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フランカ 5

 その後、ロベルトさんは大体二週間毎にやってきた。いつも予告もなく会いに来るけれど、大抵アルバイトのない日だったので、断ることもなくそのまま出かけることになった。



 薬代もかからなくなったから無理してお金を貯めておく必要もない。アルバイトを付き合い程度に減らし、ずいぶん楽になった。


 そこへ、突然姉から手紙が来た。

 とある縁で母にいい薬が送られてくるようになったが(ばれてない)、今度は自分も同じような症状が出て、めまいがつらくて働きに行くことができなくなっている。医者の見立てでは母と同じ病で、かつて母が使っていた薬を飲んでしのいでいるが、長時間働けないので仕送りをしてほしい、と書いてあった。


 母も姉も働けないなら父が働くべきなのだけど、そういう人ではない。

 薬が効けばまた母も働けるようになるはずだけど、まだめまいが治まっていないのかもしれない。しばらくの間、助けてあげなければ。


 それからまた以前のようにアルバイトを増やし、自分の食べる物もケチってお金を貯めて、家にできる限りの仕送りをした。




 ロベルトさんとのデートはいつも突然の待ち合わせで始まり、どこへ行くかもわからない。

 その日は少し離れた場所に馬車が停めてあって、真っ直ぐ仕立屋に向かい、用意されていたサイズぴったりの大人びたスレンダーなドレスに着替え、髪をアップにし、服に合わせてしっかりとメイクされた。その後向かったのはドレスコードがあるようなレストランだった。


 着飾った自分は自分ではないようで、かろうじて知っているマナーで食事をとったけれど、ずいぶん前にそんな生活から遠ざかっていた私の動きはぎこちなかった。

 食べた物はおいしかった。どれも食べたことのないものばかり。このところ食べる量を減らしていただけに脂っこい料理は少し食べにくかったけれど、上品な店の一皿は残すほどの量もない。最後に出てきた名前も知らないデザートは柔らかで、口触りが良くて、甘かった。

 美しい所作で食事を済ませるロベルトさんを見ていると、酒場で会った方が造りもので、こっちが本来の姿のような気がした。


 ところが店を出た途端、早々にタイを緩めて襟のボタンを外し、

「堅っ苦しいだけだったな」

といつものロベルトさんに戻っていた。

「付き合いで一度は来てくれと言われていたんだが、あんな店で喰っても喰った気がしない」

「なにそれ。大体、私みたいなのを誘うようなお店じゃないでしょ?」

「みたいとは何だ。おまえ以外誰を連れて行く」

 その言葉は本当に私が恋人で、私の他にはいないように聞こえ、心が弾むのを感じた。


 食事を終えて再びさっきの仕立屋に戻ると、着ていたドレスを脱ぎ、元の服に着替えた。厚い化粧を落とすと自分に戻ったようで少しほっとした。

 同じように紐や刺繍で装飾された厚手の上着を脱いだロベルトさんは、いつも通りになりながら、足元まで降りて来ながら捕まえることのできない鳥のように、何だか遠く感じた。


「最近、またアルバイトを増やしているようだが」

 そう言われて、私がアルバイトをしていない日を見越して会いに来てくれているのだとわかった。確かに毎回偶然アルバイトがないなんて事はあり得ない。

 私はロベルトさんのことを知りようもないけれど、この人は私のことをいろいろ知っているのだ。隠しても無駄な気がして、正直に話した。

「…姉も体調が悪くなって、母と同じ病気みたいで…。それで、生活費を用立てていて…」

「仕送りを?」

 こくりと頷くと、

「もっと早く話を聞けば良かったな。…次からは二人分の薬を送ろう」

 何のためらいもなく当然のようにロベルトさんはそう言ってくれた。けれど私には二重に枷を嵌められたような、申し訳なさと代償への義務感で心苦しくなっていた。

 でもあの薬があればきっと姉も良くなる。薬が効いて、きっと元のように元気になる。仕送りだってそんなに長い期間じゃない。

「ありがとう。ごめんね、頼ってばかりで」

「ばかりじゃない。もっと頼ってほしい」

 肩を引き寄せられて、少し高い肩に頭をもたれかけると、何だか全てが大丈夫な気がした。


 以前、マテオの浮気相手…いえ、新しい彼女がマテオの肩に頭を乗せて幸せそうに笑っていたのを思い出した。

 マテオにこんな風に甘えた仕草をしたことはなかった。だから可愛げがないと説教されたんだろうか。頼りにされていないと思わせてしまった? もっと頼れば良かったの?

 ううん、頼ったところで面倒がられただけ。私の困った話は聞き流され、自分の困った話になるとしつこく愚痴られ、私が助けるのが当然だった。自分だけが悪いんじゃない。お互いに合わなかったからこそマテオは別の人の手を取ったんだし、私は早々に失恋から立ち直れた。もしかしたら、別れた時にはもう失恋でさえなかったかもしれない。

 恋人かどうかなんて、二人の間の決め事に過ぎないのだから。 



 次の月の受領書には薬名×2と書かれていた。無事二人分届いているみたい。

 だけど姉からはまだ仕送りを求める手紙が送られてきて、困った話は長々と、お礼は一言だけだった。アルバイトは続けなくちゃ。さすがにロベルトさんに実家への援助なんてお願いできない。自分で頑張れる分は自分で何とかしなければ。


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