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光の粒がふわふわと周囲で踊っていた。まるで自分を歓迎してくれているみたいに。温かくて嬉しくて懐かしくて、真っ白な場所。光はフィーネを祝福するように明滅する。やがて視線の先に一際大きな光が現れた。徐々に近づく光に不思議と恐怖を感じなかった。

これを私は知っている…。

手を伸ばし触れてみる。記憶にない、だが知っている感触だった。一体どこで…。

逡巡していると視界が一気に白くなり何も見えなくなる。

―もうすぐ。


「誰?」

瞼をあげると葉と木と空が見えた。

ああ、そういえば昼食をとって読書をしていたら眠くなったから木の上で微睡んでいたんだった。いつの間にか寝入ってしまったらしい。

しかし今朝といい今といい、よくわからない夢をみるものだ。まだ耳に先ほどの声が残っていた。

柔らかくて温かい、少年のような声。

なにがもうすぐだというのだろうか。もうすぐ会えるとでもいうのか。

フィーネは雲の流れをぼんやり眺めていた。胸の辺りが少しだけチリチリした。やがて頭を振り、泉のように涌き出る疑問を振り払う。

今日は私の誕生日だ。もやもやしてたらもったいない。

両親を心配させる前に家に帰ろうと視線を家の方角へと向けると、

「何あれ…」

黒煙があがっていた。

あちこちから悲鳴と火の手があがり、血の匂いが漂う。獣の雄叫びが聞こえた。

地獄が広がっている。

フィーネは視界に入ってくる光景をうまく処理できずにただ呆然と立ち尽くしていた。今日は私の誕生日のはずなのに…。

逃げてきたであろう村人が、フィーネに気付き肩を揺さぶった。

「フィーネちゃん、魔物が来たんだ!こんなとこにいちゃいけないよ!一緒に逃げよう!」

「…あの、お母さんとお父さんは…」

震える声で恐る恐る確認する。母と父はフィーネの誕生日祝いのために家で夕食の用意をしているはずだ。もし逃げ遅れていたら、と思うとぞっとする。

「…私は見てないよ」

でもこの騒ぎだからきっと逃げているはず、と諭す村人の手を払いのけて駆け出した。

恐らく午前中に確認した効力が落ちた結晶から侵入されたのだろう。その方角から逃げていく人々と大勢すれ違う。どこにいくんだ、危ないぞ、という声を振り切って走り続けた。

息が切れる。苦しい。血の味がする。足がだんだん重くなる。それでも必死に走った。

家にはまだ魔物は来ていなかった。朝でてきたときと同じ状態で安堵する。バンっとドアを勢いよく開けると両親はカバンを持って出ていこうとしているところだった。

「お母さん、お父さんなにしてるの!早く逃げないと!」

「ああ、今行こうとしてたところだ」

机の上には料理が飾られていた。目が熱くなる。

今日は家族で豪華な食事をしてフィーネの誕生日を祝い、楽しい一日で終わるはずだったのに。

父がフィーネの手を取り引っ張る。逃げるのだ。

だが冷静になった部分の頭で考える。ここ最南端に位置するディエス村の人々はどこへ逃げればいいというのだろう。戦える者も近くに逃げ込める村も町もない。あるとすれば崖の近くにある灯台と崖の中腹に洞穴があるのみ。そことて安全ではないし村人全員が入ることができるかわからない。

家から出ると鉄臭さが強く感じられた。魔物が近づいてきている感覚が肌をピリピリとさせる。

日常が非日常に変わる感覚。死が目前へと迫る恐怖。口の中はカラカラだった。

走っている途中で転けかけて父がフィーネを抱き上げて走る。父の温もりでひどく安心できた。父に抱かれながら離れていく村を見る。人の悲鳴が響いてはやがて止み、響いては止みを繰り返す。血生臭さは目も当てられないほど酷くなり、家屋が破壊される音が左右から次々と起こった。

ようやっと灯台まで着いたときには両親は膝に手をつき、肩で息をしていた。汗で次々と地面に染みを作る。なんとか魔物に遭遇することなく避難することができた。灯台にはすでに避難していた元気そうな村人がいてほっとした。

「早く中に入るんだよ!中には結晶があるから少しは安全なはずだから!」

これで一息できると両親とフィーネがよろよろと灯台へ近づくと、灯台の上の方で外を観察していた村人が悲鳴をあげた。

「魔物が、魔物がこっちに突進してきてる!!」

はっと振りかえるとゆうに二メートル以上あるだろう大きな犬に類似した魔物が全速力で駆けてくるではないか。両親は右手に、フィーネは左手にさっと避けると魔物はそのまま灯台に激突した。結晶のおかげで攻撃が通らないのだろう。ぐるぐると唸り声をあげている。

 だが衝撃は防げないらしい。灯台から身を乗り出していた村人がぐらついた拍子に転落してしまった。魔物は歓喜しながら口を開けて落ちてきた獲物を受け止める。叫び声と骨が砕ける音と肉を咀嚼する音が耳に響く。フィーネと両親はただ呆然と眺めていることしかできない。逃げなくてはと思うのに体がいうことをきかなかった。がくがく震えて凄惨な光景から目を逸らすことさえできない。

骨の一欠片も残さず飲み込んだ魔物はゆるりと顔をフィーネの方に向け、次の標的を定めた。

 魔物がそろりそろりと距離を詰めてくる。フィーネの後ろは崖になっており逃げ道がなかった。母が必死にフィーネの名前を呼んでいる。

 なんて誕生日なんだろ…。

 魔物はフィーネ目掛けて勢いよく飛びかかった。


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