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ぱちっ

目を覚ますと太陽が真上にあった。随分長く眠っていたらしい。体を起こすと昼食の準備をしている様子が視界に入った。フィーネが起きたことに気づいた面々が近づいて体調を確認する。

「フィーネ、元気?」

「体調はどうだ?」

「お腹空いてるでしょう。もうすぐできるわ」

「よく寝たからか元気だよ、ありがとう。お腹はペコペコ」

抱きつくイエリナの背を撫でて、ぐぅとなるお腹を擦ってぺろっと舌を出した。ちょっとだけ恥ずかしい。

エレツに先に顔を洗ってくるといい、と言われたため湖へと歩く。イエリナがフィーネの後ろを金魚のフンのようにくっつく。たぶん、心配かけたんだろうなと思った。

顔を洗ってる間も見逃してはいけないとでもいうようにじっと見つめられていた。かなり気恥ずかしい。タオルで顔を拭いてちらりと刺さる視線のほうを見るとイエリナと目が合った。視線が絡み合い、暫くしてにっこりと口角をあげるイエリナを見たら、フィーネにも笑顔が移る。

「お母さんはもう平気?」

「うん!フィーネより早く起きた!」

いつもより動きは悪いけれど、元気そうだとイエリナは元気に答えた。

今まで浄化したあとの動物たちは死体となって戻ってきた。それが今回生きているとなると、何かしらの障害は残る可能性が予想できる。狼が苦しいのを圧し殺しているかは不明だが、むざむざイエリナの笑顔を陰らせる必要はない。フィーネはよかったね、と言った。

皆のところまで戻り、食事をする。今日は肉が多い。

「今日、お肉多いね。狩りでもしたの?」

「狩りではないが、いっぱいあっただろう」

まさか…と顔を青ざめる。

「そのまさか。魔物の肉よ」

びっくりして口の中のものをすべて飲み込んでしまいゴホゴホと咳き込む。まじまじと皿の中の肉を見るが、魔物の肉と言われない限りわからないぐらい、フィーネが普段食べているものと変わらない。

「魔物も元は動物だ。食べられないことはないだろう?貴重な食料なわけだし」

エレツがもぐもぐと咀嚼しながら答える。確かにいっていることはもっともだが心境は複雑だ。

「この肉はフィーネが浄化した魔物のものですから、食べても大丈夫ですよ」

竜の乙女の皆さんなら、魔物の肉も少しお腹を壊すだけで大丈夫ですが。と言ったトーリの言葉は聞かなかったことにした。

皆平然と食べているので、フィーネもそれからあまり騒がずに食事を再開した。

食事を終えたあと、今後について話し合う。普段魔物が現れないジュビア森林にまで魔物がきてしまったのだ。事態は悪化していると容易に想像できる。

「もうここを出発したほうがいいと思うわ」

「私もフレイヤに同意見だ。フィーネとファムはどうだ?」

「私も同じ意見だよ」

「右に同じ」

全員の意見が一致した。明朝、出発することになった。

残りは水の竜の乙女のみ。三匹の竜に尋ねると水の竜は島の中央を跨いでジュビア森林の反対側らへんにいるとのことだった。島の中央は突っ切れないため、一度首都アモール市にて光の竜に会い、その後水の竜の乙女に会いに行くことになった。

「トーリはイエリナと一緒にいるの?」

「ええ、私の乙女ですから」

イエリナを見ると俯いて口を引き結んでいる。何度も誘って、その度に断られてきた。今イエリナの母の狼は体が弱っており心配だろう。彼女は母の傍にいたほうがいい、とフィーネは思った。

「イエリナとはここでお別れだね。お母さんもお大事にね。また元気な姿で会おう!」

フィーネは明日の出発の準備をするために踵を返して、皆のもとへ小走りで向かった。背を向けたフィーネにはイエリナがどのような表情をしていたか知るよしもなかった。

ここ暫くの間ほとんど一緒にイエリナと過ごしていたが、出発前夜の夕食時に彼女は現れなかった。イエリナは今まで食べたことがなかった普通の食事を、とても楽しみにして毎回美味しそうに食べていたため夕食には来ると皆思っていた。

