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水の竜の乙女

魔物は相変わらずフィーネだけを狙っているらしい。フィーネはファムに抱っこされながら魔物から逃げていた。魔物に殴られた痛みはまだ完全に消えてはいないが、血を吐き出すほどの痛みはなくなっていた。

魔物と同じ速度で走るイエリナが横から木の枝や蔦を伸ばして魔物の体に次々と穴をあける。時折煩わしそうに腕で薙ぎ払われるものの、ぴょんと後方に逃れるためその手はイエリナに当たらない。

あまりに鬱陶しかったのだろう。魔物が足を止めてイエリナに拳を当てようとしたとき、フレイヤがその背中を軽やかに駆けていった。首の付け根ぐらいに到達したとき、大きな声で皆に注意をした。

「下がってて!」

イエリナが魔物の足や手に蔦を絡ませてから全速力で距離をとる。フィーネたちも既に十分な距離をとっていることを確認してからフレイヤは手を振り上げた。

「燃えなさい!!」

べちんと魔物の背中に手を付けるとそこから火が溢れていき、魔物の体全体を炎が包みこんだ。ごうごうと燃えて流石に苦しいのか、首を左右にふってフレイヤを振り落とそうとしている。フレイヤは腕を魔物に引っ付けて落ちないように必死にしがみつく。ぶらぶらと宙に揺れるフレイヤの足を見ると不安になる。ファムをちらりと見上げるも、彼は涼し気な顔つきだった。

やがて魔物の体全体から蒸気が溢れているのが視認できるほどになったころ、フレイヤは後方へ飛び降りて声を張り上げる。

「ノル!お願い!」

「ああ!」

ノルがフレイヤの声に応えて魔物の正面に躍り出て、手を前方に翳して不敵な笑みを浮かべる。すると突然魔物の足元から水柱が立ち、魔物に触れた瞬間に猛烈な風を発生させながら爆発した。

水蒸気爆発だ。

ある程度離れていたフィーネであったがあまりの爆風に目も開けられない。ファムも風に抵抗するために身を屈めてフィーネを風から守るように覆いかぶさっている。

この場所でこんなにすごい威力で、他の皆は大丈夫なの!?

目を開けられるようになると倒れている魔物と皆が見えた。竜たちは爆風があったときは離れていたのか、今は元気に上空を飛んでいる。遠目からははっきりと見えないが、怪我をしている可能性が高い。

「早く皆のところへ、お願いします!」

「わかってる」

たたっと一番近くにいたイエリナの傍へとやってきた。腕に軽い火傷を負っているが命に別状はなさそうだった。爆風に飲まれて地面に思い切り叩きつけられたからか意識は喪っているようだった。火傷の部分に触れて癒やし、次へ向かう。

フレイヤは流石火の竜の乙女というところか。火傷は一つも見当たらなかった。ただ打撲が見られたため手を添えてそっと癒やす。治しているとうぅっとうめき声が聞こえてファムがほっと息をついた。

次にノルの元へ向かうとフィーネとファムは眉間に皺を寄せる。彼女の体は全身火傷を負っており、か細い息が漏れるのみ。死の淵に立っているといっても過言ではなかった。ノルが一番魔物の近くにいて爆発への影響が大きいことも理解しているつもりだった。それでもこんなに酷い状態の怪我人と対峙したことがなかったフィーネは思わずごくりと唾を飲む。

竜の乙女も所詮人間。そんなことを改めて突きつけられた気がした。

フィーネは全身をノルにくっつけて治癒する。火傷が癒えて綺麗な、元通りのノルの肌を想像する。やがて触れているところから光に包まれて徐々に火傷を負った肌が再生し、瑞々しいものへと治っていく。

か細かった息がしっかりと落ち着いたものへと変化したことを耳で感じ、体をゆっくりと離す。服は焼けてボロボロになっていたが皮膚は元通りに再生されていて胸を撫で下ろす。

ファムがノルとフレイヤを担いで家の跡地へ向かった。フィーネは一番軽傷だったイエリナが目を覚ますのを待つことにした。暫くしてイエリナも目を覚ましたが頭がぼーっとして上の空だったので、彼女の手を引いてファムの後を追うことにした。ルブリムはファムについていったが、ラクスはフィーネの傍で一緒に待っていたためラクスもぱたぱたと飛びながら共に向かう。

「私が他の人より自己治癒力が強いって言ってたけど、なら他の光の竜の乙女はなんで死んじゃったの?」

「自己治癒力が強くてもね〜人間だもん。首を切られたり頭や心臓を貫かれたら死んじゃうでしょ〜、それは光の竜の乙女でも変わらないよ〜」

空は蒼いでしょ、と言うみたいにのほほんと喋るラクスにぞっとする。私と同じぐらいか、それよりも幼い子が首を切られたり頭を貫かれたりしたのかもしれないと想像したら吐き気が込み上げてきた。もしかしたらもっと悪くて、痛みに苦しんだ時間が長かったかもしれない。あんまりだ。

