ロベルトとフランカ 2
次の再会は一週間後。よく予定が変わるせいでロベルトは事前の約束を避けていたが、何が何でも予定を空けるからと初めて日付指定で待ち合わせをした。
フランカのアルバイト先であり、二人の出会いの場所でもあるあの酒場。
先に店に入って席につき、ロベルトが来る前に最初の一杯を頼んだ。
「いらっしゃーい! おしゃれしちゃって。かーわいい!」
久々に客として来たフランカを、友人のレベッカが冷やかした。
「もうすぐ来るんじゃない? ロベルトちゃん」
「なんで知ってるの?」
自分の待ち合わせ相手を知られているのに驚いたフランカだが、
「頼まれてるもん、変な男に声かけられないように見張っとけって」
店の看板娘に見張りを頼むとは。ロベルトの無茶振りにフランカはちょっと呆れてしまった。
「ロベルトさんと知り合いなの?」
「まあね。あんたが皿洗いに来る日を教えるくらいには、親しいかな」
なるほど、フランカの予定の情報源の一人はレベッカだったようだ。
「ティムんとこのレストランのバイトもまとめて教えたら、いい小遣い稼ぎになったわ」
「小遣い!?」
情報は有料か!
ふふん、と笑って、レベッカは別の客に呼ばれて席を離れた。
「待たせた」
約束の時間に十分遅れでやってきたロベルトは走ってきたようで少し息を切らせていた。つまみと酒を頼むと、軽くグラスを交わして乾杯した。
外で飲む時、フランカはロベルトがいない時はグラス二杯までにするよう言われていたが、今日は飲み放題だと早速一杯目のグラスを空にした。
今週何していたかを話し、その中でロベルトが一人でフランカの家族に会いに行ったと聞き、フランカは驚いた。どうやったのか、あの父親から結婚の承諾書を手に入れていた。
「とりあえず誤解は解いた。ふしだらな噂の相手は俺だと言っといたから」
「!!」
なんと恐ろしいことを。誤解を解くどころか、父親の言う「フシダラ」な娘を証明してしまっている。それなのに承諾書は入手できているのが不思議だった。まあ、縁切りされた今となってはこれがなくても何とでもなるものではあるが。
「ジャンも罰したよ」
「ジャン? ……誰?」
ジャンという名に全く心当たりのない様子のフランカに、ロベルトは深く落ち込んだ。
「何でも人任せにしすぎた…。本当にすまない」
謝られたところで、フランカは何を謝っているのかさえわからなかったが、ロベルトはフランカにジャンを罰するに至ったいきさつを話した。
ロベルトは家の使用人のジャンに時々頼み事をしていた。ジャンは執事見習いだったが、まだ両親の仕事を任されるには至らず、ロベルトやその兄弟の仕事の手伝いをしていたが、家とは関係のない私的な用を頼むことも多かった。
ジャンはロベルトの伯父であるバルトリーニ伯爵から、伯爵家を継ぐことになるロベルトにはふさわしい相手をあてがう為、街の女と関係があれば邪魔するように指示を受けていて、うまく破局を迎えたら特別手当をやると言われていた。
フランカに薬の援助をすると約束した後、ロベルトはジャンに薬の受領書をフランカに手渡すよう頼んでいたのだが、同封していたロベルトの手紙は抜かれ、受領書だけが入った封筒さえも直接手渡すことはなく、ドアの隙間に差し込んで済ませていた。
時折預かった手紙も、待ち合わせなど渡していない事がばれそうな文面がないか確認し、ただ想いを綴る短いメッセージは処分され、フランカの元に届けられることはなかった。
ロベルトはフランカの負担を無くそうとラツォーリ家に金銭的な援助をしたが、それでもフランカが仕送りを続けていると知り、フランカにも金を渡すことにした。少しは休むようメッセージを添えたが、その手紙も金もフランカに渡ることはなく、金はジャンが横領していた。フランカからは何の返事もなかったと言われれば、ロベルトはフランカのプライドを傷つけたかと心配したが、金を渡していないとは疑いもしなかった。ジャンを信頼していればこそだったのだが、ジャンは気付かない方が悪いと思っていて、そこに罪悪感はなかった。それどころか貧乏な平民との恋に溺れる愚かなお坊ちゃんもやがて目を覚ますだろう、良家の令嬢と結婚したならその時は感謝してもらいたいと思っていた。
ラツォーリ家に薬を届け、受領書を受け取るのもジャンの仕事だった。
馭者が同行しているので薬や支援金を渡さないわけにはいかなかったが、配達の際、父親にフランカに男関係のよくない噂があると伝えてみた。しかし父親の反応はいまいちだった。フランカを信じているようでもなく、ただ無関心なように見えた。
