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旅立ち

「…村にいたら、また皆がひどい目にあうかもしれないんですよね?死んじゃうかもしれないんですよね?」

「フィーネ!!」

両親が慌てて両側から肩を掴んだが、フィーネはびくともせずじっとエレツから視線を逸らさなかった。エレツは首肯する。

「あなたがそんな心配する必要ないわ!まだ十二歳なのよ!結晶を定期的に変えれば…」

「今日だって!エレツさんが来てくれなかったら私も、お母さんもお父さんも死んでたんだよ!?」

しん、と部屋が静まり返る。

私は、私たちは無力だった。対抗する術などなかった。自分が竜の乙女とわかっても力を行使する方法も、何ができるかさえも何も知らないのだ。無知とはなんと罪深いのか。その点、エレツは自身の竜の乙女としての力を理解しているように感じた。土の壁を出した力も竜の乙女としての力だろう。

だから…

「私、エレツさんと一緒に行くよ」

力を使えるようになるために。自分と両親を守ることができるように。その結果として魔物の元凶を絶つ手伝いができるなんて、素晴らしいことだろう。

「ほら、魔物がいなくなったら怯えて暮らす必要ないでしょ!その元凶を叩くっていってるんだから、すごいことをしようとしてるんだよ」

村人たちだって、両親だって私に望んでいたはずだ。私が竜の乙女に、希望になることを。だというのに何故悲愴感を滲ませているのか。

母は顔をグシャグシャにして、父は眉間に皺を寄せてフィーネを見た。ゆるりとため息をつき、父が厳かな雰囲気で口を開く。

「…本当に行くと決めたのか」

「…うん」

フィーネは父の目を見ることができず、さっと視線を逸らした。

わかった、といい父がフィーネの両手を包み込む。母はとうとう嗚咽を漏らし始めた。フィーネは居心地が悪くなり口を開いては閉じてを繰り返し、最後にはぎゅっと下唇を噛み締めて沈黙した。

「…急で申し訳ありませんが明朝出発します。なにか他に聞きたいことがあれば聞いてください」

野宿をしようとするエレツを無理やり家の中へ戻し、リビングに簡易ベットを用意してそこで寝てもらうことにした。両親は旅に必要なものを確認しながら鞄に詰めてくれる。あんなに止めていたのに、今はてきぱきと準備をしており、フィーネには理解できなかった。手持ちぶさたで服の裾をぎゅっと掴む。口を挟むことすらできなかった。

自分から言ったことなのに、少し戸惑っている自分がいて不思議だった。

荷物の準備が整い、順番に風呂に入ることにする。母が今夜は一緒に入ってほしいというため、しぶしぶ了承した。一緒に入ることは七歳以来だった。母に頭を洗われていると心地よい気分になる。今日起きた嫌なこと全て忘れてしまうぐらいに。

「痒いところはない?」

「うん」

「旅に出たら思うようにお風呂にも入れないかもしれないからね」

めいっぱい綺麗にしよう、と母は笑みを溢した。泡と同時に先ほどの心地よさも流れていくように、心がひんやりとした。口を湯船につけてブクブクと息を吐くと、母が笑う。昔は楽しくてよくやっていた。少しだけ嬉しくなって目を弓なりにした。

今晩は両親と三人で寝ることになった。これも風呂と同様に七歳ぶりのことだった。何故か緊張して目がぱっちりと開いてしまう。両側からこんなこともあったわね、と昔の話をされて覚えてないことばかりで顔から火が出そうだった。母はずっと髪を撫でて、父はそれを温かく見守る。

「…すっかり大きくなっちゃって、昔は目を離すとすぐ泣いてたのに」

「お、覚えてないよ!!」

穏やかに母は微笑んだ。

「そんなに早く大人にならなくていいのに」

ぼそっと呟いた言葉を、フィーネはしっかりと拾った。もしかしたら早く大人にならなくては、と思っていたのは自分自身だったのかもしれない。周りの声が自分の中でそのように聞こえていただけかもしれない。だけどもう引き返すことはできなかった。そうやって生きて、選んでしまったから。

「さ、明日も早いだろう。そろそろ寝よう」

「そうね」

おやすみ、と口々に言い、両親は目を閉じた。フィーネは両親を視界の端にとらえて、それから天井を見た。見慣れた天井。でも明日にはさよならしてしまうもの。

瞼を閉じると一滴涙が溢れ落ちた。十二歳の誕生日は非日常で選択ばかりの一日で、辛いこともあったけれども三人で過ごした時間は変わらず幸福であった。



朝日が昇り、目が覚める。両脇を見やるもすでに両親は起床しておりぽっかりと空いていた。着替えてリビングに向かうと机の上には料理が並べられており、普段の朝食とは異なる豪華さだった。まるで誕生日の夕飯のよう。目を白黒させていると、フィーネに気づいた母が声をかける。

「おはよう、フィーネ。さ、朝食にしましょう」

食卓につき、合掌する。エレツとアースも一緒に朝食をとっていた。母が次々にフィーネの皿におかずをよそるため、黙々と食べていた。早く食事を終えたエレツがフィーネをじっくり観察する。

「フィーネ、君は髪を伸ばしているが何か理由があるのか?」

質問の意味はわからなかったが、特にこれといった理由はないので首を横にふる。

「なら髪を切ってもらってもいいか?短めに。男の子のふりをして、厄介事を防ぎたいんだ」

竜の乙女はもちろん、女性しかいない。竜の乙女を狙った誘拐事件はまだまだ存在していた。まだフィーネは幼く体の起伏も少ないため髪を短くすれば確かに男の子に見えるだろう。異論はないため首肯した。

朝食を終えると母が髪切狭を持ってきた。ケープを着て椅子に座り、母に頭を預ける。父はその間食器を洗っていた。目を閉じると髪を切る音と皿を洗う水の音がとても大きく感じる。音に耳を澄ませていると時間の流れが緩やかに感じた。

散髪を終えるといつもの自分とは違う気がした。短い髪はいつ以来だろうか。母は可愛いわと言ってくれる。違う自分に少しだけ気恥ずかしかった。

動きやすい靴、上着を着て鞄を背負う。出発の時間だ。

「気をつけて」

「いつでも帰ってきていいのよ。無理しないでね」

昨日の涙はもうどこにもなかった。両親は不安そうな内心を隠すように笑顔で見送りをしてくれる。それに自信に満ちた顔で応えた。

「いってきます!」

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