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竜の乙女は世界を癒す

 真上の暗い結界に卵の殻が割れるようにヒビが入り、そこから光が差し込む。この光をフィーネは知っていた。

「リヒト?」

「ええ。お待たせしました」

 光の竜リヒトがヴァネッサが作った闇の空間にヒビをいれ、侵入した。リヒトから溢れる光が二人を照らす。彼はフィーネの傍に舞い降りて、ネロに手を翳した。

「どうしてここに?」

「あなたがヴァネッサの心に触れて、癒やしたのを感じました。それで急いでこちらに飛んできたのです」

 どうやって感知できたのか、ずっと見ていたのか、聞きたいことは山程あった。でも今真っ先にやらなければならないことは他にある。

「ネロを救うには、どうしたらいい?」

 ヴァネッサがいなくなる前に、ネロを救わなければならない。それを見届けてこそ、彼女の望みが叶うのだ。

 ヴァネッサは眉を寄せて不安そうにリヒトを見つめている。フィーネも真剣な眼差しでリヒトを見ていた。

「ネロはヴァネッサのために闇を蓄えすぎました。この体はもうだめでしょう」

「そんな…!」

「だから生まれ変わるのです」

 フィーネの悲痛な声を遮るようにいった。生まれ変わるなんて超常的なことが本当に可能なのだろうか。

「もう一度生まれるのです。私とフィーネなら可能です」

 リヒトが横たわるネロの体に触れたのを見て、それに倣った。傷を治すときはいつも治った後をイメージしていた。生まれ変わる、とはどうイメージすればいいかフィーネにはわからなかった。リヒトとフィーネならばできると、彼は言った。フィーネはこの後何をすればいいか、問うようにリヒトを見た。

「生と死は切っても切り離せないものです。生まれるということはいつかいなくなるということ。光と闇も同様です。光があるから闇が生まれる。私達は表裏一体なのです」

「それはなんとなくわかるよ。でも生まれ変わるってそれとは異なるんじゃない?」

 表裏一体だからこそ闇を照らすことができたのだ。しかし生まれ変わるとは、蘇るということではないだろうか。フィーネにはリヒトがいわんとしていることが理解できなかった。

 リヒトは目を細めた。

「ネロの体はもう死んでいます。だから次の命になるのです。想像して。新たな命が芽吹く瞬間を」

 ノルがいっていた。死んだ人は土に還ると。その養分で新たな命が生まれて紡がれていく。どんな存在でもきっと変わらない。

 ネロの体が新しい命の糧として生まれ変わる。そのようなイメージを思い浮かべる。

 ネロの体が光に包まれてだんだんと小さくなっていく。やがてフィーネとリヒトの手に収まるぐらいまで小さくなり、光が消えた。その光の中心から黒い卵が現れる。まんまるで両手で持たないといけないぐらいの大きさだった。

 触れた手から暖かさが伝わってくる。生命を感じた。ネロが生まれ変わって、卵になったのだ。

「卵から生まれてくる闇の竜はネロではありません。私と共に育った彼ではありません」

 生きた環境が、過去がその人となりを作る。生まれてくる竜は何も知らないまっさらな赤ん坊、ということだろう。

「でも彼もまた、ネロなのです。見守りましょう。健やかに育つことを」

 フィーネはヴァネッサを見た。彼女は口元まで消えかかっている。

 これでよかったのかな?

 ネロを救うことができたのか、不安だった。結局彼はもういない。ヴァネッサの望みを叶えることができなかった。そう重い心で彼女を見たが杞憂だった。

 ヴァネッサの目元は微笑んでいた。口は消えてしまっていても、声が聞こえなくても、彼女が喜んでいることがわかる。フィーネはほっとして卵を抱きしめた。

「大丈夫。私達が見守るから」

 ヴァネッサが完全に消えていなくなる。ありがとう、と言われた気がした。彼女のいた地面を撫でて、ヴァネッサが無事にフィオネたちのもとへ行けることを祈った。

「フィーネ。最後の仕事が残ってます」

「最後?」

「まだ魔物が残ってます」

 フィーネは壊れかけた建物の最上階、島を見渡せる場所にいた。ここからだと島の状態がよくわかる。魔物が暴れているのだろう。あちこちから煙が立ち上がっており、遠くからでも火の手が見える場所がある。

 ヴァネッサとネロがいなくなり闇を吸収することがなくなっても、一度放たれた魔物はその命が尽きるまで動きを止めることはない。まだ戦いは終わっていないのだ。

「どうしたらいい?私に何ができる?」

 フィーネの体は一つしかない。島の端から端まで飛んで駆けつけることは物理的に無理だった。駆けつけた頃にはほとんど亡くなっているかもしれない。時間は待ってくれないのだ。

