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明朝、フィーネたちはレーヴェン村を出発することにした。魔物の凶暴化、増加が深刻なため、いち早く竜の乙女全員を集めなければならない。
「ここから近いところだと、どこに竜の乙女がいる?」
エレツが元気に飛び回るアースに話を振った。アースは宙でニ、三回転ほどしながら悩んでいる。
「うーん、トーリかな、木の竜の。ね、ルブリム!」
「ああ。ここから西へ進んだところにあるジュビア森林あたりにいると思う」
一向はジュビア森林を目指すことにした。恐らく木の竜の傍に乙女もいるだろう。ジュビア森林は密林であり、ここレーヴェン村の木々よりも背の高い木がところ狭しと育っている。また森林は山に囲まれており、辿り着くまでには相当の時間がかかる。その代わり高い山が塀の役割を担っているのか魔物の侵入が少ないのも特徴である。
フィーネとエレツが玄関先で待っていると身支度を整えたフレイヤとファムがやってきた。
「ファムさんも来るんですか?」
ファムは首肯する。彼は腰に剣を佩き、大きめの荷物を抱えていた。フレイヤが腰に手を当てて得意気にいった。
「当たり前でしょ。昨日もいった通り兄さんは私の護衛なんだから。それに男が一人はいた方が何かと便利ってものよ、旅にはね」
この言葉にはエレツも頷いた。何か嫌な思い出でもあったらしい。眉間にはいくつもの皺がよっており、今にも斬りかかりそうな恐ろしい様相だった。詳しく聞くのはやめておこう。
一向は村を出て西へと歩いていく。途中で預かってもらっていた馬の手綱を村人たちから受け取った。フィーネは行きと同様、エレツに抱き上げられていた。フレイヤはファムに手を借りたりしながら優雅にでこぼこの道を歩いている。
木々を抜け、村を取り囲んでいた結界を抜けた。暫く平坦な道を歩いていると前方と後方から多数のがらの悪い男たちに囲まれる。こん棒や刀などを持っている。
人攫いだ。
「嬢ちゃんたち、怪我したくなかったら抵抗しないほうがいいぜ。」
「そこの男も動くなよ。この人数に敵うわけないんだからな」
フィーネたちがレーヴェン村に入っていくところを見られていたのだろう。出てきた者の中に竜の乙女がいるかもしれないと目星をつけて張っていたのかもしれない。前方にはファム、後方にはエレツが相対し、剣を構える。
「…それはこちらの台詞だ。死にたくなかったらさっさと失せろ」
「そうだ。人攫いなんてせず、真っ当に生きるべきだな」
二人から諌められた人攫いたちは頭に血がのぼり、雄叫びをあげながら襲いかかってきた。
エレツは剣と土の力で半殺しにし、ファムは斬っては捨ててを繰り返している。人数の差を差し引いても二人のほうが圧倒的に強かった。フレイヤはフィーネの目元を手で覆いながら兄の勇姿を見ていた。
「なんで、見えなくするの?フレイヤは手伝わなくていいの?」
「人を斬ってるところはまだフィーネには刺激が強いでしょ、魔物とは違って。あたしは火を使うから、人相手だと加減が難しいのよ」
フレイヤは肩をすくめた。フィーネにはもちろん人と争う術はないため、そっかと返事をして大人しくすることにした。この中で一番拐われやすいのは自分なのである。
そこへ一人の大男が人の群れを掻い潜って迫ってくる。エレツとファムは圧されているわけではないが、何分それぞれ腕は二本しかない。手が追い付かずフィーネたちへの接近を許してしまった。
大男はこん棒を振り上げて襲いかかる。フィーネは相変わらず目を押さえられているため現状を把握できていない。ギロリと大男を睨み、フレイヤは手を軽く振った。
ザシュッ。パタタッ。頬に水滴がついた感触がした。それから大男が呻き声をあげて地面を転がり回る音。
「力量も測れないからこうなるのよ」
フレイヤの手の周りで火がごうごうと燃えていた。頬が少し熱い。大男の腕は彼女の火の手刀で切り落とされたのである。フレイヤは手を再び振って火を消し、フィーネの頬についた血を拭う。
「兄さん!しっかりしてよ」
「すまない」
フレイヤはぷりぷり怒っている。ファムはちらりと視線だけ向けて、すぐに敵に焦点を合わせた。
「ね、ねぇ!今なにしたの!?」
「大丈夫よ。もうすぐ終わるからね」
いや、答えになってない!
五分ほどして本当に終わったらしく、目が光を捉えた。がらの悪かった男たちは最初に見たときよりもぼろぼろで顔は膨れ上がり、傷痕が至るところにあった。雄叫びをあげた姿からは想像もできないぐらい萎んでしまっている。紐でぐるぐる巻きにされて一ヵ所に纏められていた。
竜がツンツンつついたり、髪を引っ張ったりして遊んでいる。襲われたのに思わずかわいそうだな、と感じてしまった。
「この者たちは自衛団に引き渡そう」
エレツは懐から騎士に渡されている通信機器を取り出し、話を始めた。一般の民が連絡を取り合う方法は手紙や伝書鳩である。しかし騎士や自衛団たちには執務に限り使用を許可されている通信機器があった。これがとても便利で離れた場所でもボタン一つで連絡が取り合える代物だ。
「よし、連絡はついた。二十分もすれば来るだろう」
魔物が彼らを襲うといけないのでフィーネたちは結晶を周りに設置し、人攫いたちを置いて西へと進んだ。




