呪い踏んじゃった
「今、彼女は妹みたいなもの、と仰いました?
公然と浮気をなさる殿方は皆、そう仰るらしいですわね」
「ですが、本当のことでして……」
「わたくし、失礼いたしますわ。もう、お会いすることもございませんけれど、ごきげんよう!」
また、振られた。溜め息を堪え、隣にいる美少女に目をやれば、申し訳なさそうな表情が返って来た。
「ごめんなさい、お兄様」
消え入りそうな可愛らしい声で、謝罪する美少女。
「お前のせいではない」
私は、何度目かの慰めの言葉を口にした。
貴族にとって婚活は生命線だ。物凄い権力を持っていたり、使うほど増えるような財力を持っていたりする稀有な人々は別として、私はしがない凡人。いや凡貴族である。良き縁を結び、なんとか貴族社会を生き抜かねばならない哀しき嫡男だ。
若い貴族にとって、婚活はそこまで過酷でも悲壮でもない。婚活が出来るということは、選ぶ自由がいくばくかは残されているのである。
しかし、所詮凡人。楽観的に見合いが出来るのも数回までだ。さすがにお断りされた数が片手で数えられなくなると、気も塞ぎ始める。
私の場合、出来る限り冷静な目で見て、自分の容姿にそこまでの問題を感じていない。更に、家柄や普段の素行を振り返っても、全く問題点が見えてこないのだ。これはもう呪いではないかと疑いたくもなる。
だが今時、呪いなどナンセンス。あれは相当に古い時代の、単なる言い伝えだろうというのが一般的な認識だし、私もそう考えていた。
というわけで気を取り直し、本日も人気カフェの個室にて見合いの真っ最中である。
テーブルに着く私の隣には、いつもの美少女。向かいには、見合い相手のクールビューティな令嬢。正直、今までの見合い相手の中では一番、好みのタイプだ。
失礼ながら前回の、アイラインをキツく引き過ぎたご令嬢とは雲泥の差。気に入らないことがあったにせよ、投げ捨てるような『ごきげんよう!』はまるで芝居の悪役のようだった。
好みの問題は置いておくとして、今回は少しいつもと違っている。こちらも同伴者がいるのだが、向かい合うご令嬢の隣にも、なぜかシュッとしてキラッとしたご令息が座っている。
「彼は……弟みたいなものですわ」
「そう、なんですか」
無難に返答した後で何かが引っかかった。別に不満や怒りではない。確か、この美しいご令嬢も何度か見合いをしているが、なかなかうまく行かないと聞いていて……
凡人の脳味噌が珍しくフル回転を始める。
あれ? おや? えーと?
もしかして?
「あの、失礼ですが、少々不躾なことを伺っても?」
「……ええ、この際ですから何なりと」
「もしかして、もしかすると、お隣にいらっしゃるのは弟さんみたいな妹さんでは?」
ご令嬢とシュッとした美青年が驚愕の表情になる。
「どうして、おわかりになりましたの!?」
更にハッとした顔になるご令嬢。
「……もしや、こちらのご令嬢も、妹さんみたいな弟さんなのですか!?」
「その通りです」
私がそう言った途端、何かが割れるような音が聞こえた……ような気がした。
私はまず、自分たちの事情を説明する。
「そうなんです。弟は女装趣味で、しかもこの通り小柄で可愛らしくて似合っている。
その彼が、くっ付いて歩くせいか、お見合いは不発続き。
しかも、説明しても誤解が深まるばかりで……」
「全く同じですわ。
うちの妹も、この通り男装趣味で。
しかも、背が高くて似合うものですから。
ついでに何でか、お見合いにくっ付いて来ますの。
すると、お見合いがうまく行かなくて」
「ごめんなさい、兄上。
僕は女装は好きだけど、お見合いを壊したいなんて思ってない。
だけど、お見合いの日になると、身体が勝手に動いてついて行こうとするんだ。
しかも、いつもより化粧や装いに力が入って、より綺麗になっちゃうし」
「わたしもです。お姉様、今までごめんなさい。
でも、本当にお見合いの日は、自分でも別人になったみたいに、気合が入ったような感じで。
本心を話したくても、うまく言葉が出ないし」
それでは本当に、呪いなのか?
私は、以前、友人に相談した時のことを思いだした。
『呪いにかかったみたいに見合いが壊れる?
……まあ、自分の不運を嘆く気持ちはわからんでもないけどさ。
本当に困ったら、一度、呪い屋に相談してみれば?