出発のときには会えるといいな、と思いながら食事を口に運んで寝床へと入った。その晩は狼の遠吠えは聞こえなかった。その代わり、色んな方角からミシミシと何かがきしむような音が聞こえた。幸いその音はフィーネたちに近づく様子もなく、敵意も感じられなかったため誰も気にせず寝ていた。フィーネたちが寝入ったあとも、明け方まで音は響いていた。




「あれ?」

寝床から出ると昨日はなかった木が生い茂っている気がした。魔物たちによって傷ついた木や倒されたり折られた木が元通り、否、新しく生えている。しかも他の木と同じぐらいの背で。

ぱっと周りを見回しても魔物によって荒らされた形跡が無くなって、自然豊かな元の姿へと戻っていた。こんなことができるのは木の竜の乙女しかいない。

「フィーネ!」

イエリナが木の上から飛び降りてフィーネに抱きついた。あまりの衝撃に足を踏ん張ることができず倒れてしまったが、イエリナが頭を手で覆ってくれたため打ち付けることはなかった。

「イエリナ、これあなたが全部やったの?」

「そう!フィーネについてくため!」

目が点になる。彼女は一体なんといった?

「イエリナ、フィーネと一緒。嬉しい?」

「ちょっと待って。イエリナはお母さんと一緒にいるんでしょ?」

狼は本調子ではないし、毎日一緒にきてと誘っていたが断られ続けてきたため、イエリナはジュビア森林から出ないと思っていた。だが、フィーネはそういえばイエリナに一緒にいくかどうか昨日は聞いていなかったことを思い出した。

フィーネはイエリナの腕の中からやっとのことで顔だけ出して辺りを見回す。二人の様子をトーリと狼が生暖かい目で見ていた。

「イエリナの母の体調が万全に戻るまでは、私が傍にいることにしましたので」

「で、でもお母さんはイエリナが私たちに同行すること、認めてなかったよね?」

慌てるフィーネをよそに、狼が喉を鳴らす。トーリが通訳してくれた。

「私を助けてくれた人を認めないのはおかしな話だ。それにイエリナがついていくことを望んでいる。娘の意思を尊重する、と」

「イエリナ、フィーネに感謝してる。フィーネ困ってるの助ける!」

昨日、フィーネが狼を助けたことをいっているのだろう。それだけイエリナにとって狼の存在は大きく、それを救ったフィーネの存在もイエリナの中で比例するように大きくなったのだろう。恩返しがしたい、ということかもしれない。

「イエリナ、ありがとう。一緒に頑張ろうね」

イエリナはにっこり笑って再度抱きついた。コアラみたい。フィーネは首だけ動かして、狼に言う。

「イエリナのお母さん、イエリナに森林の外の世界を、人の世界をいっぱい見てもらいます。いいところも、きっと悪いところも見るかもしれない。でもそれがあなたの望みなんですよね?」

狼はうんともすんとも言わずただフィーネを見つめ続けた。

「私もまだまだだけど、皆で皆を守ります。だから信じてください。無事にここに戻ってくることを」

狼はこくりと頷いた。イエリナは母に抱きついていってきますと伝えたあと、他の皆のところにてててと走っていった。フィーネは膝をついて狼の傍で言葉をこぼす。

「でも私、イエリナはきっとここにずっといたいっていうと思います」

外の世界を知ったとしても。

狼は鼻を鳴らして走っていったイエリナの後を追った。

イエリナにとって今までこの森林が全てだった。それが広がったとしても、やはりこの森林は彼女の故郷で家族がいる場所なのだから、イエリナはここを自分の場所とするんだろうな、とフィーネは漠然と思った。イエリナがどんな選択をするかわかるのは、まだまだ先のことだが。

遠くでぴょんぴょん跳ねながら皆に話をしているイエリナを微笑ましげに見ていた。




「トーリ、待たね!」

「じゃあね!」

二匹の竜がパタパタとトーリの周りを飛ぶ。あなたたちもそろそろ元の姿に戻ったらどうですか、と言われた瞬間に何も聞こえなかったかのように離れていった。どれだけ大きな姿になりたくないのだろう。フィーネは二匹のあからさまな態度に苦笑する。