ロベルトがラツォーリ家に結婚の許可を得るため訪問することになり、ジャンがその先触れに行くと、ラツォーリ家の当主はその相手が上の娘だと思い込んだ。その後、家の恥を隠そうと当主がフランカを勘当したと聞き、予想外の展開だったが、これでロベルトとフランカが結婚することはなくなるだろうとホクホク顔で伯爵に伝えた。
伯爵から報酬と伯爵家での好待遇の約束を得たジャンは、このままロベルトについて伯爵家に仕え、ゆくゆくは執事にでもなれば万々歳だとほくそ笑んでいた。しかしこれまでしてきた全てがロベルトに知れると、ジャンは執事見習いから雑用担当の下男に格下げされ、きつい仕事と周りからの冷たい目に耐えかねて、一日も持たず逃げ出した。
届きはしなかったが、ロベルトはちゃんと手紙を送ってくれていた。支援だけの割り切った関係ではなかったと再確認できたものの、あまりもの巡り合わせの悪さに、フランカは絶句するしかなかった。
連絡もない不誠実な相手に不安を感じながらも、マテオのようにとっとと関係を清算してしまおうとは思えなかった。自分の利益のために相手を利用している身勝手な自分を恥ずかしいと思う気持ちにさいなまれながらも、自分を待っている姿を見れば喜びの方が勝った。思った以上にずっと早くからロベルトのことを好きになってしまっていたのだ。
こうしてまだ一緒にお酒を飲める、それは喜びに他ならない。フランカは四杯目をぐいっと飲みきった。
「フラン、……こんな俺でも、このまま恋人でいてもらえるか?」
上目遣いで不安げな表情を見せたロベルトに、フランカは
「うん」
と答え、握られた手を握り返した。
「結婚してほしい。…今すぐでなくてもいいから」
「…うん」
「…すぐでも、いいか?」
「うん」
「ほんとに? …酔ってないよな?」
「酔ってるかも」
とろんとした目で機嫌よく笑っているフランカは、酔ってはいてもあの時ほど酒に飲まれてはいなかった。それでもぐいぐいと結構なペースで飲む姿に、この返事をちゃんと覚えてくれているか、ロベルトはふと不安になった。
「契約じゃないぞ」
「契約でもいい。…ロベルトさんならね」
嬉しい言葉が続くが、つい欲が出て、
「『さん』はいらない」
と、もっと距離を縮めてほしいとねだった。
「じゃあ、…ロビーかロブ、どっちがいい?」
フランカは、今日五杯目のお酒に口をつけて、ニコッと笑った。
「くうぅぅ…。どっち…。どっちだろう…」
そのまま閉店間際まで飲み明かし、手をつないで上機嫌で夜の街を歩いた。手を引かれるままいつもの部屋に行き、そのまま夜を共にした。
その翌日の朝、前の日の口約束を確認し直し、今度こそ双方の合意の元、正式に婚約者になった。
これ以上忙しくなって自由な時間を奪われたくなかったロベルトは、伯爵家の後継者になることを父を通して正式に断り、この先余計な横槍が入る前に早々に結婚した。
フランカはロベルトの部屋に移り住み、勤めていた商会をやめてバルトリーニ商会の一員になった。ロベルト共々こき使われたが、お小遣いとして自由に使えるお金はかつての賃金の倍以上。以前いた商会の付き合いを活かして販路を広げ、時にはロベルトと共に取引を兼ねた旅行に出かけることもあった。
フランカが実家に足を向けることはなかったが、母とは手紙を交わし、時々王都で会い、自分のお小遣いの範囲で母を支援した。母は姉の結婚後、働きながら教会の奉仕活動に精を出すようになっていた。時に教会に寝泊まりし、家にいるより落ち着くと感じているようだ。
フランカの姉オリヴィエラは、二年も待たせた婚約者カルデローネ氏と結婚した。夫に気に入られていたオリヴィエラは何かと甘やかされていたが、実家へは援助ではなく融資が行われ、融資の担保にされた父親の土地は、気が付けば住んでいる家以外全てカルデローネ氏のものになっていた。
後にロベルトはバルトリーニ家とバルトリーニ商会を継ぎ、二人は三人の子供に恵まれ、忙しくも楽しい日々を過ごした。
その裏で、親戚間の話し合いでバルトリーニ伯爵家の後継者に、本人の知らぬ間にロベルトの名が名義貸しされていた。とりあえず王家からの期限を乗り切った後、早々に正式な後継者をつけることになっていたのだが、伯爵は次の後継者をうやむやにしてその後も廃嫡された自分の息子の復帰を画策し、果たせないまま十四年後突然倒れ、そのまま帰らぬ人となった。
蓋を開けてみれば後継者はロベルトのままで、親戚一同大騒ぎすることになるのだが、それはまた別の話…。
お読みいただき、ありがとうございました。
今回も気の向くまま予告なく修正しています。
誤字ラ出現、ご容赦ください。




