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「違う、違うの。私はただ…」

 フィオネの結婚式前日の夜、王子の叫び声で目を覚まし駆けつけると倒れた王子と血まみれのヴァネッサ、ネロが部屋にいた。

 声を震わせて弁解を試みるヴァネッサを無視して王子に駆け寄り脈をはかるも、彼は既に息絶えていた。頭が真っ白になる。この先のことや色々話していたことや、彼との思い出がよみがえる。心の奥深くで怒りや悲しみが湧き上がった。

「なんでこんなことしたの!?憎かったの!?」

「ちが…っ」

「私が幸せになるのが許せなかったの!?自分が今もまだ、皆から疎まれているからって!!」

 口に出してからはっとして手で覆った。今、一番言ってはいけないことを言ってしまった。

 心の何処かで幼い頃からずっと感じていたこと。

 ヴァネッサは大粒の涙を溢して口を引き結び、眉を寄せて嗚咽を漏らしていた。ごめんなさいごめんなさいとか細い声で、ひたすら謝罪している。

 ヴァネッサに向かって手を伸ばしたとき、建物が彼女の影によって粉々に吹き飛んだ。足場が崩れて体が落下する。止める術はフィオネにはなかった。小さくなっていくヴァネッサを見て手を伸ばすことしかできない。

「フィオネ!」

 落下の途中でリヒトが拾ってくれたお陰で転落死は免れた。気づくと周りには乙女が竜の背に乗って集まっていた。

 眼下で叫び声が聞こえて、下を恐る恐る見る。町が火の手に飲まれ、人々は泣き叫びながら何かから逃げていた。目を凝らしてみてみると動物のように見える。黒くて禍々しい気配を感じる生き物だった。

「あれは魔物だ!負の力を取り込んだ動物の成れの果てだよ」

 アースが忌々しそうにいった。負の力、つまりヴァネッサがやったこと。あれらは彼女の手駒ともとれる。

「たぶん力が暴走してるんだね〜」

「負の感情に飲まれたな!」

 ラクスはこんなときでも呑気そうに、ルブリムはやれやれといったふうにいった。

 フィオネも含め、竜の乙女たちは状況を理解できていなかった。ただこの悲惨な情景を漠然と眺めていた。

「ヴァネッサはずっと負の感情を貯めていたのです。国ができてから今までずっと。それは彼女の精神力で保たれていた」

 だがそれが何かの拍子に瓦解した。

 トーリの言葉でぎくりとした。フィオネの言葉が原因に違いなかった。

「なら、どうすればいいの?」

「彼女を殺すか癒やすか、どちらかです」

 フィオネの問いにリヒトが答えた。それはフィオネに決定権がある選択だった。癒やすことができるのはフィオネだけ。ごくりと生唾を飲んだ。

 昔ならヴァネッサを助ける選択を真っ先にしていただろう。だけど今は分からなくなってしまった。大切なものが増えてしまって。ヴァネッサに対する深層心理が現れてしまって。自分は彼女を救いたいのか?

 冷や汗をかきながら黙っていると、メルトが声をあげた。

「ヴァネッサは仲間でしょ!助けよう!ね、フィオネ!」

「う、うん」

 彼女の声には皆を自然と納得させる力があった。皆顔を合わせて頷く。それに少しほっとした自分がいた。

「じゃ、力で言うとあたしが一番でしょ。ヴァネッサの体力削ってくるわ」

 火の竜の乙女リアナが火の手をあげながらヴァネッサへと真っ先に突っ込んでいった。その後に土の竜の乙女ハルノアが続く。

 水の竜の乙女スレイは町のほうへ降りて火を消し、魔物の相手をしにいった。

 残ったのはメルトとフィオネ。フィオネは手を震わせてただヴァネッサたちが戦っているところを見ていた。リアナの炎は影によって阻まれ、ハルの土で作った拳は影によって切り刻まれた。ヴァネッサに攻撃が一切入らない。明らかに不利な状況だった。

「私達もいくよ」

「でも、私、ヴァネッサを癒やすこと、できる自信がない…」

 自分で傷つけてしまったのだ。なんと声をかければわからない。

「自信がなくてもやらなきゃでしょ!何かひどいことしちゃったならごめんなさいって謝って、全部はそれからだよ」

 メルトはコツンとフィオネのおでこを指で押し、ヴァネッサのもとへ向かった。彼女はなんて強いんだろう。促されるようにその後に続く。

「ヴァネッサ!」

 メルトの声に反応して影の動きが止まる。顔を覆う腕を恐る恐るおろし、空を見上げるヴァネッサ。

 ヴァネッサの動きが止まったためリアナとハルノアは距離をとり、静観する。

 二人共竜の背に乗っているのに、竜より傷跡が多かった。特にリアナのほうが傷が深い。二人ともあっという間に息が上がっていた。

「もうやめて!負の感情を取り込まなくていいんだよ!」

「わ、私には…それしかできないのに…それをやめたら私はどうすればいいの…」

 迷子のような瞳でメルトを見つめる。

 彼女は皆から忌み嫌われていた。それでも竜の乙女となってからは悪意が以前より軟化していたと感じていた。実際は陰で言われていたとしても、竜の乙女というだけで皆表立って言わなくなったのだ。

