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特訓のあと、皆で食事をとった。フレイヤの両親は亡くなっているため彼女は兄のファムと祖母の三人で暮らしているらしい。
ファムが一人で料理をし、机に次々と並べていく。フレイヤと祖母は椅子に座ってフィーネたちとたわいもない話をしていた。並ばれた料理はどれも美味しそうな香りがして食欲がそそられた。
エレツは何度も料理とファムを見比べていた。よほど意外だったのだろう。確かに旅の最中で食べたエレツが作った食事はいつも似たようなものばかりだった。色んなものを煮込んだスープとか。彼女は料理が得意ではないらしい。
「兄さんの料理はどれも美味しいのよ!さぁ、召し上がれ!」
フレイヤが作ったわけではないのに我が物顔で自慢する。お兄さんが好きなんだなぁと思った。
皆で挨拶をしてから食事を始める。野菜炒めや鶏肉を焼いたもの、卵料理など村で採った食材がふんだんに使われており、どれも美味しくて箸が止まらなかった。その様子に満足げなフレイヤは自身の兄がいかにすごいかを滔々と語った。予想通りよほど兄が大好きらしい。フィーネは相槌をうちながらも食事の手を止めることはなかった。
食事を終えてからフレイヤに露天風呂を案内された。代々火の竜の乙女が使っているものらしい。風呂は泳いでも大丈夫そうな広さだった。周りは策に覆われており、その上方には木々が見える。
三人は服を脱いで持ってきていた籠に入れてから湯に浸かった。体の芯から温まり、疲労が溶けていくような心地よさに包まれていた。温泉なんて初めてだったがこんなに気持ちいいものとは想像もしていなかった。
ほうっと息をついて周りを見ると、二匹の竜がパチャパチャと風呂で泳いでいた。とても楽しそうである。エレツも顔を火照らせて、気持ち良さそうにとろんとした顔をしていた。
色気がすごい…!
普段鎧を着けているため気づかなかったが、エレツは色っぽい体をしていた。胸は大きく体は引き締まっており、もちろん肌に傷痕はあるものの張りがある大人の女性の体つきだった。男勝りな口調と態度、騎士としての服装から忘れていたが、彼女はフィーネよりもだいぶ大人な女性なのである。
ならばフレイヤはどうだろう、と視線を動かすと彼女の端麗な体が視界に入る。エレツに比べればやや小さいものの美しい形をした胸に細い手足、白い肌が湯でほんのり色づいている様は同性のフィーネから見ても非常に魅力的だった。
それに比べて自分はどうだろう。年齢の差を考慮しても平坦すぎやしないだろうか。今は髪も短くなっており裸にならなければ女とは分かるまい。少し絶望してつるぺたな体を見下ろしているとフレイヤが吹き出した。
「体型を気にしてるの?胸がないとか?そのうちおっきくなるわよ、まだ十二歳とかでしょ?」
「そうだけど…」
「あたしは十六歳だし、エレツは…」
「二十一だ」
何も心配する必要ないわ、とフレイヤは励ましてくれる。確かに四歳以上も違うと差は大きいのだろう。子供の成長は早いのだから。
「ち、ちなみにエレツは普段何してる?」
何か特殊なことをして大きくなっているのかもしれない。目を輝かせてフィーネは見た。顎に手を当て思案したのち、にっこりと満面の笑みでエレツが答える。
「やはりよく食べ、よく体を動かし、よく寝ることじゃないか?それ以外したことがないな!」
はははっと豪快に笑う。確かに健康的で素敵だが、胸の発育に直接関係しているような気がしなかった。苦笑いをして軽く流すことにした。
そこへ足音が聞こえてくる。極力響かないように気を使ったゆっくりとした歩調。その歩調は覗きややましいことのある者の動きではなかったため確認のために談笑しながら振り返った。
そこにはファムがいた。男である。
「!!!???」
フィーネは慌てて前側を両腕で隠し、口元まで湯に浸かる。エレツはその行動にぎょっとしてフィーネの視線の先を確認した後、知っている人物でほっと体の力を抜いた。フレイヤはフィーネの様子にカラカラと笑う。
「フレイヤ、タオルを忘れていただろう。ここに置いておくからな」
「ありがとう、兄さん。フフフッ」
笑いながらファムの後ろ姿に向かって手を振った。完全に見えなくなってからフィーネは勢いよく湯船から立ち上がる。
「な、仲良すぎない!?見られちゃってるよ!?」
「家族だし、あんまり気にしたことないわね。ああ、異性に見られたら減っちゃうってタイプかしら?」
何が減るのかは皆目検討もつかなかったが、うまい反論が思い浮かばず顔を紅潮させ口をきゅっと引き結んだ。
「大丈夫よ、兄さんは去勢してるから。男にカウントされないでしょ?」
去勢を頭の中で反芻する。去勢とはあの男の大事な部分の機能をとるというあれだろうか。そんなことをしたという男性を村でも見たことがないため、去勢に至ったわけが気になった。
「この村では竜の乙女に念のため護衛がつくのだけど、その護衛と乙女が男女の関係になるとまずいでしょ。だから去勢するのよ」
あたしたちは兄妹だから必要ないっていったのに、しきたりだからと聞かなくって。と当時を思い出したかのようにフレイヤは眉をはねあげた。村には村のしきたりがある。そういったものなのだろう。
「お兄さんはフレイヤのことがとても大切なんだね」
「そうよ!あたしも兄さんが大好きだもの!」
それから暫くまた兄自慢が始まった。兄について語るフレイヤは年相応な無邪気さがあって可愛らしいな、と感じた。
露天風呂を満喫した後、逆上せた竜の体を丁寧に拭いて風呂からあがり三人は川の字で寝た。




