フランカ 7
休みのない生活。食欲がないのをいいことに食事を減らし、考え事をしすぎて眠れず、短くなる睡眠時間。さすがに疲れが取れない。
母が薬を飲み始めて五ヶ月。そろそろ動けるようになっているはず。姉だって二ヶ月間薬を飲めば幾分か効果は出ているんじゃないかと思い、いつもは送っている仕送りを手渡しがてら家に様子を見に行くことにした。
ロベルトさんにもらった服を着ていって変に勘ぐられても困る。手持ちの服を着て繊維のがさつきを感じ、少し贅沢に慣れてしまっている自分に気付いた。
家にほど近い所で、この町では見かけない高級な馬車とすれ違った。乗っている人は見えなかったけれど、あの馭者は以前ロベルトさんと一緒に乗った馬車の馭者に似てたような?? リッチな家の馭者なんてみんなあんな感じなんだろうか。
家族はみんな玄関前に出てきていて、あの馬車を見送っていたように見える。うちへの来客だったみたい。
隠れて様子を見ていると、そろってここしばらく見たことのないいい服を着ていた。父はご機嫌で、母も姉も少しも体調不良などないように凜と立っている。久々の家は不自由している様子はなく、むしろかなり潤っているように見えた。
「いやあ、おまえがあの方に見初められていようとはなぁ」
父は姉に向かって笑顔を向けた。器量のいい姉は父のお気に入りだ。
「あんな高価な薬、見ず知らずの人がただの親切心で援助してくれるわけがないと思っていたよ」
約束通り、私が提供に関与していることは家族には知られていなかった。だけど、姉が…?
「一目惚れでこれほど支援していただけるなんて。…やっぱり女の子はかわいくなければいけないのかしらねぇ」
その母の言葉は、私への裏切りだった。
姉はいつも楽な仕事ばかり選び、それも途中で飽き、残された仕事はいつだって私がやっていた。
いつも苦労かけるわね、そう言っていた母さえもそう思うんだ。女はかわいくなければいけないと。
家族が家に入ったのを見届け、呼吸を整えて、今の話は聞いていないふりをして家のドアを叩いた。
「あら、フラン」
まだ玄関の近くにいた家族は、突然帰ってきた私に驚いていた。一番慌てていたのは姉だった。
「…ずいぶん羽振りがいいみたいね」
自分の格好はその場に浮くほどに質素だった。ついこの前まで、見栄を張る父を除いて家族みんな大して変わらない格好をしていたのに。
父は貧乏くさい格好の私を睨みつけた。いつも私に文句を言いたげなあの目が嫌いだった。
「オリヴィエラと結婚したいという方から援助があった。役に立つ娘だ、おまえと違ってな」
得意げに微笑む姉。結婚したい…? 姉と? 姉には婚約者がいるのに?
「…お姉様、めまいはどうしたの?」
私の問いかけに姉は目を泳がせた。
「あ、あれは、あの後すぐに良くなって…、そう、大したことなかったの」
大したことないって…。母と同じ病気だって、お医者様がそう言ったと書いてあったのに。
「大したことないなら、働けたでしょう? それに援助してもらっていたなら、私からの仕送りはいらなかったんじゃない?」
「仕送り?」
母は首を傾げていた。仕送りのことは姉の一存だったんだ。
懸命に働いて仕送りしたお金なんて、お金持ちの支援に比べれば雀の涙ほどもない、ささやかすぎて目にもつかなかったのだろう。どんなに私が苦労して得たお金でも……
ばつが悪かったのか、姉は拗ねたような顔を見せた。
「だって、あの時はお母様も働けなくて本当にお金がなかったんだもの。家族を助けるのは当然じゃない。お母様が王都の聖堂に行かない分、お金余ってたでしょ? …でももういいわよ、お疲れ様。私、バルトリーニ伯爵夫人になるんだから」
バルトリーニ、伯爵夫人…?
「ロベルト様が私を一目見て気に入ったんですって。どこかで私が病気だと聞いたみたいで、私にも薬を届けてくれて、それから我が家へ支援金も送ってくださるようになったの。この服だってそのお金で新調したのよ。ほら、まるでお祖父様がいた頃みたいでしょ?」
お祖父様がいた頃、私もみんなに自慢したくなるような服を着ていた。ほんの幼い頃、我が家がまだ男爵家だった頃…。家族はみんな、あの頃のことが忘れられずにいたのね。
「ロベルト様から結婚の申込みがあったの。もちろんお受けするわ!」
昔からそうだった。姉妹二人並べば姉の方が愛らしく、みんな姉の手を取った。
姉に会って、一目見て恋に落ち、そして婚約…。
マテオの言っていた次期伯爵様の婚約が、まさか姉とだったなんて。二人の縁をつないだのは、他ならぬ私…。何て皮肉。
「カルデローネさんとの婚約は…?」
「もちろん解消よ。こんないい話が来たんだもの。ロベルト様なら賠償金だって問題なく支払ってくださるわ」
二年も婚約してたのに、そんな簡単に? そんなものなの?
「薬は、…どうしたの? あんな高い薬をお姉さまの分まで…」
「売ったわ。一つで充分だったもの。お母様ももう元気になったし、来月からは二つとも売れるわね」
悪気なくニコニコ笑っている姉に、母は顔をしかめてたしなめた。
「何言ってるの。もういただく訳にはいかないわ。バルトリーニ様にお世話になったとお礼状を差し上げなければ…」
「そうね。これからは薬を売らなきゃいけないほど困る事なんてないんだから。今度お越しになった時にうまく言わなくちゃね」
満ち足りた未来に姉の笑顔は止まらない。
本当に、姉はロベルトさんと結婚するんだ。
家への支援がなければ、我が家でこんな豪華な服を新調することなんてなかった。家族の望みを叶えるのは姉なのね。
家にお金が入り、余裕ができていた。それなのに、私は何も聞かされず、家族のために朝から晩まで働いて、用意したお金は…。私は、…
私は、何のために。