否定
みんなと合流する少し前
天否の気配を察知したのは私ではなく、シアだった
「次は右、その次も右に進んで」
「了解」
私はシアの指示通りに線路を進んでいく。しかし、まあ、あの路線図を完璧に覚えているなんて、流石は天否の『感情』なだけはある
この世界に落ちてきてから、シアにはよく話し相手になってもらっていた。そこで、シアについてと『指輪の悪魔』についても聞かせてもらった
10年前に天否は感情を封印した。そのこと自体は知っていたが、どうやったのかは知らなかった。それを、シアが教えてくれた
天否が暴走し、それを止めるため、ラジエルが10の指輪へと感情を封印した…のだと思っていた。
しかし、正確には天否はある術式を完成させるために、一時的に感情を意識から切り離す必要があり、術が成立した時点で、天否に感情は戻っていた
しかし、天否は感情の感覚を取り戻すことができず、それを精神に定着させることができないでいた。それが今の天否なのだという
そして『指輪の悪魔』とは、感情を封印する際に生まれた副産物の融合悪魔なのだという
天否の能力である「悪魔支配」によって使役可能な七十二柱の悪魔を感情の受け子とするため、一指八柱宿らせて感情を流し込んだ結果生まれたのが『指輪の悪魔』だ
ちなみに、余った一指をラジエルが担当したため、指輪の悪魔は九柱のみとなっている
九柱はそれぞれ、天否の別の感情によって生まれた悪魔であり、シアは天否の「情愛」と「性欲」によって生まれた悪魔であり、そういった権能の悪魔が繋がっている
そして、その2つの感情は天否のもつ『本物の感情』とまったく同一のものである。つまりは、シアは一部とはいえ正真正銘「神魔天否」本人とも言えるのだとか
だからこそ、シアは天否の存在にいち早く気が付くことができたのだ
「到着よ。私にできるのはここまでね」
たどり着いたのは駅のホーム。一見他のホームと同じに見えるが、そのホームには他にはなかった上へと続く階段が続いていた
私は階段をかけ上がっていく…
覚えのある神秘と術式を階段の向こうから感じ取った。それは、私が最近になって習得できた「天域」の術式
この術式を組めるのは、私以外には1人しか思い浮かばない
私はそれを信じ、なけなしの天力を込めた矢を作り出し、術式に目掛けて矢を放った…
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天否が『最強』だということを再実感する
術式の構成に無駄がない、私が編むものとは根本から別物だ。お陰で、少しだけ天力を温存することができた。この天域において天力は貴重だから助かる
「天否、敵の情報が欲しい」
「わかった。だが、時間が惜しい、手短に必要なことだけ伝える」
「うん」
「あいつはさっきまでの空間なら無限に復活することが可能。肉体は蜘蛛の糸で産み出されていて、本体はここにはいない」
天否はそれだか教えてくれて、神楽様のところへと下がっていった。それだけの情報で、十分ということだろう
しかし…私にどうしろと?!
今あの肉体を倒したところで、天域を解除したらすぐ復活してくる。それをなんとかしなければならない…が
先に断言しておこう、私にはそれをどうにかする術がわからない。天否が頼るということは、何かあるのだろうけど…
「まあ、やれるだけのことをすればいいか」
私はクモの方を向く。どうやら動揺は収まったらしい、彼女の瞳は余裕ではないが冷静なものだった
「あれ?」
クモの内側の魔力が圧縮し始めた。あの圧縮の仕方は爆発系統の魔力の流れだ。それが内側で起こっているということは...大方、自爆してこの天域から離脱しようとでも考えているのだろう
あ、勝利を確信した笑みを浮かべた
「はは、最初は焦ったけど、なんとかなったよ。それじゃ、あっちでまって…」
「否定」
私がそう唱えると、クモの内側で圧縮されていた魔力がゆっくりと解けていった
「え、あ、え?」
クモは再度の動揺。状況確認も必要ないし、今回はその隙をちゃんと突かせてもらう…とも考えたが、結局殺せないのなら攻撃する意味がないのではないだろうか
何をどうすればいいかわからず、私は指輪の中の悪魔に助けを求めた
(シア、どうしたらいいと思う?)
(『人格否定』でいいじゃない?)
『人格否定』とは、文字通り相手の人格を否定して消滅させるという「否定」の使い方だ
確かに、私も「否定」を練習して『術式否定』や、弱い相手に対してなら『存在否定』も使えるようになった。しかし…
(あの技は、成功したことがないんだけど?)
「術式否定」は集約される神秘に、「存在否定」は否定したい相手に直接「否定」を打ち込めばいい
しかし『人格否定』は他の否定とは違って、明確にどこにあるのかがわからない「精神」に打ち込まなければならず、私はそれが出来ないでいた
だが、成功すれば間違いなくダメージは与えられる。今展開している私の天域の性質のお陰で、今ならそれを意識し強く否定すれば「否定」することができる
チャレンジするなら絶好のチャンス
(やって…みるか)
そう意気込んだところで、クモが自らの喉元を掻き切ろうとしたため、私はとっさに「行動否定」を使い身体に送られる指令を掻き消した
「危な!」
間一髪止められたが「行動否定」にも限界はある。相手が伝達力が普通の肉体より届き難い「人形体」というのを考慮しても、もって1分程度しか続かないだろう
指輪の悪魔のお陰で「精神」というものの感覚的理解が深まった。あとは、確信を掴むだけ…
だがやはり、それの輪郭を掴むことができない。神秘力ならばくっきりと見えているのに
今の私にはやっぱり不可能なのか…いや、きっとまだ足りていないだけ
「否定心」が私の意志…本質なのだとしたら、今の私はそれに染まりきれていない。きっと「天使」としての部分がそれを邪魔している
ならば、その部分を…天使としての白姫を否定すれば…
私は固唾を飲んで、こう唱えた…
「天姫否定…」




