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一人だと危ないということでイエリナが一緒についてきてくれた。イエリナはまだ食べたりないようで腕いっぱいにパンやらを抱えてしぶしぶといった様子だった。ラクスが空中から確認し、フィーネたちがその後を追う。あまり近づきすぎるとばれる可能性があるためだ。
やがて一軒の家までやってくると中から賑やかな子供たちの声が聞こえてきた。
「姉ちゃん、大丈夫だった?」
「ご飯は?」
「買って帰ってきてるよ。落ち着けって」
ノルの周りに五、六歳の子供たちが群がっていた。皆身なりはよくなく、体は細かった。それでも彼女たちは笑顔だった。
「ノル、私は大丈夫だっていったのに」
「クランが大丈夫でも俺が大丈夫じゃないんだよ」
ノルより背が低く幼かったが、それ以外の子供よりは頭一つ半ほど高い少女が、ノルに近寄り顔を布巾で拭いてあげた。眉を下げて優しげなノルの表情から彼女がクランという少女を信頼している様子が見てとれる。ノルと子供たちは家へ入ってしまい中の様子はわからなくなってしまった。
「あの子たちが理由なの?」
「それだけではないと思うけど、理由の一つではあるだろうねぇ」
ラクスは眠そうな目を擦りながら答えた。家族が理由なら無理強いはできない。何か他に打開策を考えなければ。
「フィーネ、どうする?中入る?」
「いきなり入っていったら驚いちゃうよ!まずは皆に報告しにいこう」
フィーネとイエリナは食事処へ急いで戻ると、フレイヤたちは席を移動してカウンターでマスターと思われる人と話しているところだった。テラーはカウンターで顔を突っ伏して寝ていた。こちらに気づいたファムが空いている席をひいて座るよう促す。そこに素直に座るとフレイヤがにやりと不敵な笑みを浮かべた。
「色々マスターに教えてもらってたの。あとで話すわね。そっちはどうだった?」
「家、みつけた!」
イエリナが手をあげて発言する。
フレイヤは一回頷いてお金をカウンターに置き、席を立った。マスターはにんまりと口角をあげてまいどあり、とフィーネたちを見送る。あれはきっとチップなのだろうな、と思った。
一行は暫く泊まる宿を探したが、砂漠の中心に観光や仕事でくる者もほとんどいないため宿はどこにもなかった。色々な店の店主に声をかけるもどこもよそ者をあげたくない者ばかりだった。
仕方なく空き地に移動して、まず情報交換をすることにした。
「私たちはノルさんの家をみつけたよ。家には家族がいっぱいいて、私たちが見たのは年少の子供たちばかり。大人はいるのかわからなかったけど、ほとんどの子が痩せ細ってた」
「なら概ねあたしたちが聞いた話と同じかもね」
曰く、ノルはこの町の孤児たちの面倒をみているという。両親のことは知らないが彼女もおそらく孤児だろうとのこと。ノルが町の水と町を魔物から守っており、ほとんどの町の者たちもそういった理由から孤児たちには優しいが、食事処にいたあの男のように一部の、彼女をよく思わない連中もいるとのことだった。
「ここは自衛団も騎士もいないんだね」
「砂漠の中心だから、来たがる者もいないし派遣も難しいのだろう」
ノルがこの町の秩序を保っているのかもしれない。砂漠化した大地の中心にあるこの町で水を守るということは、命を守ることと同義といえる。そしてこの町では国が民を守る、ということがない。
イエリナのときのように説得するにはどうすればいいのだろうか。
「…やっぱり、イエリナのときみたいに外堀から埋めるのが一番かな?」
「そうね」
「…イエリナも、埋められた?」
自身を指差して首を傾げる姿が面白くて思わず吹き出してしまった。テラーが外堀を埋めるという意味を丁寧に説明しており、イエリナがそれにふんふんと頷いている。あべこべだがイエリナらしくて、可愛らしい。
「でも警戒心が強いわよね、きっと」
「あの、なら私が話してきてもいいですか?」
フレイヤが顎に手を当て悩んでいるとテラーが挙手をした。
「私ならあの子供たちと年齢も近いし、警戒も薄いと思います!」
テラーの目はやる気に満ち溢れていた。旅をしていて初めて役に立てる、自分にしかできないことをみつけて高揚していることが見てとれる。テラーはもしかしたらずっと足を引っ張っている、お荷物のように感じて身の縮む思いだったのかもしれない。
「…気をつけて。何かあったらすぐに呼ぶんだ」
「はい!」
ファムに背中を押されて頬を紅潮させたテラーが勢いよく首を振り、ノルたちの家へと走っていった。ちょうどクランが家へ戻っていくところに鉢合わせして少し話し込んだあと、二人ともこちらを振り返り近づいてきた。
クランがラクスに気づくと目を大きく見開いたあと、眉を落とした。
「ラクス様、ご無沙汰してます」
クランが深々とお辞儀をするとラクスはにこにこと手を振った。
「うん、久しぶり~」
「他の方たちは竜の乙女ですよね。ノルが失礼をしてませんでしたか?」
「ううん。むしろ助けてもらったんだよ」
低姿勢のクランにこちらが萎縮してしまう。下げている頭をあげてもらうも眉は下がったままだった。
「皆さんはノルを連れていくためにいらっしゃったんですよね」
「そうよ。断られたけどね」
「…理由は、私たちにあるんです」
クランは手を自身の家の方へ向けて指し示した。
「どうぞ、中に入ってください。ノルは今、外に出ていますから。中でゆっくりお話をしましょう」