イエリナはトーリに母を頼むと伝えて抱き付いて、その後狼にも抱きついた。今生の別れのように、強く。

母から長く離れることは初めてで、フィーネもその気持ちはとてもわかるのでそっと見守っていた。狼にペロペロと顔をなめられてやっと離れたイエリナは、いってきますと元気に伝えた。他の者も狼に挨拶をした。

くるときに登って降りた、フィーネは落ちただが、山をまた登らなくてはいけない。あまりの険しさにげんなりする。そこにトーリが自分が山越えを手伝うと買って出てくれた。渡りに船だ。

トーリがきつい眼差しでアースとルブリムを睨むとしぶしぶといった様子で体を徐々に大きくさせた。トーリと同じぐらいの大きさになると、顔立ちもやや凛々しく見える、口を開かなければ。

グチグチ文句を垂れながらもそれぞれトーリはイエリナとフィーネ、ルブリムはフレイヤとファム、アースはエレツを背に乗せて上昇した。

木々を抜けると前方に山、後方に海が見える。行きは魔物に拐われ落下してまじまじと見ることができなかった、広々とした景色に感嘆する。澄んだ空気と淡い朝日、木の清涼な匂い、どれも新鮮だ。

ぐんぐんと高度をあげると山のてっぺんを越えてその先、島の中央の暗闇に覆われた部分が視界に入る。空もその部分だけ黒い雲に覆われ、土地も仔細がわからない。あそこにフィーネたちはあと一人、水の竜の乙女を見つけた後に向かわなければならない。動物を魔物に変える闇と同じ暗闇は、見ているだけで体の芯から震えが起きる。私たちはあれと対峙しなくちゃいけない。フィーネは心を引き締めた。

山を越え、ゆっくりと降下した。竜の背から降りて地面に着地すると、アースとルブリムはすぐに体を小さく変化させる。大きくなるのはよっぽど嫌らしい。

「私は森林へ戻ります。皆さん、お気をつけて」

トーリと別れ、一行は首都を目指し歩きだした。

エレツが口笛を吹くと馬が二頭やってくる。しっかり待っていて偉いな、と思った。人数が合わないので交互に馬にのることになった。

「そういえば狼って群れで生きる動物よね?どうして一匹だったのかしら?」

フレイヤが疑問を投げ掛けた。確かにあまり深く考えていなかったが不思議だなと思っていた。

「もともと群れを追い出された狼だったのか。イエリナと一緒にいることを選んで群れから追い出されたのか。狼の生き残りだったのか。私たちにはわからないな」

「…それは些細なことだろう」

イエリナは突然自分の名前が出てきてきょとんとしている。内容まではまだわからなかったらしい。

ファムのいう通り、それは些細なことだと思った。フィーネたちは第三者でしかなく、どんな理由で狼が一匹でいようと関係はない。大事なことは彼女がイエリナの大切な母である、というだけ。

後方、山を越えた森林から狼の遠吠えが聞こえた。イエリナはそれに答えるように遠吠えをする。

一人増え、五人と二匹は首都アモール市に向けて歩きだした。

「ねぇ、イエリナの服、早めに買ったほうがいいんじゃない?」

フィーネはイエリナの頭から爪先まで見て提言する。イエリナはぼろ切れ一枚を身にまとい、素足だった。この状態でずっと旅をするのは困難だろう。人の目もあることだし。

「次の町で何か服を買おう。それまで辛抱してくれ」

「?わかった」

イエリナはあまり困っている様子ではなかったが、エレツはとても申し訳なさそうにいった。

十日間歩いていると町が見えてきた。大通りに店がいくつか見える。ここなら服も色々売っていることだろう。町に入る前にイエリナはエレツのローブを着た。あまりにみすぼらしい格好だと人目をひいてしまうためだ。

二手に分かれて食糧の調達とイエリナの服を見繕うことにした。イエリナとフィーネ、フレイヤは服を見に、エレツとファムは食糧と物資を見にそれぞれ向かった。

「これ似合うんじゃない?」

「これもいいよ!」

イエリナはフィーネとフレイヤの着せ替え人形になってげんなりしている。かわいい服や色っぽい服、様々な服を試着させて楽しんでいた。顔やスタイルはとてもいいのだ。何を着ても似合う。