 竜の乙女として力を行使することが、彼女が皆に認められる唯一の方法だと思っていた。だからヴァネッサにとって力を使わないということは恐怖以外の何物でもなかった。

「それしかないなんていわないで。ヴァネッサはヴァネッサとして、そこにいるだけでいいんだよ。私はヴァネッサが好きだよ」

「メルト…」

 ヴァネッサの影が本来の形状に戻ったことを確認して、メルトは横へと飛び降りてぎゅっと抱きしめる。いつもフィオネがやっていたように。

 ヴァネッサはメルトの背中に縋るように抱きついて頬を濡らしていた。フィオネも近くへ降り立ち、彼女に触れて癒そうと試みる。

 そのときようやく落ち着いたヴァネッサの視界に悲惨な町の状態が映った。自分がやったこと。途端に彼女の呼吸が荒くなる。

「わた、わたし…」

 影が不安定に波をうちはじめる。魔物の声が先程より勢いを増す。ヴァネッサは顔に手をあて頻りに頭を振りメルトから距離をとった。ネロの背中にぶつかるまで後ずさる。

 手を伸ばしてもう少しで癒せる、となったときフィオネはメルトに突き飛ばされた。

 ヴァネッサの影が四方へ伸び、メルトや他の乙女たちに突き刺さる光景がスローモーションで見える。フィオネはメルトに押されたことでその攻撃から逃れた。

「やめて!!!」

 フィオネがぺたんと地面に尻もちをつくのと同時に乙女たちは倒れ込んだ。フィオネの声はヴァネッサには届かない。

「わた、私は…ただあなたを守りたかっただけなのに…あなたの幸せを、願っていただけなのに…何故…」

 ヴァネッサがしゃがみ込むと鋭利な影の攻撃がフィオネ目掛けて飛んでくる。それをリヒトが身を挺して守った。彼の白い体が赤く染まる。

 フィオネがリヒトを治そうと手を伸ばすと影が膨張し、周りを侵食しようと触手を伸ばしてきた。リヒトが咄嗟にフィオネを抱えて地を蹴ったことにより難を逃れたが、町はあっという間に闇に飲まれてしまった。

 フィーネが誕生日の日に見た夢と同じ光景だった。

「それからヴァネッサは町を闇に包み、一帯に結界を張りました。私達は攻撃から逃れたものの重症を負って、竜たちによって大木の下に埋葬されたのです」

「それからずっと彼女はあそこにいるってことですか?」

 フィオネの記憶の映像が消えてまた真っ白な空間へと戻った。

「そう、私にはもう彼女をどうすることもできない。だからあなたにお願いしたいのです。どうか彼女を救って」

 初代竜の乙女が自分に懇願している光景は少し不思議な感じがした。現実的でないような心地。夢のようなものでもあるのだが。

 フィーネを強くするといったり、いきなり過去を見せてヴァネッサを助けてといったり。頭の中がパンクしそうだ。

 だが、フィオネは既に亡くなっているから自分に頼んでいるのだろう。今生きる私にしかできないことなのだ。

「私は彼女のこと、なにも知りませんし、救うっていってもどうすればいいのかわかりません」

 ヴァネッサはフィーネを通してフィオネを見ていた。そんな彼女にとってフィーネは他人でしかない。でもー…

「でも、苦しんでいるなら抱きしめたいって思います」

「…そんなあなたなら、きっと大丈夫」

 フィオネが微笑むと彼女の体がだんだん透け始めた。意識も朦朧とする。

「もうすぐ目覚めのときです」

「…私、まだ強くしてもらってません!」

「あなたは十分強い。過去を知り、ヴァネッサのことを知ったあなたにもう戸惑いもないでしょう。あとは体がそれに見合わないだけ」

 大丈夫。起きたらあなたは前より誰かを守れるようになっています。

 消えゆく意識の中、フィオネが頭を撫でる感触がした。体が見合わないとはどういうことなのか。問う前に意識は完全に闇の中へと落ちていった。

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