火の竜の乙女
二人と一匹は木々が生い茂る森の手前に来ていた。
「この先にレーヴェン村がある。ここからは歩いていくぞ」
フィーネはこくりと頷いた。アースは眠そうにふよふよと飛んでいる。
レーヴェン村は周囲を木々に囲まれた村であり、竜の伝承を脈々と語り継いでいる村でもある。ここに火の竜の乙女がいる。馬の手綱を引きながら中心部へと向かう。鬱蒼とした森で、根も太く土から盛り上がっており足の踏み場が悪かった。ときどき身長の低かったフィーネはエレツに持ち上げられながら進んだ。
「アース、こっちで合っているのか?」
「合ってるんだけど、惑わされてるのかもね!」
疑問に思っているとエレツがすぐに回答をくれた。レーヴェン村は別名竜の村ともいわれているため竜の乙女もいるだろうとよからぬ者たちは考える。そして村の少女を誘拐しようと企むわけだ。そのための罠に今、フィーネたちはかかっている。村の中心部へ行けないように迷わせる罠だ。
このままでは体力が減る一方である。エレツは空へ向かって吠えた。
「レーヴェン村の方たち!私は土の竜の乙女、エレツ!以前言われた通り、光の竜の乙女を連れてきた!村へいれてほしい!」
しーんと辺りが静まり返ったあと、空から声がふってきた。
「…その白髪の子が光の竜の乙女だというのか?少年を連れてくるとはふざけているな」
男性の声だった。左右から聞こえてくる感じで所在が掴めない。
髪を切ったらやはり、男の子にしか見えないのかと残念に思った。それが目的だったので喜ぶべきだが。
「この子は正真正銘光の竜の乙女だ!アースも認めている!信用できないならそちらの火の竜に聞けばいい!」
そうだそうだ!とアースはエレツの周りをぐるぐる飛んでいる。間を置いて、断られる。随分相手は用心深いらしい。
「なら、私が光の竜の乙女と証明できればいいですか?」
「…どう証明する?紋様を見せても意味はないぞ。自分で描いて偽る者もいるからな」
フィーネは考える。光の竜の乙女にできることはなんだろう、と。フィーネは傷を癒すこと以外、未だ力を使ったことがない。誰かに怪我をしてもらい、それを治すことは選択肢から除外している。証明するためだけに誰かに傷を負わせるなんて間違っている。そうするとフィーネにできることはないように思える。実際道中、力の使い方は全く教えてもらってないのだから。
あっ、と以前の夢を思い出す。自分の周りをふよふよと飛ぶ光を。あれを出すのはどうだろう。ただ人ではできないことだ。
フィーネは手でお椀を作り、そこに光が入るイメージをした。暖かくてぽかぽかして、優しい光。ぽうっと手の中に光が灯る。これを声の主に届けてほしい、と願うと光は手から離れて空へと舞い上がり、一直線にある一本の木へと向かった。そこに声の主がいるらしい。
「どうですか?」
やがて光が吸い込まれた木から男が飛び降りてきた。深い紅色の髪をしたすらりと背の高い男性だった。深くお辞儀をしてフィーネの目線に合うように片膝をつく。
「無礼をお詫びする、竜の乙女たち。レーヴェン村へと案内する。ついてきてほしい」
男はエレツの持つ手綱を受け取り先導する。フィーネは置いていかれないようにエレツが抱き上げてもらった。数分歩くとひらけた場所へ出る。家が建ち並び、行き交う人々がいた。レーヴェン村である。
「光の竜の乙女をお連れした!」
男が声を張り上げると洗濯をしていた者も、畑を耕していた者も全て動作を止めてフィーネに視線を縫い止め、やがて恭しく膝をついた。
異様な光景に驚いてエレツを見やるも、彼女も肩をすくめるだけで応えてはくれなかった。後方から老人と赤髪の少女がやってきた。もう一度フィーネに礼をしてからエレツへ話しかける。
「…本当に連れてきたのね」
「もちろん。不服か?」
「いえ、感謝しているわ」
不敵な笑みにどきっとした。少しきつい目つきが彼女の気の強さの表れのような気がした。
「はじめまして、光の竜の乙女。我が村はあなたをお待ちしておりました。あたしはフレイヤ。火の竜の乙女です」
「あの、そんなに畏まらないでくださいっ!私、あなたより年下ですし、あなたも竜の乙女じゃないですか!私のことはフィーネって呼んでください!」
フレイヤは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしたあと、にこやかに微笑んでわかったわ、と答えた。
「でも竜の乙女でも光の竜の乙女は別格なのよ」
「えっ?」
「まぁその辺の込み入った話しは座ってしましょ。さ、ついてきて」
フィーネたちはフレイヤと老人の後をついていく。道行く年配の方たちまで手を止めてフレイヤたちに礼を尽くした。竜の乙女は特別なのだと実感した。
「そういえば兄さんが無礼をしなかった?」
「兄さん?」
「馬の手綱を握ってる、あなたたちを最初に対応した人。あたしの兄なの」
フィーネはフレイヤとその兄を見比べる。言われてみると確かに目元と髪が似ている気がした。エレツはどうりで似たような性格なわけだ、と首をすくめた。男は兄さん自己紹介もしなかったの!?とフレイヤに背中をバシバシ叩かれている。手の連打が落ち着いてから「…ファムだ、よろしく」と簡潔に自己紹介した。
村の会議を行うらしい少し大きな建物までやってくると、空から赤い竜がフレイヤに飛びかかった。
「フレイヤ!探したよ!」
「ルブリム、ごめんね」
フレイヤは火の竜ルブリムを紹介した。赤い鱗の竜でフレイヤと同様目がキリッとしている。アースと同じぐらいの大きさだった。
「さっ、中に入って。話をしましょう」