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 私が自身の乙女に気づいてこのジュビア森林にきたとき、彼女は言葉を話せませんでした。彼女は幼少期、この地で狼に育てられたからです。

 これはその育ての親の狼に聞いた話です。イエリナはハイハイができる年齢で空から降ってきました。運良く葉が生い茂った木の上に落ちたため事なきを得ました。母親は何故イエリナを崖から落としたのかはわかりません。ですが服には名前が刺繍されており、名前が書かれたハンカチも持っていました。それだけでも彼女が母から愛されていたのでは、と推測できます。

 たまたま近くの木の下の窪みで寝ていた狼は大きな音に驚きました。落ちてきた赤子を確認するもこの小さい命を食べる気がおきませんでした。そのため見逃してその場を去ろうとしたのですが、なぜかイエリナは狼のあとをついてきます。どんなに歩いても、走っても追いかけてきます。

ほとほと困っていたとき、犬が彼女に食らいつこうとするではありませんか。咄嗟に犬からイエリナを守ると、彼女は狼を自身の母のように感じたのかより一層離れようとしませんでした。

 そのため仕方なくこの狼は孤児を育てることにしたのです。それから本当の母子のように育ったのでしょう。イエリナは狼にべったりでした。私が彼女に会ったのは恐らく彼女が十二歳ちょっとの頃。正確な年齢はもちろんわからないのですが。イエリナは言葉が話せませんでした。狼と一緒に生活していたのですから当然といえます。

 しかし彼女は狼との意志疎通はできているようでした。それから私はイエリナに言葉を教えて、彼女たちと一緒に生活を始めました。彼女は私の乙女なのですから、傍にいるのは当然でしょう?また狼はイエリナを普通の人として人間たちと共に暮らさせようと考えているようでしたが、イエリナは狼から離れる気はないようでした。


「…だから彼女にとって、魔物がどうのといった話は関係ないのです。彼女の世界はこの森林が全てなのです」

 イエリナにとっての家族は狼とこの自然で、フィーネのように家族がきっかけで旅にでようと思うこともないだろう。魔物が滅多にやってこない、この地では。ほとほと困ってしまった。イエリナの心を動かす糸口が見つからない。

「なら、まず育ての狼に会ってみない?」

 本人はあまりにもさっぱりして取り付く島もないが、イエリナとの関わりのあるものへ接触することは今フィーネたちにできる最善の一手といえる。フィーネの提案に一同、同意する。しかし登山であまりにも体力を消耗したためその日は早く休息をとることにした。

夜半、狼の遠吠えが聞こえた。昨夜聞こえた声と同じものだった。

「この鳴き声って、イエリナの母の?」

「ええ、そうです」

 フィーネは隣に横になっているトーリへ尋ねた。狼も本の中でしか見たことがない。遠吠えはとても凛々しいが、少し怖かった。

「狼は優しいですよ。イエリナを育てたのですから、安心なさい」

 トーリに図星をつかれてきまりが悪かった。確かに考えてみれば人を育てたのだ、心優しいに違いない。だが人は自分と異なるもの、強いもの、未知のものに無意識に恐怖してしまうものなのだ。どんなに強い力を手に入れたとしても。

「…そういえば気になってたのですが、トーリは何故大きいんですか?ルブリムもアースも小さいのに」

 気まずい雰囲気を打ち消すように明るく話しかける。

「彼らも私と同じ大きさぐらいになれますよ。疲れるから小さくなっているのでは?」

 省エネサイズということらしい。確かに大きいと人の肩に乗って寝ることもできない。大きくなれないと思っていたのに、大きくならなかっただけとは。

「無精なんですね」

「そうともいえますね」

 フィーネとトーリはふふっと笑いあった。

「ねぇ、光の竜について教えてくれる?」

「もちろん。私たちは兄弟のようなものですからね。あの子はとても優しく、正義感に溢れている子ですよ。おや、あなたが持つ鱗、光の竜のものですね」

「…やっぱりこれ、竜の鱗なんだ。実は小さいときに行方不明になったあと、これと一緒にみつかったの」

 フィーネは鱗を手で遊ばせる。暗闇の中でも月の光を反射するかのようにほの暗く輝いている。

「そうですか。あの子は早々に自分の乙女をみつけていたのですね。あなたは似ているし納得できますが」

「あの、アースが私のこと強いっていったんです。それって何かと強く似ているってことですか?」

 最初にアースに会ったとき、今回は強くてわかりやすかった、といった。その言葉はまだフィーネの奥底でしこりとなって残っていた。

「はい。あなたは最初の光の竜の乙女に似ているのです。外見ではありませんよ。魂というべきでしょうか」

「つまり、私は初代光の竜の乙女の生まれ変わりってことですか?」

「この世界の魂が、本当に輪廻に還り生まれ変わっているか、私たちにはわかりません。だからあなたが生まれ変わりかは断言できないのです。ですが私たち、竜が自身の乙女に求める魂は決まっているのです。あなたたち人にはわからないと思いますが、各竜の乙女の魂の波長は同系統、といえます」

 確かに魂の波長といわれてもぱっと想像できない。フィーネは胸に手を当て小首を傾げる。性格、もしくはもっと心の芯の部分だろうか。なんだか自分を通して違う人を見られているみたいで少し嫌だった。その気持ちを察してかトーリがそれでもあなたはあなたですよ、といってくれた。

 人の機微に敏い竜である。見透かされて恥ずかしくなる。

「他の竜は乙女の近くにいるのに、光の竜はなんで来てくれないのかな?」

 他の乙女が少し羨ましかった。竜が自分を探して、傍にいてくれる。もちろんフィーネも鱗が示すようにかつて自身をみつけて助けてくれたのだろうが、幼すぎて覚えていない。それに竜が傍にいないと皆との違いを感じて寂しく思う。

「あの子はあの子にしかできないことをしています。許してやってください」

 トーリが翼で優しくフィーネの頭を撫で、尻尾で包み込んでくれた。なんだか母親に抱きしめられているように錯覚した。

 優しく穏やかに包み込むような口調と性格。心地よい心音に寂しい気持ちが霧散していった。動物が親なんて、と思っていたところがフィーネの心のどこかにはあった。しかしこうして竜に包まれていると、イエリナの気持ちが少しだけわかった気がした。

 フィーネはイエリナと光の竜と、両親に思いを馳せながら眠りについた。竜の心音は子守唄のように眠りを誘った。

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