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エピローグ

 島に魔物がいなくなっても襲われたあとはなくならない。フィーネたちは首都に報告へ戻ったあと、復興のために町を巡る旅に出た。リヒトだけは首都に留まることになったが。女王からの申し出で、島全体を見渡して状況を逐一教えてもらうためだそうだ。

 魔物の被害が大きかった町などへ赴き、復興の手伝いなどした。瓦礫をどかしたり、怪我を治したり、配給の手伝いもした。人手はどこも足りない状況だった。

 道中でアイル砂漠に立ち寄り、緑化を試みた。ノルとイエリナが協力し、元の緑を取り戻そうと枯れた大地に水を引き、緑を生やした。広大な砂漠を改善することは一苦労だったが、一ヶ月もするとぽつぽつと緑が見え始めた。そうしてほっと二人が胸を撫で下ろしたところをフィーネも笑顔で見ていた。

 島を巡って一年が経つとほとんどの町は魔物の被害から立ち直り、普段の生活に戻っていた。しかし今までとは少し異なるところがある。

 フィーネたちは島を巡る中で、闇の竜と乙女たちの話をした。今までの昔話では存在しなかった登場人物。真実は少しぼかして口伝した。彼女たちは島のために心身を削りながらほかの乙女たちと共に島を作っていったことを。

 人々はフィーネの真剣な眼差しを見て少しずつ身の内にあった先入観に疑問を持ち始めた。見た目の違いだけで人を忌避することは間違っているのではないか、と。もちろん全ての人が黒髪に対して寛容になったわけではない。だが以前よりずっとヴァネッサにとって住みやすい世界になるように、フィーネは言葉を惜しまなかった。

 そうして月日は流れ、魔物がいなくなってから十二年が経とうとしている。




「エレツ、二人目が生まれるんだって!」

 フィーネは手紙を見て足をばたつかせた。エレツとは半年前に会って以来だった。

「そう、早いわね」

 フレイヤがカップを傾ける。

 フィーネとフレイヤは島の中央、闇が包んでいたかつて首都だった場所に建てた神殿でお茶をしていた。

 長年誰の手もつかなかったこの地をどうするか、となったときに女王が提案して神殿が建てられることになった。島の中央なら誰でも竜とその乙女に会いに行きやすいから、と。首都を島の中央に移す話も上がったが、長年の場所を変えるのも障りがあるということで首都は変わらずアモール市である。

 エレツは目を覚ましたあと亡くした腕を義手にして騎士を続けていたが、眠っていた間世話を続けてくれていた部下と恋をして夫婦になった。ついこの間、娘を神殿まで見せに連れてきてくれたばかりだというのに、時の流れは早いものだ。

「そういえば、ファムのほうはどうなの?」

「変わらず清い関係らしいわよ。アースに毎日確認してるもの。間違いないわ」

 実はファムとテラーも結婚している。テラーが猛アタックしたらしい。それにファムが折れたそうだ。フレイヤがもう平和だから、自分の護衛は必要ないと突き放したことも一因らしい。兄が大好きなフレイヤもテラーだから認めたのだろう。ずっと自分に縛り付けていたことを気にしていたフレイヤは今少しさびしそうで嬉しそうな顔をしている。

 二人は体の関係は持たず、夫婦として互いを支え合っている。子供は養子をもうけたといっていた。

 ノルは孤児院を建ててクランと共に過ごしている。本当はアイル砂漠での子どもたちとの生活が好きだったのだろう。時々神殿に顔を出してはしまりのない顔で惚気けている。

「あら、この果物美味しいわね。今度イエリナが来たら伝えないと」

「どれどれ…あ、ほんとだ。美味しい」

 赤い円錐状の果物を口に含むと甘酸っぱい果肉が口いっぱいに広がって頬が緩む。果物を取る手が止まらない。

 イエリナは復興の旅のあと、ジュビア森林で過ごすことにした。人々の営みを経験してなお、森林での生活が性に合っていたらしい。

 森林での生活を再開してから二年後にイエリナの母代わりの狼は亡くなってしまった。乙女たち皆でジュビア森林まで赴いて追悼した。イエリナはわんわん泣いていたけれど、次の日にはいつも通りの彼女に戻っていた。自分がこの森を守るのだと、息巻いていた。

 そんなイエリナもずっと森に引きこもっているわけではない。時々フィーネたちに会いに神殿にやってきたり、要請があれば他の町へも向かったりする。顔を会わす度にこうして様々な果物や植物をおすそ分けしてくれるのだ。これがまた美味しいのである。