確か、街で一番大きな本屋から道を二本、裏に入ったところの……』
その時は冗談半分に聞いていたが。
「あー、これは、弟様と妹様が呪われてましたね。
間違いありません」
路地裏の怪しげな店で、店主が断言する。
「呪いと言うと大げさに聞こえるかもしれませんが、実は、どんな方でも呪いの素を生み出す可能性があるんです。
誰もが感じる不満や怒りなんかは、重くなりすぎると知らず知らずのうちに地面に落っこちるんですよ。
目に見えるものではありませんから、知らずに踏んずける。すると、憑りつかれることがあります。
おそらく、女装趣味の男性も、男装趣味の女性も、今のこの国では少々、肩身の狭い思いをしているでしょう。
いろんな願いがあっても、なかなか叶わない。
そういう方たちの心の落し物が、あちこちに落ちている。
弟様も妹様も、それをうっかり踏んずけてしまって憑りつかれたわけです。ところが、お二人は、ご家族の理解があって、お幸せそうだ。
そのせいで、憑りついた落し物は他人の幸福を阻む醜い呪いになってしまった。
おまけに弟様と妹様の側に、婚活中のお兄様とお姉様がいたことで、お見合いをぶっ壊す方向に動いたようです。
しかし幸運と言いますか、似たような呪いを受けた同士が顔を合わせることになり、それを互いに見破ったことで、呪いが解けたのですよ」
「こじつけのようで、よくわからないところもあるが……」
「この手の呪いとはそういうものなんです。
場合によっては、複数の人間の感情が寄り集まってしまい、方向性も定まらない、なんてこともあります。そうなると厄介です。もうとにかく八つ当たりみたいにいろんなことが起きる。
今回のものは、まだ単純でよかったですね」
「落ちているものを踏んだだけで呪われる?」
「ええ。落ちた心は、そこらじゅうに転がってます。
皆、知らずに踏みまくってる。
けどね、条件が揃わなければ憑りつかれることはないです」
「今回は、女装や男装に関連した落し物で、たまたま彼と彼女はそういう趣味があったから憑りつかれ、呪われたと?」
「そうそう、そういうことです」
「じゃあ、ほとんどの落し物は踏まれて終わりなの?」
「はい。無関係な人に踏まれると、普通は消えて無くなる。あっけないものですよ」
「なんだか、切ないわね」
見合い相手の令嬢は優しい人のようだ。
「同情はお勧めできません。
自分に興味を持たれたと勘違いしたモノが、無理やり憑りつこうとするかもしれません」
「あら、いやだわ」
おや、気持ちを切り替えた。なかなか現実的な対処でいいな。
「まあ、そんなわけで。
今回はご自分たちで解決されたので、お力になれませんでしたが、何かまたお困りごとがあればご相談ください」
「そうだな。ありがとう」
私は呪い屋に、金貨を一枚渡した。
「こりゃ、どうも」
「いや、君のお陰で腑に落ちた……ような気がする」
「また、ご贔屓に!」
出来れば来たくはないが、止むを得ない場合もあるかもしれない。
さて、これからどうしたものか? 大通りに出たところで思案した。
「あの、よろしかったら、もう少しお話しできませんか?」
なんと、令嬢が誘ってくれた。
「是非。そうだ、植物園でウィステリアが開き始めたそうですよ。
見に行きませんか?」
「まあ、素敵! ご一緒させてください」
クールビューティが微笑むと、なんという温かみ。
「お兄様、僕たちは行きたいところがあるので」
「ここで、お別れします。楽しんでらしてくださいね」
いつの間に仲良くなったのか。私の妹のような弟と、彼女の弟のような妹さんは肩を並べて、いそいそと通りを歩いていく。
その先には、服飾店が並ぶ通りがあるのだ。
「きっと、一緒にお洋服を見に行くのね。
良いお友達が見つかってよかったわ」
「そうですね」
午後の植物園は空いていて、柔らかな花の香りに包まれていた。
「先ほどの、呪いのお話ですけど」
「ええ」
「よく考えてみれば、いつもの生活の中にも似たようなことがありますわね」
「似たような?」
「たまに、思いがけない恨みを買うようなことがありますでしょう?
わずかな原因から、妙に相手につけ込まれて、こちらにはほとんど関係ないような、相手が溜め込んだ負の感情を一気にぶつけられたりします」
「踏んじゃうわけですね」
「ええ。となれば、呪いを過剰に恐れても意味がありませんわね。
ふだんの生活と同じように、例えば、言い過ぎないように慎むとか、やり過ぎないように控えることのほうが大切かもしれません」
「気持ちを溜め込みすぎないようにするとか」
「そうですわ。
それでも踏んじゃうこともあるかもしれませんが……」
「その時は、相談できる人や、わかってくれる人に側に居て欲しいですね」
「本当に、そうですわね」
彼女が微笑む。
気付けば、園内を一周してしまっていた。
「お疲れでなければ、もう一周しませんか?」
「ええ」
かなり間抜けな私の誘いを、彼女は優しく受け入れてくれる。
「しかし、考えてみれば、本当に呪いだったのかな?」
「まあ、どうしてですか?」
「呪われた本人たちは、兄姉の見合いを邪魔したと心苦しかったでしょうが、実際、装いの技量は上がったと言っていたし。それに……」
「それに?」
「私の場合、こうして貴女のような素敵な方に会えるまで、見合いがまとまらなかったのは、むしろ幸運だったんじゃないかと」
「あら」
「差し支えなければ、また、会っていただけませんか?」
「ええ、喜んで」
終わり良ければすべて良し。二人でゆっくりと二周目を歩き終え、彼女を家まで送った。




