フランカ 2
三日後、仕事から帰るところをマテオに待ち伏せされ、しぶしぶ近くのカフェに行った。
「何なの? よりを戻すつもりはないわよ」
先手必勝できっぱりと告げると、
「誰がおまえみたいなかわいくない女とっ!」
と言われた。それなら待ち伏せする必要ないだろうに。
そこからグチグチとしょーもないことを聞かされた。
おまえが悪い。(どこがよ) 浮気くらいで心が小さい。(反省なしか!) 彼女を見ただろ、ああいうのをかわいいと言うんだ。おまえも見習え。(無理!) かわいくないなりに愛情を見せろ。(無理!!) 俺のことが好きなくせに。(寝ぼけんな!)
言いたいこと言うだけ言って、
「おまえなんか、愛想つかされて当然だ! 別れて清々した!」
の捨て台詞。こっちはとおーーーっくに愛想つかしてるっつーの。
挙げ句の果てにカフェ代まで踏み倒そうとしたのをとっ捕まえて、自分の飲んだジュース代だけ机に置き、
「清々したなら、二度と呼び出さないで。さ・よ・お・な・ら!」
と念押しして先に店を出た。
手ぶらで来ていたところから、たかる気満々だったみたい。慌ててお金を探し、私を呼び止めようとしてたけど無視して立ち去った。お金を貸したところで十中八九返ってこないし、返金を理由にもう一度会うのも避けたかった。
よくよく思い出せば、外で会うとよく財布忘れたとか、給料日前だからとか言って、何度かおごらされていた。付き合いはじめて三日で押し倒されそうになり、まだ早いと拒絶したあたりからうまくいかなさそうな予兆はあった。その後も情緒のない一方的で強引なキスを不快に思うこと多々。日を追うほどにそれ以上の関係に踏み切れないまま、それにうんざりしたんだろう。…でもそれは私だけのせい?
二度と顔を見せんなと言ったのに勝手に現れて、何であそこまで言われなきゃいけなかったのか。時間が経つほど怒りがこみあげてくる。たかり男、浮気男と別れられて清々したはずなのに、不快菌を巻き散らかされ、大繁殖中。金輪際会いたくなかったのに。
薬代の支払いで金欠気味ではあったけれど、気分的に飲まずにいられなかった。夜に皿洗いのアルバイトをしてる酒場で「従業員割引」と称して格安で飲ませてもらう。
冗談じゃない。新しい彼女作るなら別れてから作ればいいのよ。きちんとけじめもつけず新しい女を連れ回し、ネックレスを買ってあげる位の熱の入れよう。私には花の一本さえ送るのを惜しがったくせに。
むーかーつーくーーーーーっ。
浮気現場を見たあの日以上に、今日の再会が不快指数100%!
思い出す度にグラスの角度が上がる。
「別れて清々したって言うなら、会いに来るなってのよ! くそぅ」
「別れて正解でしょ? あんなくだらない男に結構貢いじゃって。ただでさえお母さんのお薬代に結構かかってるんじゃないの?」
お店の同僚にして友達のレベッカがグラスを入れ替えがてら、愚痴を聞いてくれる。
「貢ぐ気なんてなかったもん。財布わすれたとか、次は払うからとか、嘘ばっか。もう男なんて信じない」
お店の常連さんが私の話を聞いて口を挟んできた。
「いやぁ、青春だねえ」
「そんな男、とっとと忘れてしまいなよ」
失恋でやさぐれた女に興味があるのか、知ってる人も、大して知らない人も面白がって話しかけてくる。
「失恋に効くのは次の恋だよ」
「どういう男がタイプ?」
「せこい人はこりごり。浮気男も絶対嫌! もうしばらく恋なんてしない!」
「俺なんかどう?」
「奥さんいるのにしょーもないこと言って。チクるぞ。ばらしてやる」
「それはご勘弁!」
がはは、と笑っているうちに、気分も晴れてきた。やけ酒が楽しい酒に変わってもペースは落ちず、相当飲んだ、と思う。
話を聞いてくれる人とだらだらと飲み続け、次第にお客もいなくなる中、何杯目かの乾杯。グラスを合わせる音が響く。
「…おうか」
ん?
「……てもいい?」
なんか聞いてきたけど、オートモードになった口が適当に答える。
「うん」
「ほんと……で……?」
「うん」
「母君の薬代、大変だろう。支援するよ」
薬代。その言葉に耳が反応した。
支援…? してもらえる?
「精霊の木の葉っぱのね、高―い薬。たっかいんだよー。一本金貨二枚だって」
「金で済むなら何てことはない」
うはぁ。お金持ち。おっとこまえな発言にかんぱーい!
ゆるゆると世界が回る。
「…の……も……遠慮するな」
「遠慮? ほんとーにしないよ? いいの? でも信じていいのかなー。酔ってるからって、騙さないー?」
「わかった。……んと紙に……すから」
手帳を出すと、さらさらさらと手早く何かを書き込み、ピッとそのページをちぎって手渡された。
はじめの一行、薬を援助…、とはっきり書いてある。確認してにんまり笑った。
「そっちもここにサインを……、こっちも……」
ああ、私もね。
用意してくれた二枚にそれぞれサインして、お互い笑顔で握手。一枚をもらい、約束の証拠をバッグにしまい込んだ。
「これで……だな」
「うん」
「今日は……、また……」
「うん……?」
「……、......」
「…うん?」
次第に何を言われているのかわからなくなって、機嫌良くうとろうとろと、酔いの船に乗って夢の世界に流されていった。酔っぱらって一番幸せな時間…