かくも世界は美しい
数多の轟音が空気を震わせていた。まだ戦闘は続いているらしい。身体を通して、それが辛うじて分かる。
「――――――」
薄っすらと蘇ってくる記憶。気に入らなかったあの上官は、戦場に降り立つと同時に粉々に吹っ飛んだ。
「――――――」
その瞬間を見届けると同時にその、奴をバラバラにした爆発の衝撃波に自分も当てられ、そこから記憶が途絶えて―――。
「――ウェイクアップ」
僅かな電気の刺激を身体に受けたらしい。お陰か、頭の方の靄は取れた。視界はまだ戻りきっていないが、霞に包まれたようなそこに最初に映ったのは赤い二つの光点。
「マスター。そのまま寝ていたら流石に死にます」
次第に焦点も合ってくる。それは、あるはずのない優しさの、さらにあるはずのない強靭な意志の光を宿した、赤い瞳だった。
「綺麗だ……」
「おはようございます、マスター。頭を打ったようですね。感情指数がヒトに向けるレベルでワタシを見ています」
「うるさい。マスターが自分のヴァルキリーをどう見ようと勝手だろ。というか、テス。お前、俺を起こすのにサンダーボルト使っただろ」
「はい、あまりにも起きないので。出力は極限まで落としましたよ。そんなことより、そろそろ身体も起こしてください。ここもいつまでも安全ではありません」
「そんなこと、ってなぁ。生身だったら後遺症モノかも知れんぞ?」
「心外です。マスターの生体だったらそんな無茶はしません」
ボディの機能チェックは既に完了している。流石、カツラギ重工製。アレだけの爆風で障害は何も出ていない。ステラリンクは何度と無くトライを継続しているが、未だ繋がらない。ジャミングがまだ効いているようだ。
「判る範囲で良い、状況を報告しろ」
「サーゲン少佐は幸運にも降下直後にKIA。オフ・ザ・レコード:お陰でミッションの成功率は80%アップしています。オン・レコード:現在、迫撃は緩んでいますが継続中。私たちの周囲にはドラウグルの反応はありません。迎え撃つつもりなのでしょう。各ユニットの損傷は軽微。無視できるレベル。目下のところ、当初の予定通り行動中。各ユニット、所定の位置に間もなく到着」
「なかなか辛辣で宜しい」
「何のことでしょうか?」
サーゲン、確かあの上官がそんな名前だった。あの光景はちゃんと現実で、錯覚ではなかったんだな。良かった良かった。
「よし。各ユニットに通達。これより指揮は私が引き継ぐ。作戦は当然続行。現着し次第、各々そのまま行動に移れ。ああ、あと、死んでも生き残れ。以上」
「――通達完了。最後のは中々面白い冗談でした」
「はいはい。んじゃ、俺たちも移動するぞ。誘導頼む」
「了解。行きましょう、マスター」
開戦前は恐らく、高級ブランドのブティックだったのだろう。荒れ果ててはいるが、品の良い店舗だったことが窺える調度の名残が見て取れる。その辛うじて無事だった建物を出た。近くにあって助かった。
瓦礫にまみれた表は、ドラウグルと初期型ヴァルキリーの残骸がそこかしこに散乱していた。当時の凄惨さが窺える。何処に行っても、戦場は同じようなものだったが、ここは年季が違うことがよく分かった。
ふと、瓦礫の隙間から黄色い小さな花が一輪、咲いているのが見えた。ちょうどそこにだけ陽の光が射していて、中々に神々しい。テスもそれに気が付いたようで、一瞬ではあるが、表情が緩んだ。
「テス。今回で必ず終わりにしよう」
「はい、必ず」
いよいよ大詰めだ。それは間違いない。重い装備を背負い直し、テスに誘導の再開を促した。