フランカ 4
その二週間後、突如ロベルトさん本人と出くわした。
私の職場から大して離れていない場所で待ち伏せしてて、気安く手を挙げた。ほぼ定時で帰る私は捕まえやすかっただろう。
記憶に残る胸板は厚く、大きな手なのに力任せでなく、恐る恐る触れるのが大切にされているかのようで……、おっと。何を思いだしているんだか。
「久しぶりだな」
またお会いするとは思いませんでしたけど、と素っ気ない返事をしようとする前に小さな花束を渡されて、心の毒気が消えていく。花を渡されて笑みが出てしまうのは、人間として普通の反応、のはず。
今日はアルバイトがない日だったので、誘われるまま街の庶民派のレストランで食事して、まずはお礼を言った。
「あ、あの、バルトリーニ、様? お薬、ありがとう、ございます」
「…約束を守っただけだ。それよりそのしゃべり方、気持ち悪いな」
き、気持ち悪い…?
「ロベルトでいい。俺もおまえのことはフランカと呼ぶ」
当然のように名前を呼ばれた。あれだけ長々と酒を飲みながら話し込んで、今更と言えば今更か。
そう、あれだ。友達。ちょっと訳ありでも、この再会は別れた彼や旦那ほど気まずくもない。
「フランでいいですよ」
愛称呼びを勧めると、途端にご機嫌な笑みを見せた。
「フラン、…フラン、か。…いいな」
にやけ顔で二度も名前を呼ばれて、うっかり顔が赤くなってしまった。
食事の後はショッピング、この時間既に閉店しているはずのお店が貸し切り対応で、ドレスでも作りそうな勢いだったけど丁寧に断り、お店には悪いけどお値段的には段違いの普段でも着られそうなワンピースを見せてもらった。それでも充分恐縮なんだけど。サイズを測られ、既製品の服が数枚見繕われた。
あの薬を難なく買えるほどのお金持ち。富豪の坊ちゃんと言うよりは富豪自身、あるいは貴族かもしれない。店主も従業員もロベルトさんに声をかけ、気に入っているか顔色を見てる。私のことは時々愛想笑いを見せる程度で、常連客にならない客だと思われているのかもしれない。
ロベルトさんはその場で手直しされた既製品のワンピースを一枚とストールを買い、店を出た。
「…なってないな。あの店は次はなしだ」
そう言いながら包みを開けてストールを取り出すと、私の肩に掛けた。
「男の財布の紐を緩めたいなら、恋人の機嫌くらい取るもんだ」
恋人? そう思ってくれている?
気になりながらも聞き返せなかった。
繊細な織り目のストールは、皿洗いでがさついた私の手では糸を引っかけてしまいそうで、触るのが怖かった。
その後もロベルトさんに手を引かれて街をうろついた。言葉数はさほど多くないけれど、歩く時は歩幅を合わせてくれ、手はしっかりとつながれている。
最後はあの部屋だった。
前と同じ部屋。家具も荷物も少なく、あまり生活感がない。普段は使っていないのかもしれない。
引き寄せる時は少し強引でも、ぎこちなさを残しながら抱きしめられると抱きしめ返したくなり、重ねた唇が初々しさをなくしても優しさは変わらない。
大して知っている人でもないはずなのに、触れられているのが嫌じゃないなんて、どうかしてしまったんだろうか。
「フラン、…愛してる」
愛称で呼ばれただけでときめくなんて、我ながらチョロすぎる。だけど、彼から言われた「恋人」という言葉が、この関係の免罪符のように心の痛みから救ってくれた。
数日後、庶民的でありながら仕立てのいい服が送られてきた。ブラウスとか、スカートとか、靴もある。一緒に行ったあの店の採寸データはきっちりと記録され、他店で流用されたみたいだった。こんなこと許されるの? 金次第??
どれも手触りが良くしなやかないい布を使ってる。くるみボタン一つをとっても手を抜いていない。こんな物を簡単に買えるお金持ちが本当に私の恋人なのか、どうして私なのか、ふと不安になる。薬代を出してもらっている負い目があるからなおさらだ。
もし六ヶ月で薬が効いて、もう薬代はいらなくなった後、この関係はどう変わるんだろうか。それより前に、私のことなんて飽きてしまうかも…。