「できます。全ての魔物を癒やすのです。さぁ、手を」

 促されるようにリヒトの手に手を重ねる。目を閉じて、と言われて大人しく目を瞑った。

「私と一緒なら見えるはずです。心を研ぎ澄まして。あなたが守りたいものを見て」

 別れてしまったイエリナのことを思い浮かべる。彼女は無事だろうか。

 すると脳裏に影に拘束されているイエリナとトーリ、その他の竜たちが思い浮かんだ。

「見えましたね。その闇を晴らすのです」

「どうやって?」

「いつもやっているように、想像してみて」

 いつも光が溢れるところを想像していた。あったかくて優しい感じ。

 イエリナたちを拘束する影がなくなって、彼女たちを光で包むところを想像した。離れた場所にいるのに、想像した通りに闇が晴れていく。闇が晴れると彼女たちはとある部屋にいた。

 突然何が起こったかわからずきょどきょどしているイエリナに笑みがこぼれる。変わらない彼女を見ていると安心する。

 ノルを探すと彼女は闇の中で気を失っていた。体には複数の切り傷がある。魔物との戦いで気を失っているところを捕らえられたのだろう。

 ノルを光で優しく包み込むと傷が治り、やがて闇が晴れていく。彼女はフィーネが襲われた花畑にいたらしい。そっと地面に横たえた。

 フレイヤとファムの周りには魔物はいなかった。ボロボロの状態だったが命に問題はないようだ。

 左目の傷は火で焼いてしまっており、傷は塞がっているため癒すことはできない。傷跡は残ってしまうだろう。でもそれ以外の傷は癒やすことができる。意識を集中させて二人を光で包み込む。

 フレイヤは変わらず眠っていたが、ファムはこちらの気配に気づき空を見上げてフィーネ?と溢した。正解だよ。

 テラーも地面で横になっていた。ここも魔物が周囲にいなくてほっとした。力を使いすぎて意識を失っているらしい。お疲れ様、という気持ちで彼女を癒やした。

 次は両親がいるレーヴェン村に意識を向ける。結界の周りに魔物が蔓延っており、内側から槍などで村人たちが対抗している。ただ圧倒的に分が悪かった。結界にはいくつものヒビが入っている。

 村の周りを取り囲む魔物を一気に浄化する。次々と魔物が倒れて、砂に還っていくさまを村人たちは呆然と見ていた。

 以前は癒やしたあと、体だけ残っていた。でもその体はきっと誰にも悲しまれず燃やされるだけだから、それならば土に還るほうがきっといい。彼らもこの島で生きていた命だから、この島に還るのがいいのだ。

 両親が空を見上げてフィーネ?と問いかけた。そうだよ、私だよ。

 ジュビア森林へ意識を向ける。そこはまだ高い山脈のおかげか魔物は侵入してきていない。だが山を登る魔物、空を飛ぶ魔物が森林に住む動物たちを狙って歩みを進めている。

 だめ。あなたたちはここで止める。

 森林に到達する前に浄化した。もうこの森林に向かってきている魔物はいない。ここはもう安全だろう。

 イエリナの母代わりの狼を見つけて口角が上がる。湖の近くで遠吠えをしていた。元気そうでよかった。

 シネラ市を見る。破壊された城壁は未だ直っていなかった。そこから侵入してくる魔物に兵士や自衛団が必死に抵抗している。破壊された建物もそのままでフィーネたちが出立してから何も復旧していなかったことがわかる。

 今度こそ私が守るよ。

 シネラ市を取り囲む魔物、侵入して人々を襲う魔物を一気に浄化する。兵士たちはその光景に口をぽかんと開けて空を見上げていた。もう大丈夫。

 次はアモール市へ意識を向ける。ここはまだ城壁の結界の効果で侵入されていなかった。それでも魔物の攻撃による摩耗で結界がすり減っている。城壁の上から弓を使って攻撃しているが決め手にかけているようだった。

 ここまで保っているのはひとえにリヒトのおかげだろう。彼がフィーネのもとにくるまであの町にいたから。

 城壁を取り囲む魔物を浄化すると兵士たちの歓喜の声があがる。女王が光の竜と乙女のおかげだ!と兵士の士気を鼓舞した。その隣に貼り付けた笑みを浮かべる王子がいた。

 以前に会ったとき、不快感が襲ったわけを今ようやく理解した。彼はフィオネの婚約者だった、ヴァネッサを利用しようとした王子に似ていたのだ。見た目も、恐らく中身も。本能的なものなのか、ヴァネッサのおかげだったのかはわからないが、それが不快感や吐き気として現れたのだ。

