十二歳の誕生日
「やめて!!!」
私の口から知らない声が出た。そこでこれは夢なのだろうと感じた。
空は暗雲が立ちこめ、暗くどんよりとしている。比喩ではなく、黒い雲が目の前の黒髪の女性を中心に渦を巻き、光を遮っていた。周りは瓦礫の山だった。ほとんど壊されていたが、私が見たこともない特殊な建築物だったことがわかる。そのためこれは夢だと強く感じた。
だが胸の痛みだけは夢のように感じられず、私は心の中で頭を振った。この体の痛みを感じているなんて、なんて夢なのだろう、と。
「わた、私は…ただあなたを守りたかっただけなのに…あなたの幸せを、願っていただけなのに…何故…」
黒髪の女性は震えて頭を押さえながらしゃがみこんでしまった。そのとき彼女の足元から黒い影が鋭利な刃物のように延びてきた。驚いた体の主は腕で防ごうとする。当事者でない私はこれを防ぐことはできないだろうな、とぼんやり考えていた。
ザシュッ
目の前、白い竜が漆黒の影の攻撃を身を挺して守った。血が零れ落ち、一瞬で血溜まりができた。
「…今治すからッ!」
体の主が竜に触れようと立ち上がったとき、黒髪の女性の影が膨張し周りを侵食しようと触手を伸ばしてきた。深手の竜は咄嗟に体の主を抱え、地を蹴る。影は零れ落ちる血と体の主の美しい白髪を求めるように、空へと手を伸ばしてきた。黒髪の女性は自身の影に呑まれてあっという間に見えなくなる。彼女の周囲も暗闇が侵食していった。
竜と白髪の人は寸でのところで影から逃れ、雲海を突き抜けた。竜の怪我に触れると光が灯り、徐々に傷が塞がっていく。私の目は熱くなり、頬が濡れる感覚がした。
体の主はさめざめと泣いていた。私はこの人が泣いている理由もわからないのに胸が苦しくなる。
「私ではあなたを助けることは…」
お願い、彼女の闇を癒して!
目が覚めると知っている天井が視界に写った。私はゆっくりと深呼吸をして瞬きを繰り返す。止まらない涙を出し尽くすように。
夢の最後の瞬間、頭に直接流れ込んできた言葉を反芻する。夢のときとは違う、私に向かって話しかけられた言葉のように感じた。
闇を癒すってどういう意味なんだろう。
「フィーネ!朝だよ!」
ベットの上でうんうん悩んでいると階下から母の声が飛んできた。
「はーい!今行く!」
フィーネは大慌てでパジャマを脱ぎ捨てるが、カレンダーを確認してからは乱れがないように鏡の前に移動して身支度を再開した。朝日をうけて輝く白髪のぴょんと元気にはねている毛を何度も撫でる。今日はフィーネの十二歳の誕生日だから。
「あれ?こんなとこぶつけたかな?」
胸の辺りの肌が変色していた。昨夜、風呂に入るときにはなかったものだ。ちょうど夢の中で痛かった場所だった。まぁいいか、と服を整えてからパタパタと階段を下りる。
「お母さん、お父さん、おはよう!」
「おはよう、フィーネお誕生日おめでとう」
二人からの祝福の言葉が嬉しくて顔を綻ばせた。食卓にはパンとスープとサラダ。いつもの食卓。だけど少しだけ特別な朝だ。両親の目の前の席に座り、合掌して食事を始める。
「フィーネももう十二歳ね」
「もしかしたら竜の乙女だったりしてな!」
「そんなわけないでしょ~」
竜の乙女の話をするには、まずこの島国の成り立ちから説明しなければならない。
この島、グラスティア島が国として今の形になったのはおよそ三千年も前だという。幼い子供たちに読み聞かせされる本の内容はこうだ。
当時、島では国家という形はなく人々が思い思いに集落を作り暮らしていた。そこに五匹の竜がやってきた。火の竜、水の竜、土の竜、木の竜、光の竜だ。彼らは島に住む少女を自身の代弁者とし、彼女らに力を授けた。それが竜の乙女である。竜の乙女はその竜の傷を癒し、力を借りることができる。火の竜の乙女なら火の力を、というように。その力を使い、竜と乙女たちは島を豊かにしていった。水を引き、島の周りの海を荒れさせて外界からの侵入者を防いだり、土を肥えさせ木々を豊かにさせたり。やがて島を治める国王が現れるも、竜の乙女と竜たちは国王からも崇められ神様のような存在として島中の人々から崇拝されている。
昔話の竜の乙女だが、実際に存在しているらしい。フィーネは会ったことがないため詳しくはないが。
十二歳の少女の体に乙女の証の紋様が現れるのだ。竜の乙女は処女でなくてはいけない。非処女、もしくは死亡したとき新たな乙女に紋様が浮かび上がる。
国は十二歳になり紋様が現れた少女は国に申し出るようにお触れをだしているも、最近はずっと名乗り出る者がいない。なぜなら名乗り出た者はことごとく道中で魔物に食い殺されてしまっているからだ。まだまだ幼い娘をむざむざ殺しに行くようなことをする親がどこにいるだろう。そういった理由もあり、竜の乙女は現在存在しているかどうかも不明なのである。
竜の加護があるにも関わらずこの島には魔物が蔓延っている。島の中央部分は魔物の巣窟であり、普通に横断することがかなわない。この理由は今なお謎に包まれている。
「今日は野菜の様子を見に行ってから読書して帰るよ」
「わかったわ、あまり遅くならないようにね。ここのところ魔物が市内に出没するって隣町でも噂になっていたから」
あと今晩はフィーネの好きなご飯だからね、と微笑む母。
やった!とフィーネは満面の笑みを浮かべて家をでた。