレベルアップのためのボーナスキャラのね~、魂をうっかり割っちゃったのぉ~。それでぇ~、どうせすぐに退場するんだしぃ~他の世界からパク……借りてきてもいいんじゃないかなぁって思ってぇ~』
くねくねと体を動かさないと話せないらしい女神様はそのようにのたまい、一冊の本を私に見せてきた。それはよくある英雄譚がベースの物語だ。とある貧しい羊飼いの少年が主人公だ。彼は「王の剣」と呼ばれる剣を抜き、王都に迎え入れられる。そこで他の王子たちに虐められながらも、心優しい聖女に助けられ、自分の騎士たちを見つけながら王としての道を歩み始めるというよくある物語。
その「少年が剣を抜く」前に、少年の故郷を燃やす伝説の竜がいる。主人公は燃える家、家族を助けたくて山の中にある伝説の剣を手に取り、剣を抜いて竜を討つ。
とても感動的なシーンだ。母を必死に呼びながら、母が瓦礫に押しつぶされる音を聞きながら、それでも何もできないよりはと、剣を取りに山へ駆ける主人公。
おわかりだろう。
その主人公覚醒シーンに必要な舞台装置、やられやく、ボーナスキャラ、呼び方は何でもいいのだけれど、世界最強の竜種を倒した主人公、という肩書のためだけに物語に存在する竜。
つまり、イッツミー!!!!!!
洞窟の中でブルブルと震えていても仕方ない。
いつ主人公が山を駆けあがり自分を殺しに来るかわかったものではないのだ。いや、私が主人公の村を焼かなければそんな目に合わずにすむかもしれない。が、あのクッソ女神のことだ。物語の強制力やなにやらを働かせ、私がここで怯えていても村は焼かれるかもしれない。そしてそれが私の所為になるように仕向けるに違いない。あのクソ女神ならやりかねない。
『こ、ここで貴女のお役に立てたら……ご褒美に次は猫に転生させてくれたりしないでしょうか……?』
『え?なんで??しないわよ?拾って来た魂なんだから砕けたら終わりにきまってるじゃない、バッカねぇ。あ、違うわ。主人公クンの剣に宿るの♡竜の血と魂を得てあたしの主人公クンは最強♡』
「ピィイイィイイイイィイイイイィ!!!!!!!」
最高ね♡と体をくねくねさせた女神を思い出し、私は洞窟の中をガリガリと尻尾で削る。最強のドラゴンの竜の尾は私の引きこもりルームの平米数を増やした。
この山は危険だ!!
聖なる剣が……王の剣がある山をマイホームにするのは死亡フラグでしかない!!
私は竜の翼で山頂まで飛び、山の上に荘厳な雰囲気を出していい感じに岩に突き刺さっている剣を……
「フンヌピィイイ!!!!!」
抜けないなら!!!岩ごと!!転がせばいいじゃない!!!
竜の尾で周囲を掘って掘って、そして唐揚げに突き刺さるピックのような剣&岩を背に乗せ……。
「ピィイイッ!!」
ふんぬっ、と、海に投げ捨てた。
~英雄譚、完~
続くよ!!!!!!!!!!!!!!!