成長のための理由
柔らかい感触が唇に伝わる
私は真長にキスしている…
初めてのキスだし、女の子同士だし、凄く恥ずかしいけど。今は我慢しないといけない
真長は自身すらも巻き込む電気によって身体の細胞が崩壊仕掛けている状態
それを治すためにツタを通して人間の細胞を送っただけと、所詮それは延命療法にすぎない
崩壊する真長を助けるのに必要なのは、自身の電気に耐えれるよう、細胞を強化すること
そのためには、私の能力で出した粘液を真長の粘液と混ぜ合わせる必要があった。そのためのキスだ
口を通して真長に細胞を送る。ここまでは大丈夫、だけど問題は送った細胞をどうやって真長の力に合わせるか
自分の細胞を治す時は感覚と慣れでどうにかしているが、他人の細胞を強化するのなんて自身の細胞を治すのとは訳が違う
だけど、ここまできたら…もう、やるしかない
そう覚悟を決めたとき、私の頭に真長とまったく同じ声が響き、語りかけてきた…
『初めまして、リース·ホルバリナ』
その声が聞こえた瞬間、周りの時間が遅くなるのを感じた。これは、おそらく周りが遅くなったのではなく私の思考速度が格段に速くなったのだろう
『私は真長の頭に住み着いているAIのマイよ。よろしく』
真長の異常な情報処理能力のからくりに納得しつつ、マイの話に耳を傾ける
『端的に説明するわね。細胞の構想は私にまかせて』
つまりは、細胞を送り続けろということなのだろう
それが真実なのかを判断することはできないが、真実でなければこの時点で詰みになってしまう
私は、マイを信じて細胞を彼女に託し続ける
より深く舌を絡ませ、より強く真長と繋がり、より濃い細胞を送る…
体感1分、実際の時間はわからないが天使が攻撃をしてこないということは、おそらく数十秒ほどだ
私の送った細胞は真長の身体の中でマイによって今の真長に適切な細胞へと改造され、内側から置き換えられている
残りの神秘力で生み出せる細胞は、もう全て真長に送った。あとはマイと真長次第…
私はゆっくりと唇を離す…
唇を離した瞬間、マイによって加速されていた思考速度が元に戻る
目を開けて辺りを見渡す
天使に何かを仕掛けられた痕跡はない。だけど確かな変化が天使に起きていた、金剛の光が強くなっている
あの光がなんなのかを私は知っている。天使は攻撃をしなかったのではなく、私達を確実に殺す準備をしていたのだ
天使から放たれる光が視界を覆い尽くすほどに強くなり、私達のことを包み込んだ…
光が収まると辺りは一変していた
天井と床がステンドグラスで作られている舞踏会場
会場内に灯りはないが、足元と天井のステンドグラスから差し込む光が会場をぼんやりと照らす
リースはこれが何かを知っていた
『予知』の天使カラティナの…天域だ
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身体の感覚が一切無い
おそらく、私の身体が作り替えられているからなのだろう
今、私に出来ることはなにもない。静かにリースから送られる細胞に意識を委ねるだけ…
しかしながら、身体の感覚がなければ思考が盛んになってしまうものであり、私はずっと目を背けてきた思いに向き合おうとしていた
神魔天否を私はどう思っているのか?
父を殺した憎き相手…これは合っているはず
私を助けてくれた頼れる先輩…これも合っている
だけど、私の心をグチャグチャにしている『思い』はこの矛盾ではない
その『思い』が何の感情なのかを私は知っている…
だけど、父を思う心がその感情を否定する
その感情を認めれば、父を殺しすら認めてしまう気がするから、その感情を頭ごなしに否定する
違う、違う、違う、違う、違う
だけど、考えれば考えるほどその思いが浮かび上がってしまう…これ以上、考えるのは危険だ
私は思考を切ろうとした。だが、それを止めてきたAIがいた
「いい加減、諦めなさいよ」
どこからか聞こえてくる相棒の声を私は無視する。普段なら絶対にしないが今はとにかく思考を止めたかった
だけど、マイはそれを許してはくれなかった。無視したことではなく思考を止めようとすることに
「あなたが先輩の事件を調べる理由…それは『最強の嫌われ者 神魔天否』を嫌いになりたいから…」
マイの言葉に耳を傾けたくない
しかし、マイの言葉は思考に直接響いていて、逃げることができない
「あなたは父の仇を取りたいから死を拒んだ。だけと、あなたは天否先輩に憧れてしまった」
もうグチャグチャの心のままでいい
このまま一生辛くてもいい
私はお父さんの仇を取るために先輩を殺す
私は私のためにお父さんの仇を取る、それでいい…それがいい!!!
私は…!
「真長!」
私の上辺だけの心の叫びを遮断するように、マイは私の名を呼んだ
「それ以上…心に嘘をつかないでよ…」
「……」
「もう、あなたの身体の強化は終わっている。だけど、強くなるのに本当に必要なのは…」
もう、何が言いたいのか分かった
私が強くなるのに必要なのは…
理由だ
「理由よ」
私の思考とマイの言葉が重なりあう…
もう、言い逃れはできない
私は神魔天否に憧れてしまった
そして、この気持ちの先が『恋心』に繋がっていることも分かっている
少しでも、無意識にでも、この気持ちを抱いてしまった
そして、私の中の『最強の嫌われ者』が崩れてしまった
嫌われ者を嫌えなかった、恨めなかった、憎めなかった
私の中の憎悪が行き場を失ってしまった
きっとその時からなのだろう、私の中のグシャグシャな感情が…本心が迷走をし始めたのは
私が死を拒んだ理由は父の仇を取るため
けれど、私は仇である天否先輩に憧れてしまった。彼が『最強の嫌われ者』だと知っても、殺したくないと思ってしまった
そして、私は本心を押し殺すために『最強の嫌われ者』が悪だと思える事実を探していた…もう一度、恨めるように
それが、今の私の目標…戦う理由
だけど、もう、そんな理由はどうでもいいのだろう
なにせ、私は今、死を拒んでいない
誰かのために死ねるなら、それで良いと思っている
それほどまでに薄っぺらいのだ、今の私の生存理由は…
私がこんな調子じゃ、身体が強化されても成長はできないのだろう…
「真長はどうしたいのよ」
そんなの、自分でもわからない
私は…どうしたいのだろう?
私の本心は天否先輩を認めたい…過去を捨て、普通に先輩に憧れる後輩になりたい
けれど、今までのすべての過去が、最強の嫌われ者を恨み続けていた過去が、それを許してくれない…
頭の中で広がり続ける思いは…私の心を磨り減らしていく
「もう…やだよ」
私は弱音を呟いた。実際には呟いたのではなく、私からマイに弱音を送り付けたのだ。自分の意思で
「真長…」
「もう嫌だ…憧れの人を恨むか、憧れの人を恨めない自分自身を恨むのか、私には選べない。そんなに強くない…」
私の心の声は涙ぐんでいて、とてもか細い音だった
「それで、良いんじゃない」
そう言ったマイの音は、さっきまでの事実を突きつけてくる鋭い音ではなく、私を優しく包み込んでくれるような音だった
「え?」
「あなたはまだ16歳の子供なのよ。思春期なのよ。なら、恋の悩みの1つや2つ、持っているのが普通なのよ」
マイの言葉を理解できず、意外な形で思考を停止させることができた
「わたしが普通?」
「普通よ。たぶん、天使殺しの中で一番ね」
「なんで? 私は......」
矛盾している...
「
だ
か
ら
そ
れ
が
普
通
な
ん
だ
っ
て
」




