テラー
テラーは次から次へと現れる魔物を相手していた。魔物は四足歩行で牙をむき出しにしているものがほとんどだった。テラーは土人形が持つ槍状のもので魔物を貫いたり、地面から円錐状のものを生み出し下から貫いたりしながら相手をしていた。相手が地を歩く魔物である限り有利であるといっても過言ではない。
この数がやっかいですね。
地の利があっても多勢に無勢だ。いつかこちらの体力が尽きる。その前になんとかしなければ。
最初のうちは近づくことさえできなかった魔物が、じわじわと距離を詰めていることを感じる。有利だと思っていた状況はいつの間にかひっくり返っていた。
お姉ちゃんならどうしてたかな。
テラーはいつもふとした瞬間、姉エレツのことを思い出してしまう。こんなときでも考えてしまうということは、自分はまだ冷静であるという証拠だ。
竜の大木で初代土の竜の乙女に言われたことを思い出して頭を振る。誰かではなくあなたなりの、あなただからできることをすればいい、と。
お姉ちゃんじゃなくて私がどうするかが大事なんだ。
テラーは足元の土を垂直に天へと伸ばす。その端からそれぞれ土の壁を作る。上から見ると大きな囲いのような場所に魔物が入っているところが見える。
魔物は自分が罠に入っていることも気づかずに、壁の上にいるテラーに近づこうとガリガリと壁に爪をたてた。粗方魔物が入ったことを確認して囲いを閉じるように壁を作る。袋の鼠だ。そして囲いに入っている魔物を地面から無数の槍を出して串刺しにした。
テラーは壁を無くして地面へと降り立つ。随分静かだった。ここ一帯の魔物はもう退けただろう。早く皆のところに行かないと。
皆が向かった城のあるほうを見る。空は闇に包まれていて光を通さない。あそこにいかなければ。
ふと闇の竜の乙女について考える。姉を昏睡状態にした原因を少なからず恨んでいた自分がいた。しかしフィーネに彼女の過去を聞いてしまった今、同じ気持ちを抱けないでいる。
いいよね、お姉ちゃん。
愛されないことはどのようなものか想像できないが、きっと辛いものに違いない。今はいないがテラーには愛してくれる両親がいた。姉もテラーを愛してくれた。家族がいなかったらと考えると胸が苦しくなる。
そしてまだ姉は死んでいない。だから許していいと思ったのだ。姉もきっといいといってくれるはず。
城へ向かって一歩踏み出すとどん!と何かに体当たりされた。体は前に飛ばされて建物に打ち付けられ、土人形は粉々になる。迫り上がった血を吐き出してゆっくり相手を確認する。
…まだいた。
テラーに体当たりした相手は首が三つついている犬のような形の魔物だった。その体は民家より大きい。
大きいのに、存在に気づかなかった。不覚だ。
『エレツはおっきな犬みたいな魔物をさっと倒して助けてくれたんだよ』
フィーネが以前エレツとの出会いを話してくれたときのことを思い出す。もしかしたらそのときの魔物よりこれは大きくて強いのかもしれない。
でも私だって倒せる。
テラーは地面からいくつも円錐状の土を出すが難なく躱される。土の玉を作り飛ばしても無駄だった。テラーは魔物の速さに反応できていなかった。あまりにも相手のほうが速すぎた。
攻撃を受けながら魔物はじりじりと距離を縮めている。すぐにこちらを殺しにきてもいいはずなのに遊んでいるみたいに焦らしてくる。テラーの攻撃も当たらず、体も先程建物にぶつかった衝撃でうまく動かないため敵の攻撃を避ける術もない。八方塞がりだ。
なら一か八か試すしかない。
初代土の竜の乙女に教えてもらった最終手段。
テラーは抵抗を諦めたかのようにぐったりと横になり攻撃の手も止めた。魔物は暫く警戒して様子を見るも、反撃の意思がないと判断したのかテラーの方へと走り出す。
あと一歩のところで突然テラーの手の先の地面から魔物の真下に向かって亀裂が走る。魔物は落ちないように必死に足を伸ばしているが、それを嘲笑うように亀裂はどんどん広がる。
地割れだ。
地割れを起こし、そこに魔物を落とす作戦だった。地面が割れるほど大地が激しく揺れる。この方法が最終手段なのは理由がある。体への負荷が大きいのだ。土を動かす比ではないぐらい自然現象に手を出している。その分、頭や体が割れるような痛みがある。
痛みで顔が歪む。早く。早く落ちて。
時間では一分ほど。しかし体感ではもっと長く感じた。テラーの体が先に限界を迎えるか、魔物が先に落ちるかの戦いだった。
地面の裂け目が更に大きくなり、魔物の足が滑って裂け目へと落ちていく。完全におちたことを確認してから裂け目を閉じる。地下からうめき声とミシミシと軋む音がした。
完全に裂け目が閉じると音も止み、静けさが戻る。ようやくここの魔物を倒し終わった。テラーは完全に体の力を抜いて大の字で寝転がった。
無理をしたため頭と体の痛みが一向に引かなかった。息を吸うのも辛い状況で、魔物がいなくてよかったと心底思った。
早く行かなきゃいけないのに。
意思に反して体は休息を求めている。だんだんと瞼が落ちてくる。そして完全に意識を手放した。