首をふって嫌な想像を振り払った。これ以上想像しても意味はない。今はただ、死ななかったことに感謝しよう。

「イエリナも、痛かったよね。ごめんね」

「なんで謝る?イエリナ、自分で決めた。フィーネ、悪くない」

手をぎゅっと握ってフィーネを鼓舞したあと、でもちょっと痛かったと弱音を溢した。その心遣いで少し胸があたたかくなった。

家に着くと瓦礫を退かした跡地で皆、地面に腰を落ち着けていた。赤ん坊はクランの腕の中ですやすやと眠っている。その姿を見ると張り詰めていた糸が緩むような気がした。

「フィーネ、ありがとう。兄さんに聞いたわ。治してくれたって」

「ううん。私の方こそ、うまく立ち回れなくてごめんね。皆無事でよかった」

「俺も一瞬死んだかと思ったよ。ありがとな」

ノルが歯茎を見せていつも通りに笑った。それがとても嬉しかった。

テラーの打ち身等を治したあと、辺りがすっかり暗くなっていたため火を囲んで今後について話し合うことにした。

「これで竜の乙女は全員集まったわけだよね」

「うん。だから島の中央にやっと行ける」

ルブリムが砂漠の先、島の中央に向かって指を指した。魔物を生み出す原因、闇の竜がそこにはいる。

「待てよ、クランをここに置いて行くわけにはいかない。せめて安全な場所に連れてってからじゃないと、俺は同行しないぞ」

「ならあたしたちの村に連れていきましょう。ルブリム、クランを連れてってくれるわよね?」

確かにフレイヤのいたレーヴェン村なら結界もあり、そこら辺の村や町よりよっぽど安全だ。ルブリムが一人は嫌だと駄々を捏ねていたため、ラクスも一緒に行くことで折り合いをつけた。

明朝、クランと赤子とルブリムとラクスはレーヴェン村へ向かうことになった。竜が二体いるのだ。魔物が現れても問題ないだろう。同時にフィーネたちは島の中央へと向かう。

「気をつけていけよ」

「ノルこそ。無事に戻ってきてね。この子と待ってるから」

赤子を揺すりながら眉を下げていうクランを、ノルは優しく抱きしめた。テラーはその様子を横になりながら見ていた。フィーネはテラーの隣で、横目で確認していた。

「…フィーネさんはああすればよかったとか、もっとうまくできたはずって、後悔したことありますか?」

フィーネが首肯したのを見届けると、テラーは目元を腕で隠して声を震わせながら呟いた。

「私がもっとうまくできていれば、他の子も生きてたはずなのに」

「うん」

「お姉ちゃんならきっと守れてたはずなのに」

「テラーはテラーだよ。今のテラーにできる精一杯だったと思う。次に活かせばいいんだよ。それにほら、見て」

フィーネがノルたちを指差す。

あそこにテラーが助けた命が元気にいるでしょ。

赤子は今日何があったかも知らないように、穏やかに眠っている。その顔が無性に胸に染み入った。

「できなかったことを悔やむのも必要だけど、できたことやこれからできるようになりたいことに目を向けるのも大切だよ」

「…はい」

フィーネとテラーは同じ布をかけて抱きしめながら眠った。エレツにしてもらったみたいに、テラーが安心できるように、包みこんだ。




「僕もリアナと同じ意見かな~」

 また夢をみている。黒髪の女性、恐らく闇の竜の乙女の過去を。

「目には目を、歯には歯をっていうでしょ~。半殺しにしちゃえばいいんだよ」

「スレイはいつも過激なんだから」

 スレイと呼ばれた水色のウェーブがかかった髪の女性は、髪をくるくるいじりながらこともなげにいう。その傍で白い髪の女性が苦笑していた。いつも夢の中で傍にいるこの女性が光の竜の乙女である可能性が高い。

 リアナと同意見、といっていることからまた黒髪の女性が他者から何か言われたか、されたのだろう。

「一度なめられたらなめられっぱなしだよ~。逆らえないようにしちゃえばいいんだよ~」

「そんなことしたら、皆から怖がられて遠ざけられちゃうよ」

 やっと黒髪の女性が声を出した。彼女の声は震えて、だんだん小さくなっていく。それが彼女にとってとても恐ろしいことのようだ。

「僕は全然かまわないよ~。全員から好かれるなんておかしな話だし、気持ち悪くない?」

 君たちから好かれていれば、僕はそれで十分なんだよ~。少数精鋭~?

 スレイは不敵な笑みを浮かべた。

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