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平穏の終わり

 カンッ

 甲高い音が響く。ぎゅっと瞑っていた瞼をそろりとあげると目の前には鎧を身に纏い、剣を構えた女性が魔物と相対していた。ご馳走を邪魔されて不機嫌なのかウウゥと唸り声をあげている。

「よかった!無事みたいだな!」

 女性はさっと背後を確認してニカッと笑いかける。

 その隙に魔物はくるりと体を回転させフィーネの両親に標的を変えて手をあげる。急な攻撃に咄嗟に避けることができず、父の腕が魔物の大きな爪でひっかかられた。

「お父さん!!」

 だばっと腕から鮮血が流れ出る。傷口を圧迫しているが血の勢いは止まらない。心臓が早鐘をうち、涙が溢れそうだった。

 鎧の女性がさっと左手をあげると魔物と両親の間に土の壁が出現する。

「お前の相手は私だよ。よそ見をするなんてつれないな」

 不敵な笑みを浮かべて剣を構える。女性は地面を蹴り、魔物に急接近した。魔物が腕を振り下ろした瞬間、くるりと脇を通り抜けて魔物の首に剣を当て一気に振り落とした。

 ごとりと魔物の首が落ち、体もそれに合わせて横に倒れた。びちゃびちゃと切断面から血飛沫が上がる。ほんの一瞬の出来事に開いた口が塞がらない。

 なんて強い女性なんだろう。

「幼いのにこんなこといいたくないけど、ぼーっとしてる暇はないぞ」

 女性は剣の血を一振し、ひょいっとフィーネの首根っこを掴み両親のもとへと歩む。圧迫していても止まらない血で血溜まりが出来ていた。顔色も悪い。このままでは失血死してしまうだろう。そっと父の目の前に下ろし、女性は厳しい顔でフィーネに告げる。

「君が治すんだ」

「え!?」

 この怪我をただの十二歳の少女に治せというのか。正気の沙汰ではない。フィーネは医者でもなければ特別な力もない。頭を横に降って否定する。

「できません!治すなんてそんな奇跡みたいなこと、竜の乙女じゃあるまいし。お姉さんはどうにかできないんですか?!」

「君にしかできないんだよ!」

 そこに突然陽気な第三者の声が降ってくる。声の主は女性の首もとにいた。

「…竜!?」

「そう、土の竜さ!」

 小さなぬいぐるみぐらいの大きさの、土色の竜が女性の肩から陽気に話しかけてくる。初めて見る竜に目を白黒させていると女性がつん、と竜を小突いた。

「この竜のいう通り、私にもそれほどの傷を治す術はない。止血してももう難しいだろう。だが光の竜の乙女なら傷を癒すことができる」

 光の竜の乙女は唯一己の竜以外と第三者、人も治癒することができる能力を持っているから。

「竜の乙女って…そんなわけ…」

「君の胸に紋様があるだろう」

 はっとして服を覗き込むと、今朝痣だと思っていたものがくっきりと形を整えて綺麗な紋様が出来ていた。これが彼女の言う光の竜の乙女の証なのだろう。

 状況についていけてないフィーネの傍に膝をつき、肩に手を当て女性が囁く。

「君がやらないと、君のお父さんが死んでしまう。いいのか?」

「いいわけない!」

「なら覚悟を決めるんだ。傷口に手を翳して」

「は、はい!」

 女性がフィーネの手をそっと誘導する。女性が支えてくれているおかげで手がぶれずに済んだ。

「それから…」

「祈ればいい!念じればいい!願えばいい!イメージすればいい!傷が治ることを!彼女はそういってたよ!」

 土の竜がパタパタ二人の周囲を飛び回った。途中で女性が鷲掴みにして止めたけれど。

 フィーネは竜の言葉通りに頭の中でイメージを練る。出血が止まり父の傷が塞がり、治るところを。元通りの強くて優しい父の腕を。治れ、治れ、治れ!

 光の粒子がフィーネを取り囲み、やがて彼女の腕に沿って父の腕へと移動しほわほわと包み込む。あたたかな光が怪我の辺りから発せられ、ゆっくりと出血が止まり、皮膚が治っていった。再生している、というほうが正しいかもしれない。

 目を開けると元通りの、怪我を負う前の父の腕がそこにあった。緊張から汗がどっとでた。

治せた!

 父が無事なことに安堵してへなへなと地面に腰をおろす。涙がじわりと滲み出て手が微かに震えた。

「フィーネ!フィーネ!」

 母は涙を流しながら何度も名前を呼んで、ぎゅうぎゅうと父とフィーネを抱き締めた。

「ありがとう、フィーネ…」

 父も静かに泣いており、フィーネも張り詰めていたものが弾けて両親につられてわんわんと泣いてしまった。

 鎧を身に纏った女性は剣を収め、声を張り上げた。

「村人の皆さん、私は国の軍に所属している騎士です。村に侵入してきた魔物たちは一掃しました。ですが壊れた結晶を修復しなければなりません。どなたか心当たりのある方はいらっしゃいますか?」

 村長が手をあげたが、足腰が悪いため女騎士も同行を願い出ようか逡巡する。はっとしてフィーネも手をあげると女騎士はにこりと笑い、手を差しのべた。

「では君に同行してもらおう、フィーネ」

 他の人たちはくれぐれも戻ってくるまで灯台から出ないように、と告げる。両親は少し不安そうな顔をしていたが大丈夫だよというように、にかっと笑って村の柵の方へ向かった。

 これは今、私にしかできないことだから。緊張と少しの恐怖もあったが魔物をすぐに倒した強い女騎士も一緒なのだ。先ほどより幾分安心感がある。

「あの、あなたは土の竜の乙女なんですか?」

「ああ、そうだ。そういえば自己紹介がまだだったな」

 カチャン、と胸に拳を当てた。

「私は騎士であり、土の竜の乙女、エレツだ。こっちの竜はアース」

 よろしくな、フィーネ。

 エレツの髪の隙間から顔を覗かせるアースも彼女を真似て拳を握った。白い歯を見せてにっかりと笑う彼女は少女のように無邪気な表情だった。

 こうして私の平穏な日々は、十二歳の誕生日とともに崩れ去ったのである。

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