まだまだ着せ替えが続きそうな気配を感じ、イエリナが待ったをかけた。

「イエリナ、これにする!」

イエリナが指したのは短いパンツに半袖の上衣、とても動きやすい服だった。他の服の試着を勧めるも頑として譲らなかったため、潔く退いた。

新しい服を着て腕を回してみたり、走ってみたりジャンプしたり、動き回って服の馴染み具合を確認した。満足いくものだったのだろう。満面の笑みでフィーネたちの場所へ戻ってきた。

「似合ってるよ、イエリナ」

「見違えたわね」

フィーネとフレイヤは褒めちぎった。嬉しかったのかイエリナはフィーネにすりすりする。

「そういえばフィーネも髪、伸びたわね」

フレイヤに指摘されて毛先を触ってみると、確かに村を出発するときにショート丈で切った髪が肩先まで伸びていた。早いなぁ、と感嘆する。

「女の子ってばれると面倒だから短くしたんだけど、また切ったほうがいいかなぁ」

「そのままでもいいんじゃない?皆がいるもの。拐われそうになることなんてないんじゃないかしら?」

それにあたしが守ってあげるわ、とフレイヤはウインクした。それに張り合うようにイエリナも!とぎゅうぎゅう抱きつく。頼もしい限りだ。

三人はあらかじめ待ち合わせ場所に指定した場所、町の広場へ向かった。大通りに面していくつもの店が出ており、イエリナは見たことがない食事に目移りしてしまう。ふらふらしているイエリナの首根っこを掴んで引きずるのはかなり大変で、時間がかかってしまった。広場に着くと既にエレツとファムが待っていた。

「お待たせ!」

「イエリナがなかなか動かなくて時間がかかったわ」

首をすくめるフレイヤ。イエリナはまだ店が並ぶ大通りから目線を外さなかった。その様子に思わず笑ってしまう。

「買い物も終わったし、今日はこの町で泊まろう。それでイエリナの食べたいものを食べるとしよう」

エレツの言葉に目を輝かせてイエリナはぴょんぴょんとその場で跳ねた。

それから宿をとり、夕食をとった。イエリナがあれもこれもと色々頼んだためテーブルの上は料理で目一杯になった。

イエリナはあちこちに手をつけるため、他の皆は苦笑して箸が控えめだった。満腹になったのか、イエリナは食後そうそうに床で寝ようとしたためベットまで引っ張っていく。こういったところも後々教えていかねば、とフィーネは闘志を燃やしていた。

部屋は大部屋を一つとっていた。旅をしてだんだんとファムがお兄さんのように感じて、異性として認識しなくなってきたためだ。一部屋でいいだろう、と全員意見が一致した。それに大部屋のほうが話し合いや人攫いからの護衛に関しても便利だった。

皆が寝静まったとき、ふとフィーネは目が覚めた。イエリナに抱き枕にされて寝苦しかったためかもしれない。隣を見るとフレイヤはいたがエレツがベットからいなくなっていた。ファムはソファーで寝ている。

夜風を感じて窓際に目を向けると、鳥に紙をくくりつけているエレツがいた。

「…手紙?」

「ああ、起こしてしまったか。そうだ、首都にいる妹に手紙を出したんだ。もうすぐ一度家に帰るからって」

鳥はエレツに促されて空へと飛び立った。騎士でも私用の場合は民間人と同様の手段をとらなければいけない。手紙は鳥、大きな荷物は馬や牛に荷車を引かせて移動する。

確か妹はフィーネと年の近い子だと言っていた気がする。妹も姉に会えなくて寂しがっていることだろう。フィーネは妹の気持ちに思いを馳せた。

「元気そう?」

「あぁ、早く帰ってきてって書いてたよ。全く甘えん坊なんだから」

だが満更でもないのかエレツの顔は穏やかに笑っていた。その顔を見たらフィーネも両親に会いに行きたいなと感じる。まだ当分難しいだろうが、手紙でも出してみようかと思った。

首都に着いたら、出そうかな。

「それがいい。ご両親も安心するだろう」

心の中で呟いてたつもりが、口に出ていたらしい。びっくりしてしまった。

はにかんで、おやすみと言ってフィーネは布団に潜り込む。その日はどんなことを手紙に書こうか考えながら眠った。

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