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フィオネとヴァネッサ

 フィオネはもうすぐ十八歳になるということと国の平穏のため、王子と婚約していた。竜の乙女なら誰でも良かったのだが、相手からのたっての希望でフィオネになったのである。少しずつ交流するうちに彼女も王子に惹かれ始めていったのだが、それと同時にヴァネッサとの時間も減っていった。

「フィオネ、王子と会うのもいいけど、ヴァネッサとの時間もちゃんととんなよ。最近全然会ってないでしょ?」

 城の廊下で声をかけてきたのは木の竜の乙女、メルトだった。彼女はヴァネッサに友好的な者の一人だった。もちろん竜の乙女は皆ヴァネッサを仲間と思って接しているが、彼女はそれ以上に気にかけている節がある。

「うん。避けられてるのかな、そういえば全然会わないの」

 同じ城に住んでいれば一日に一度でもすれ違うはず。すれ違いすらなく一週間がそういえば過ぎていることに気づいた。

 ぼうっと天井を眺めるとメルトがフィオネの頬をぎゅっと抓る。

「気を使ってるのよ、察してあげなよ」

「…うん」

「さっきは庭で横になってたよ、会いにいってあげて」

「でもこの後は氾濫があった地域に行く予定で…」

 先日大雨が降り、多くの怪我人がでた。まだ完全に復興したとは言えないため、今日はそこに赴く予定だった。

 腰に手をあて大きなため息をついたあと、迷っているフィオネのおでこをべちんと叩くメルト。

「そこは私が行く。重症な人はもう治したんだし、私で十分だよ。フィオネはヴァネッサのとこに行って。あなたじゃなきゃ、だめなんだから」

 くるりと踵を返したメルトはあっという間に行ってしまった。フィオネは暫く叩かれた額に手を当てて立ち尽くしていた。




「ヴァネッサ、大丈夫?」

「…フィオネ?どうしたの?今日は用事があったでしょう?」

 多くの花が咲いている庭で横になっていたヴァネッサを上から覗き込む。あたたかい日差しが遮られ少し眉間に皺を寄せたあと、ゆるゆると瞼をあげた。

 顔色はいいが少しだるそうだな、と感じた。フィオネはヴァネッサの横へと座り彼女の前髪を撫でる。撫でられて気持ちよさそうな顔だ。

「メルトに変わってもらったの。彼女もあなたのこと、心配してたよ」

「私は大丈夫だよ。それより時間があるなら王子に会えばいいでしょ」

「ヴァネッサがつれない!あなたに会いたくて来たのに!」

 一緒に寝転がってぎゅうっと抱きつくとヴァネッサの頬が緩んだのがわかった。メルトに言われてきたなんて、絶対言わない。

「…王子のほうが好きなくせに」

「ヴァネッサだって、同じぐらい好きだよ」

 たぶん彼女が求めている言葉はこれじゃないな、と感じつつも応える。上目遣いで見るとそれ以上の言葉を飲み込むようにヴァネッサは唇をきつく結んだ。

 ネロが空から降りてきてヴァネッサの横に降り立つ。体を離した彼女はこちらを見ずにネロの体を擦っている。

「ネロはいつもヴァネッサの傍にいるね」

「うん」

「…ねぇ、ヴァネッサは今、楽しい?」

「…」

 返事をせず俯いたまま。暫し静寂が過る。私はどんな言葉を待っているのだろう。

 やがて貼り付けた微笑みを向けてヴァネッサはわざとらしく話題をそらした。

「それより、もうすぐ結婚でしょ?王子とはどうなの?」

「仲はいいと思うよ。いい人だし、優しいし、かっこいいし、私は好き」

「そう。よかった」

 ずっと目が合わない気がする。でもそれを指摘するのも嫌で、話を続けた。

「きっとヴァネッサにもいい人みつかるよ」

 島を巡っても彼女を受け入れてくれた場所などなかったというのに、どの口がいうのだろう。ヴァネッサはフィオネの言葉に返事をしなかった。無言がたまらなくてフィオネは尚も言葉を紡ぐ。

「結婚式、ヴァネッサもでてくれるよね?最近いつも式典とか、出ないでしょ?私はヴァネッサにもお祝い、してほしいな」

「…うん、行くよ」

 返事をして完全にフィオネに背を向けた。ヴァネッサの背中からはもう話しかけないでほしいという気持ちが感じ取れた。

 手を伸ばしかけて、躊躇して、やめた。伸ばした手は重力に従って下がる。フィオネはゆっくり立ち上がり丸くなっているヴァネッサを見下ろした。

 随分長い時間を共に過ごしてきて、壁を感じたのは初めてだった。否、もしかしたら以前からあったのかもしれない。気づいたのはメルトの指摘があったから。

「じゃあ、私行くね。風邪ひいちゃうから、暗くなる前に部屋に戻るんだよ」

「ねぇ」

 背中を向けると突然声をかけられた。もう話したくないのかと思ってたのに。

「昔、約束したこと覚えてる?」

「約束?」

 回顧するもぱっと思い浮かばなかった。ヴァネッサとは幼いころからずっと一緒にいていろんな話をした。そんなに重要な約束をした覚えがなかった。

「…ずっと一緒だよって約束」

「…ああ」

 そういえばした気がする。親なし子だと子供たちにいじめられて泣いていたヴァネッサが私に聞いたのだ。フィオネはどこにもいかない?と。私はそれにずっと一緒だよ、と答えた。彼女に泣き止んでほしくて。

「覚えてるよ」

 嘘だ。私はすっかり忘れていた。約束したつもりもなかった。あのときは彼女が欲しい言葉を言っただけ。でも今それを伝えたら何かが壊れてしまう気がして息をするように嘘をついた。

「…ありがとう」

 ヴァネッサの肩は震えていた。指摘するのも後ろめたくて、ネロに頭を下げてその場を後にした。フィオネが離れるとネロがヴァネッサに寄り添って横になったことが遠目からもわかった。

 竜の中でも特に情に厚いのはネロだな、と感じていた。口数が一番少ないのも彼だが、その分態度で示してくれる。

 それからフィオネの結婚式前日までヴァネッサと顔を合わせることはなかった。

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