 森の長のようなポジションに登りつめたイエリナは言葉も以前より流暢になった。助詞副詞をうまく使う。自分のことは依然イエリナと呼ぶが、かわいいからよいとしよう。

「それよりフレイヤは私とずっと神殿にいていいの?嫁の貰い手いなくなっちゃうよ」

「その話はやめてよ。長老からも耳がたこになるぐらい言われてるのよ。あたしは兄さんみたいな素敵な人じゃなきゃ嫌なのよ」

 それはつまり結婚する気はない、ということだ。兄さんよりいい人なんているはずないでしょ、がフレイヤの決まり文句である。

「フィーネこそ、いいの?しつこく求婚されてたじゃない」

 フィーネは島の復興が終わってからずっと王子に求婚されていた。片っ端から断っていたが。

「あれはそういうのじゃないから」

 彼はフィーネの力や象徴が欲しかったのだ。フィオネと婚約していた王子と同じように。

 事実、女王が次期女王に姪を選んでから求婚はぱたりと止んだ。それに清々していた。

 この島の成り立ちに背いてまで王を男にする必要もない。また女王は息子の人となりを見抜いて姪を自分の後につかせることを選んだのだろう。

 一度その姪に会ったとき、この人なら大丈夫だなと思った。柔和な顔の奥に揺るがない芯のようなものを感じた。民を思いやる強さも持っている。この人なら国と民を守っていける、と。

「両親には孫は諦めてって言ってるし、大丈夫だよ」

 フィーネが朗らかに言うとフレイヤは肩を竦めて紅茶を飲んだ。

 両親はディエス村で変わらず暮らしている。壊れた家を立て直して元通りにして。変わらずここがあなたの家なのだと、いつでも帰っておいでと言われて嬉しかった。両親はいつまで経ってもフィーネにとって両親であることに変わりないのだ。

 フィーネも半年に一回以上家に帰って寛いでいた。帰る度によく帰ってきたな乙女様、などと言われているが不思議と嫌な気持ちにはならなかった。それは自分がそれに見合うだけのことをしてきたからかもしれない。

「それにね、フレイヤ。私はもうヴァネッサみたいな人が生まれてほしくないの。そのために、私はここからずっと見守っていきたいと思ってるんだよ。可能なかぎりずっと」

 手を太陽に翳す。この手が届く範囲だけでも救いたい。それは魔物を一掃してからもずっと抱き続けていることだった。

「…そうね。最後までお供するわよ、フィーネ」

 花園からぴぃぴぃと鳴いて顔を出す黒い鱗の竜。彼は小さな羽を目一杯動かしてゆっくり扉へと向かう。

「ネロが鳴いてるってことはもう来たのかな?」

 闇の竜が卵から孵化して十年が経つ。旅の最中もずっと抱っこして連れ歩いていて、あるとき卵にヒビが入り中から小さな竜が現れた。最初はアースたちよりも随分小さかったが、やっと皆と同じぐらいー正しくはアースたちの省エネ状態だが、まで大きくなった。彼は先代と同じくネロという名前にした。生まれ変わっても彼は彼なのだと、竜たち皆で決めたのだ。

 実は今日、闇の竜の乙女が神殿に来る日でもあった。ノルの孤児院にいた黒髪の女の子が十二歳となり、体に紋様が現れたのである。その少女が今日やってくる。

 コンコンと音がしたためどうぞ、と声をかける。ゆっくりと開く扉に我慢できず、ネロが扉の隙間をこじ開けて向こう側に飛びついた。

 きゃっと声をあげてネロを抱きとめた少女はヴァネッサにそっくりな少女だった。黒い長い髪で目尻が下がっている、どこか心配そうな表情をしている少女。服はクランが用意してくれたのか、綺麗な白いワンピースを着ていた。健康そうな様子から孤児院ですくすくと育ったことが見受けられる。

「いらっしゃい。新しい闇の乙女さん」

「は、はじめまして!シシリーといいます!」

 フィーネが自分の横をとんとん叩くとシシリーはぎくしゃくと動きながらすとんとフィーネの脇におさまった。緊張しているのか服の裾を握りしめている。

 フィーネはテーブルにあった皿を引き寄せてシシリーに渡した。先程フィーネたちが食べていた果物だ。シシリーは皿とフィーネを交互に見てから恐る恐る手を伸ばす。果物を口に含むとあまりの美味しさに目を輝かせた。彼女も果物に伸ばす手が止まらない。緊張はとけたかもしれない。

