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結界までの道のりで空を飛ぶ魔物と遭遇することはなかった。しかし眼下で魔物が大勢移動していることが目視できた。あれらは村や町を襲うために移動しているのだろう。
町や村には結界もあり、自衛団もいるはず。すぐに壊滅状態になることはないだろう。そのため少しだけイエリナとテラーが空から力を使い、魔物の数を減らしながら結界までやってきた。
前回は闇に侵食されて防がれてしまった。今回は成功させてみせる。フィーネは両手を結界に触れる。
「皆も触れて。それで考えて。嬉しかったこと、楽しかったこと、好きなこと」
負の感情に飲まれないために。
ヴァネッサを抱きしめるために。
手が触れている部分から光が溢れてだんだんと広がっていく。黒く閉ざされた結界が光を帯びて消えていくと向こう側の景色が見えてきた。
結界が解けたのだ。
結界の向こうには大木の中で見たかつての首都の残骸があった。ヴァネッサによって破壊された当時のままだった。死体は白骨化して無造作に放置されている。
「これはひどいわね」
「フィーネさん、闇の竜の乙女はどこにいると思いますか?」
フィーネはすっと少し小高いところにある建物、かつての城を指差す。
あそこで乙女たちは戦っていた。最後にヴァネッサを見たのもあの場所だった。動いてないと仮定するとあの城の、過去で見た場所にいる可能性が高い。
「そう思う!」
「あそこが一番闇の力が強いよ」
「そうだね〜」
竜たちも同意する。
そういえば文句も言わず助けてくれる辺り、トーリが闇に取り込まれたのが竜たちにとっても少なからず影響しているらしい。
レーヴェン村から休まずに島の中央まで運んでくれた。相当疲れているだろう。疲れをとろうと手を伸ばそうとしたとき、地面から黒い触手が伸びて竜たちの体に巻き付いた。
すぐに引き剥がそうと、各々力を出す前に触手は竜ごと地面の中に消えてしまう。
「テラー!地面の中、どうなってるかわかるか?!」
「わ、わかりません。アースの気配も消えました。地面全体が禍々しい気配に満ちてて、追えません」
テラーは地面に両手をついて目を瞑り、気配を探るも首を横に振った。トーリと同様に他の竜たちもヴァネッサの手におちたと考えたほうがいい。
とにかくヴァネッサのもとまで向かわなくては、と視線を上げると建物の瓦礫から魔物が続々と出てきた。その数は大変多く、ざっと五十体以上いる。いつの間にか囲まれていた。
今までは事あるごとにフィーネと接触を試みていた彼女が、この場では拒絶しているようだった。会いたくないのか障害を用意している。
「皆で一気に…」
「いえ、ここは私に任せてください」
テラーが前に出る。土人形を次々と出し、自身も土人形に抱きかかえてもらっている。
「なるべく早く闇の乙女のところへいったほうがいいですし、役割分担しましょう。皆さんは先に行ってください」
「一人で大丈夫か?」
「もちろんです。お姉ちゃんが目覚めるまで、死ぬ気はないですよ」
ノルの問いにテラーは笑顔で答える。その瞳は強い意思を帯びていた。
「わかった。気をつけてね」
「またね!」
「任せたわ」
「生き残れよ」
皆がテラーに声援を送り前へと踏み出す。最後にファムがテラーの頭をぽんと撫でた。
「お前ならできる」
「…はい!」
フレイヤが先陣をきり魔物を蹴散らしながら前進した。火によって開かれた道はすぐにどこかから現れた魔物によって閉ざされてしまう。
だがここにいる魔物はフィーネたちを追うつもりはないらしい。じっとテラーを見て様子を伺っている。
分断されたとも取れる状況だった。
それでもテラーは前を向く。
「負けませんから」
フィーネたちは少し高い位置にある城を目指して走っていた。だが城へと続く道を見つけられない。
テラーを置いていってしまったため、なるべく早く戻りたいと考えていた。
「駄目だわ、崖を登りましょうよ」
「それが一番手っ取り早いな」
「…そうやすやすと行かせてくれないらしい」
ファムが剣を抜き構えた方向に黒い人影がいる。全身真っ黒な人形のようなもの。殺気もなにも感じられない。それが恐ろしいほど不気味だった。
「ならここはあたしが」
フレイヤが前へ出る。火の玉を作り、フィーネたちとの間にさっと手を振り火の壁を作った。
「行って。イエリナなら皆を上まで運べるでしょ?」
「うん!」
イエリナは蔦を生やして皆の体に巻き付けて、蔦を成長させる。速くも遅くもない速度。だが確実に上へと昇る中、フィーネは声を出す。
「気をつけて!」
フレイヤは手をふって応えた。きっと大丈夫。
フレイヤが豆粒ぐらいの大きさになったころ、戦闘が始まった。フィーネはキッと見上げる。早く行かなきゃ。
崖を登り切ると木々が生い茂る森が視界に入る。森の向こうに城があった。フィーネとイエリナとノルは前へと進んだ。
五分ほど城に向かって歩き続けるも一向に距離が縮まらなかった。
「もしかしたら惑わされているのかも」
レーヴェン村の結界のように、行きたい場所にいけない結界が張られているのかもしれない。フレイヤに結界について詳しく聞いておけばよかった。
「けどこの結界ってのも竜の乙女の力なんだろ?なら根本がわかればいけるんじゃないか?」
竜の乙女の力、つまりヴァネッサの闇の乙女の力。それならばフィーネが一番感知できるはずだ。
「…探ってみる」
フィーネは光の玉を無数に生み出し、四方へ飛ばす。どれかが何かに引っかかれば、そこにこの結界に関するものがあるはずだ。目を閉じて集中する。
この結界はきっとヴァネッサが作ったもの。誰も近づけさせない結界。以前会った彼女の気配を思い出す。
「あった。こっち!」
何かによって光が消される感覚がして、そちらへと進む。木々を抜けると花畑があった。そこに黒いヴェールを被った女がいる。
まさか、ここに本人がいたの?
最初に会ったときのような恐れは感じられなかった。もしかしたら分身という可能性もある。三人は距離を取りつつ女を取り囲む。
ぴくりとも動かない女に最初に痺れを切らしたのはノルだった。
「お前、闇の竜の乙女か?なんで攻撃してこねぇんだ?」
女は何も答えない。
「こっちからしかけて…」
やるよ、という言葉は森から飛んできた魔物によって阻まれた。
魚のような形をした魔物がノルを咥えて再び林の中へとすごい勢いで戻っていく。三人共あまりの速さで反応できなかった。
フィーネが魔物に手を向けた瞬間、女の影が膨張して闇が広がった。彼女は機会を伺っていたのだ。自分から意識がそれて飲み込む機会を。
闇はあっという間にフィーネとイエリナを飲み込む。二人は抵抗することもできずに闇の中に消えていった。




