土の竜の乙女
首都アモール市に向かう道中、シネラ市での魔物襲撃の報告を受けて応援に向かっていた国の騎士たちと出会った。そこでシネラ市での出来事を説明すると半分の騎士は引き続きシネラ市の応援に向かい、もう半分はフィーネたちを護衛することとなった。騎士の中にはエレツの部下もいたようで彼女の様子に胸を痛めているように感じた。
エレツの妹が首都にいるため、どうにか連絡がとれないか尋ねてみると部下だった騎士が通信機器で連絡をとってくれて、王城にエレツの家族が来るように手配してくれた。そのため首都に着いたら真っ先に城へと向かう手筈だ。
ガタンゴトン。荷馬車に揺られながらただぼうっと空を眺めていた。幸いにも魔物の襲撃はなかった。だが心はぽっかりと穴が空いてしまったように空虚だった。皆何も喋らなかった。普段元気なイエリナとアースも口が縫い合わされたみたいに一言も発しない。
エレツの妹に会ったらなんといえばいいのか。彼女は自分を助けてこうなったのに。そんなことばかり考えてしまう。
鬱々とした気分の中、手持ち無沙汰でネックレスの鱗を頻りに触っていた。首都に近づくにつれ、鱗の輝きが増していることにフィーネは気づかなかった。
首都アモール市を取り囲む外壁はシネラ市のものより遥かに高く、見上げると首が痛くなるほどだった。壁に設置してある結晶はどれも光を反射して輝いている。門の前までやってくると門番と騎士がやり取りした後、門がゆっくりと開いた。
市内は人で賑わっており活気に満ちていた。シネラ市の被害など知らないように。騎士に護衛されているフィーネと竜たちを目にとめた市民は次々と歓喜の声をあげて手をふりはじめる。
竜の乙女万歳!竜神様万歳!中には花を投げる者までいる始末だ。どこで自分たちの存在が漏れたのかは定かではないが、あまりの歓待ぶりに言葉がでない。歓迎されていても気分は上がらないままで、フレイヤは俯いたままだし、ファムは目を瞑って無言で、イエリナは足を抱えてぴくりとも動かない。そんな中、フィーネはぼうっと外を眺めていた。
整えられた道では荷馬車の揺れも少ないため気づいたらあっという間に城へと着いていた。騎士に促されて荷馬車から降りると、多くの騎士が荷馬車から城への入り口までに控えていた。エレツは後輩の騎士が抱えて医務室に連れていってくれるらしい。フィーネたちは先に女王への謁見に向かった。
前方と後方に騎士がおり、護衛をされながら城を歩く。足元は赤い絨毯が敷かれており踏み心地も柔らかで歩きやすい。初めて見る城への好奇心は湧かず、緊張から喉がカラカラになった。イエリナも厳格な雰囲気を感じたのか少し小さくなって大人しくついてきている。フレイヤとファムは厳しい顔つきだった。
大きな扉の前までやってきた。重々しい雰囲気でゆっくり扉が開かれると目の前、階段を上がった上に玉座に座る女性がいる。この島国は女王制をとっている。女王の隣には若く綺麗に着飾った男が立っていた。王子かもしれない。
「よく来てくれました。竜の乙女たち」
「女王、そろそろ他の皆に教えてもいいですよね」
フレイヤが断りもなく前に進み出て言う。フィーネはその姿に慌てるも、そういえば竜の乙女は女王と同じかそれ以上に崇められている存在だったなと思い出す。フレイヤは以前女王と会っていて顔見知りなのかもしれない、と感じた。
「ええ。それは光の竜の間で、人払いをした後にしましょう。伝えなくてはいけないこと、報告を受けなければいけないこと、たくさんあるでしょう。ですがその前に食事をとって、体を休めてください」
女王が手を振ると周囲に控えていた騎士がフィーネたちを先導して城の来客用の部屋へと案内してくれた。
一人一部屋を用意されて各々自分の部屋に入った。広々とした空間に大きなベッド。鏡や椅子、机までも部屋の雰囲気に合わせて用意されており豪華な雰囲気がある。ベッドに後ろから倒れ込み、ぼーっと天井を眺めた。いつも皆が一部屋におさまってわいわいやっていたのが懐かしい。
エレツ…
ふと、エレツのことが脳裏によぎり部屋を出るとフレイヤも同じ気持ちだったのか、隣の部屋から出てきたところだった。イエリナも部屋に呼びに行き、騎士にいって医務室へ連れていってもらう。
休むようにいわれても心は一向に休まらない。きっとエレツの妹が、彼女と面会を果たしているに違いない。彼女の妹に会って説明しなければならない。恨みを、受け止めなければならない。
「…あなただけのせいじゃないわ」
フレイヤが握りしめていた手をそっと開いてくれた。無意識に拳に力を入れていたらしい。手のひらが赤くなっていた。頼りなさげにフレイヤの指に触れると優しく握り返してくれて、少しずつ心が落ち着いていく気がした。
医務室に近づくと少女の嗚咽が聞こえてくる。心臓がばくばくと鼓動する。
中に入るとベッドに横になるエレツに覆い被さるようにして肩を揺らす少女と、その傍に控えるアースがいた。医者はベッドの脇の椅子に座り少女の背中を擦っていた。
キュッとなったフィーネの靴の音につられて少女が振り返る。エレツに似た顔つきだが、彼女より柔らかい目つきの可愛らしい少女が顔をくしゃくしゃにしていた。
「…ごめんなさい、私のせいで」
それからエレツが自分を守ってくれたこと、闇に侵食されたことを説明した。生命活動はしているが意識が戻らないことは医者からも説明されたらしい。少女はときどき相槌を打ちながら静かに聞いていた。
「…あなたのせいじゃない、です。お姉ちゃんは正義感が強くて、優しくて、かっこいい、そんな人だから」
自分に言い聞かせるように少女はいった。きっと責めたい気持ちと姉の普段の言動に板挟みになっているのだろう。眉間には深く皺がよっており、悲痛な面持ちだった。
「大丈夫。闇をなんとかすれば、エレツは戻るよ」
普段のアースの喋り方からは考えられないぐらい、落ち着いた優しい声だった。
「なら、早く女王のお話聞きにいこうよ」
「イエリナ、早くエレツとお話したい!」
「そうね」
話を聞いて早めに出発をして元凶を絶つ。それしかない。フィーネの提案に皆賛同する。医務室から出ようとするとアースが待ったをかけた。
「彼女も一緒に」
アースが少女を指さした。少女も含めて一同疑問を呈する。女王からの話しは竜の乙女に関係する話だ。ただの少女は関係ないはずだ。アースがその疑問に答えた。
「彼女が新しい土の竜の乙女だからだよ」