 だがかつての二の舞いにはならないだろう、あの女王がいるかぎり。フィーネは女王を信頼していた。短い時間しか接しなかったが、彼女は信頼に値すると感じている。王子がよからぬことをする前に止めてくれると信じている。

 医務室を覗いてみると、エレツが変わらず横になっていた。ヴァネッサがいなくなったため、黒い痣はなくなっていた。早く目を覚まして、と彼女の頭をそっと撫でる気持ちで光を灯す。

 すると目をぴくぴくさせてゆっくりと瞼を開いた。フィーネ?と溢した小さな声をしっかりと聞き取る。

 よかった、目が覚めて。

 それからアイル砂漠に目を向ける。あそこは兵士も自衛団もいなかった。案の定、砂漠の中の唯一の町が魔物に襲われていた。ほとんどの人が魔物に襲われて息絶えていた。唯一生きていたのは年若い女性だけ。壊された建物に隠れるように、身を縮めて息を潜めている。

 死にたくない。怖い。誰か助けて。

 彼女の感情が手にとるようにわかる。

 今、助けるよ。

 女性の存在に気づいた魔物が建物の上から覗いて手を伸ばしてきた。手が届く前に浄化する。

 死を覚悟して天に祈っていた女性はぽかんと口を開けてその光景を眺めていた。それから我にかえると神様ありがとうございます!と涙を流した。

「リヒト、あなたはずっとこうして、島を見ていたの?」

 意識は島へ向けたまま、言葉を紡ぐ。

 フィーネの力が向上したとしても、このように島全体に意識を飛ばして癒やすことなど不可能だ。それが今できる、ということはリヒトのおかげだ。

 リヒトはアモール市で島を守っていた。そのときもきっとこんな感じで見ていたのかもしれない。

「ええ、そうです。だからずっと見ていました。あなたのことも」

 だからすぐに駆けつけることができたのだろう。フィーネはもう一つ疑問に思っていたことを聞いた。

「リヒトは過去で、王子が話していた相手って誰だと思う?」

 ヴァネッサの記憶の中で、王子は確実に誰かと話をしていた。相手の声も姿もわからなかったが、独り言にしてはおかしいと思った。

 リヒトはゆるりと頭を上げる。

「恐らくこの島の外の存在」

「島の外?」

「私達竜は、島の外では悪しき者として討伐対象になっていたのです」

 竜は災いを呼ぶとされていた土地で、彼らは生まれた。命の危険を感じていた六匹の竜は自身を害するものがいない土地を探した。そうしてたどり着いたのがこの島だった。島では竜が生まれた土地に住む人がくることも滅多にない。そして竜を見ても恐れない子に、希望を感じた。

 そうして島を発展させるとともに竜という存在も周知させていった。だが島の存在に気づいた島外の、負の感情を抱く人間がいた。その者が島へと上陸し、竜が悪しき者と吹聴されると困る竜は島の周囲に渦潮を作り、外界を遮断したのだ。

「島を手に入れたいと考えた者か、私達を滅ぼしたいと考えた者か、わかりません。ですがここ数千年そういう気配は感じなかったのでもう大丈夫だと思いますよ」

 島の外、と考えると途方もなくて思考が纏まらない。想像もできない。でも、今この島が平和ならいい気がした。長年魔物に恐怖していた日々に比べれば、よっぽどいい。

 島にもう魔物の気配がないことを確認してほっと息をつく。水平線から朝日が覗く。いつの間にか一夜が明けていた。

 やっと終わったのだ。フィーネのやらなければいけないことが。これからは自由に選択できる。もちろん竜の乙女としての力と役割はあるだろうが、魔物のいない平和な世界になったのだ。なんだってできるはずだ。

 力と立場に対する責任はきっとあるだろう。だけど負担にはならないとフィーネは感じていた。十二歳になるまで竜の乙女かもしれないと村人たちから思われていたプレッシャーに比べたら、ましだと思う。それだけのことをしたのだ、という自負も要因だ。

「行こう、リヒト」

 皆のところに。

 しっかりとリヒトを見て手を差し伸べる。リヒトは喉を鳴らしてその手をとった。

「ええ」

 白い竜は背に白い髪に一房の黒髪をもつ少女を乗せて飛翔した。

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