フランカ 6
その次に会った時、ロベルトさんからしばらく忙しくなると言われた。
私は頷くしかなかった。
会いに来るのはロベルトさんから。私から連絡を取る方法はない。いつも夜を過ごすあの部屋は普段は使われていない、その時だけのもの。試しに何度か訪ねたけれど、いつも留守で、挟んだ手紙も読まれることなく放置されていた。
空き部屋を持っていられるほど余裕のある人。あんな高い薬が一本から二本に増えても大したことのない人。
本当に恋人? 月に数回しか会わず、連絡も取れない人が?
自分達の関係が普通ではないことを薄々感じながらごまかしていた、そのことをマテオに言われた。
いつかのように待ち伏せされて、待っている人と同じように待ち伏せしているのに、その姿を見ただけで眉間にしわが寄った。
「おまえ、今付き合ってる男、何者か知ってるのか?」
返事できない私に、マテオは私の答えを待たなかった。
「バルトリーニ商会の副会頭だよ。近々バルトリーニ伯爵家の後継者になるそうだ。お貴族様だ。しかも婚約者がいて、結婚するらしい」
身分にも驚いたけれど、婚約者と聞いて、あまりに激しい鼓動に心臓が壊れるかと思った。
「……へぇ」
それなのに、口から出たのは平坦な言葉だけだった。
そういう身分の人らしい付き合い方だった。
しばらく忙しくなる、それがいつまでとも言われなかった。このまま永遠に会わないかもしれない。また気まぐれに会いたくなれば姿を現すのかもしれない。そんな都合のいい「恋人」は、一対一である必要はない。婚約者がいても、妻がいても、「恋人」と称する存在にはなれるのだと、どうして気付かなかったんだろう。
「あんな奴、やめとけよ。もてあそばれて捨てられるのがオチだ」
マテオの言うとおりだ。だけど、
「…私程度の女なんて、手軽に捨てられて終わりってことよね。お貴族様にも、あなたにも」
マテオは伸ばしかけた手を私に触れる前に引っ込めた。
「それは、その、…」
マテオは新しい彼女と別れたと聞いた。決して羽振りの良くないマテオ。あの彼女に「時にはおまえがおごれよ」なんて言えないだろうし、言った途端にその関係はおしまいになるだろう。
金の切れ目が縁の切れ目。
お金のかからないリーズナブルな女を思い出して、私の今の恋を間違いだらけだと指摘して、気を引こうとでも思ったんだろうか。
気を引きたいのかと口にすれば、うぬぼれるなと言われるだけ。気楽な関係だからと気軽に悪口を言われて受け止められるわけじゃない。心の傷は忘れていることはあっても、そう簡単には消えはしないのに。
嫌がらせのために来ないで。言葉の刃物を向けないで。
口からあふれそうになる言葉をぐっと我慢した。言えば口論が長引くだけ。これ以上話をしたくない。
「忠告ありがとう。でも、それは私の問題だから。…もう会いに来ないで」
動けなくなったマテオを残し、私は表情を凍らせたまま次の仕事先に向かった。