「私は光の竜の乙女、フィーネ。こっちは火の竜の乙女のフレイヤ。今日わざわざ来てもらったのはあなたと闇の竜を会わせたかったからなの」

 ネロっていうの。と紹介すると、ネロはシシリーに頬ずりした。くすぐったそうに笑うシシリーは年相応でほっとする。

 ネロはずっと自分の乙女を探しに出かけようとしていた。その度にまだ幼いから、と止めたのだ。だからノルから知らせを受けたとき、ネロは小躍りするぐらい喜んでいた。今も嬉しくて仕方ないと体全体で現している。

「あの、私は何をすればいいですか?」

「え?」

「竜の乙女として、何をすればいいですか?」

「…誰かに何か言われたの?」

 ずっと黙っていたフレイヤが険しい顔でシシリーの隣に座って顔を覗き込んだ。その表情にびっくりしたシシリーはまた俯いて裾をぎゅっと握りしめる。怖すぎるよ、とフィーネに咎められ、フレイヤは渋々距離をとって口を尖らせた。

 フレイヤは気にしているのだ。黒い髪と差別する者がまだいるのではないかと。そしてシシリーが差別を受けて、傷ついて、こんなことをいったんじゃないかと。

「わ、私、ノル先生やクラン先生に恩返ししたいんです!」

 物心つく頃には道端に捨てられて、運良くノルたちに拾われたからいいもののそのまま亡くなっていてもおかしくなかった。血縁ではないのに本当の家族のように接してくれる孤児院の皆が大好きで、何かしたいのだそうだ。

 そういうところはヴァネッサと似ているとフィーネは感じた。フレイヤも同じことを思ったか、肩を竦めるのみでそれ以上追求しなかった。

 膝をついて目線を合わせ、握りしめていた手をそっと広げてあげる。

「ノルたちはあなたに何かしてほしいって言わないよ。あなたが幸せでいてくれれば、それでいいの」

「でも…」

「もちろん、有事の際にはあなたの力も必要になる。でも今は大丈夫」

 眉を寄せて納得いかない様子のシシリー。あなたは誰かのために頑張れる人。でも…

「あなたは何がしたい?誰かのためじゃなくて、あなたがしたいことを教えて」

 ヴァネッサは最後の最後で言うことができた。でも今のあなたはここで言うことができる。それはノルたちが彼女を大切に育てた証拠だ。

「私は、できるなら…孤児院で働きたいです。皆と一緒にいたい、です」

 シシリーにとっての家も家族も、ちゃんとあった。フィーネはにっこりと笑って頭を撫でる。

「もちろん!神殿にずっといる必要はないんだよ。力が必要になったらお願いしに行くかもだけど、それ以外はあなたの好きに過ごせばいい。あなたは自由なんだから、あなたの愛する場所にいればいいんだよ」

 ネロも応援するようにシシリーに頬ずりした。やっと明るい顔になった。そのほうがずっといい。

 それからリヒトと共に力の制御の仕方や行使の仕方を教えた。本来ならネロから教えてもらうほうがいいのだが、彼はまだそこまで話せない。

 リヒトが以前、ネロがヴァネッサに話していた内容を復唱して実践してみる。半日ほど練習して自分の影を動かして物を持ったりすることができるようになった。今はこれで十分だろう。

 少し人々の負の感情を取り込んだだけでシシリーは顔色を悪くした。体も痛くて仕方ないらしい。ヴァネッサはこの痛みにずっと耐えてきたことを考えると苦しくなる。

 今日は神殿で休み、明朝孤児院へ帰ることにした。なれない力を使って体調も悪そうな彼女をこのまま帰すわけにはいかない。

 よろよろと歩くシシリーの肩を抱いて食事の席へと移動する。訓練をしている間、フレイヤが調理をしてくれていた。この神殿は基本フィーネとフレイヤ、竜たちしかいない。ときどき掃除をお願いするがそれだけだ。身の回りのことは自分たちでやっていた。

 ふとシシリーのじっとこちらを観察する視線に気づき、どうしたの?と問いかけた。

「有事の際って、どんなときなんですか?争いがあるってことですか?」

 この子は勘が鋭いのかもしれないな、と思った。

「あるかもしれない。でも、ないかもしれない」

 今、島の中は女王のおかげもあって争いはない。だが島の外の存在が、いつ何時手を出してくるかわからない。外敵を寄せ付けないようにしていても可能性はゼロではないのだ。ただ言えることはー…

「でも今はまだ平和だよ」

 だから大丈夫。



完結しました。お読みくださりありがとうございました!

楽しんでいただけたなら幸いです。

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