罠 竜
深夜1時50分 地下 下層
真長は罠師ゆえに近接戦闘が苦手だった
他の天使殺しと違って、彼女は自らの身体を強化するのにも苦痛を要する。それで前線に出ない罠師というスタイルを選ぶのは必然だ。そして、その罠師が近接戦闘が苦手というのも必然だ
思いきって電気のナイフなんて作ってしまったが、近接武器を使った経験があるはずもなく、どういう構えが良いのかすら分かっていない
しかし、ワイヤーには慣れていた
よくロボ作りの足場として即座に近くの機械をワイヤーに改造して壁に突き刺し足場として使っていた。そして、その技術が現在nowで役に立っている
ワイヤーの上でぴょんぴょんするのも余裕である
そんな真長に対してモーセの方はワイヤーを飛び移るのが限界らしく、視線を自身の足元へと向けていた…のだが、別に彼女はワイヤーから落ちたところで自身の操る泥へと落っこちるだけなので一切ダメージにはならない
むしろ、なぜ彼女はわざわざ真長にあわせてワイヤーに乗ってきたのだろう。もしかしたらそこにモーセの術の弱点が隠れているのかもしれない
そして、[モーセが足場のワイヤーを気にしている]という事実からモーセも真長と同じ近接戦闘苦手族だと考察できる。そうとなればこの勝負は案外、真長の方に天秤が傾いているのかもしれない、そう思うと勇気が出てくる
ナイフを逆手に持ち変え、一つ下のワイヤーへと飛び移りバネの要領で一気に加速してモーセの間合いへと踏み込む
急接近してきた真長にモーセは後ずさり、ワイヤーから足を踏み外す。しかし枯れ木の杖からツタを生やし、それをワイヤーに巻き付けて落下を防ぎ、落下の勢いを利用して別のワイヤーへと移った
今の動きは「逃げ」の動きだ。似た者同士だからよく分かる
罠師は自身が近接戦闘を苦手とする者が多いい。そして、それは近接戦闘の経験も少ないとも言うことができる
モーセはまさにその部類の罠師だ
近づかれたら負け、だから近づかれないように計画して罠を張る、故に近づかれてから先のことは考えない
先程、横腹に一撃もらったときのは自身を一つの罠と仮定し事前に動きを考えていた策だったため体を動かすことができたのであって即座に考えて動いた訳ではないのだろう
もっと早くに気づくべきだった。さっきまでの罠の嵌め合いは互いが近接を嫌がっていたため一切近接の介入のない互いに最も戦いやすい環境だった
だけど今は違う。真長は自身の苦手とする近接戦闘を苦痛を味わいながら実行している、そしてモーセは経験の無い近接戦闘という戦いに頭が追い付いていない
互いに戦いにくい環境が整っている、これは時間稼ぎが目的の真長に有利な状況だ。今、モーセには自分から攻める余裕など微塵も残っていないだろう
そして、そんな罠師が次にとる行動は…環境そのものの破壊。真長が近接戦闘で優位をとることができなくする
「災いよ! 敵を呑み潰せ!」
予想通り、モーセが術を唱えると地面の泥からいくつもの泥の腕が生えてきて、ワイヤーを握りしめ破壊しようとする
だが対策はしていた。足元から再度ワイヤーに電撃を流し込み一気に全ワイヤーへと通電させる。すると、ワイヤーを握りしめていた泥の腕は次々と破裂していく
やはり真長の本来の電撃をもってすればモーセの泥は脅威ではないらしい。だが、地面の泥は破裂してないのを見るに、泥は直接電気を流し入れなければ破壊は不可能そうだ
そして、その事をモーセが見逃すはずもなく
「災いよ、敵を貫け…」
モーセがそう唱えると、今度は地面の泥沼から細長く先端が鋭利な泥がいくつも生えてきて、ワイヤーを的確に避けながら真長のもとへと伸びてきた
もちろん真長は球状に放電し全方位からの伸びてくる泥の攻撃を防ぐ
泥の先端が放電の範囲に入ると先端が破裂する。しかし、破裂するのは先端だけで直ぐに再生して別の方向へと伸びて真長に向かって突き刺さってくる。これでは放電を止めた瞬間に串刺しだ
こうなったら単純な神秘力の総量バトルだ。モーセの呪力量はわからないが真長の天力量は天使殺しの中でも五本の指に入るほど、それに加えて真長はまだほとんど天力を使っていない
確実に量では真長が勝っていて、この手は悪手
(愚策…だけど)
だけど本当に戦略ミスなのか? その疑問が真長の脳裏をよぎった。まだ出会って数十分程度だが、今までの戦闘を得て真長は敵ながらも彼女の実力を信じている
そんな彼女がただのミスをするはずがない
そんな思考を真長がめぐらせている間に、モーセはツタを生やしながらして真長よりも高い位置のワイヤーへと移動していた
そして、モーセは上空のワイヤーから真長に向かって真っ逆さまで落下してきた。そして、モーセはみずからを強化して放電を耐えて、目と目が合う距離まで落ちてきたタイミングで即座に呪力弾を放ってきた
真長は二つの術を同時に使うことができない、天力と言うなの電力が体の中でオーバーヒートしドカンするからだ
そして、放電を止めれば泥に串刺し。だが放電を止めなければ呪力弾を相殺する天力弾を放てない
ようするに…
\(^o^)/
滅紫の呪力弾が直撃し真長は後方の壁へと激突する
しかし、失敗を繰り返すことはなく、壁に激突する直前に背中に天力を集中させてダメージを大きく減らすことができた
真長は今の『反撃をさせない策略』を破るすべを持ち合わせていない。しかし、もともと真長の目的は時間稼ぎ。いまダメージを与える必要はない
真長は壁を蹴りワイヤーへと飛び移る
まず、最も警戒すべきことはモーセの位置だ。無数の泥の動きを予測するよりも彼女一人の動きを予測する方が楽だ
モーセもワイヤーでの戦闘に慣れたのか先程よりも動きに余裕が見える。それに加えて真長を突き刺そうとしてくる泥の一部を足場にして移動に利用してもいる
泥は放電に任せてモーセの攻撃に集中する。反撃を捨てて避けを徹底すればモーセの呪力弾を避けることはできるし、いざとなれば電気のナイフで呪力弾をぶった切ればいい
そして、ダメージで乱れた息を整えてモーセの射線から外れようとしたとき、一つの信号が頭の中に送られてきた
"マスター! 完成しましたよ!"
その信号を聞いて、真長はオモチャを開けるのが楽しみな子供のように目を輝かせた
「よーし! 気分上がってきた!」
さっきまでの疲労と集中力は遥か彼方へと消えていって、真長は楽しげな表情でワイヤーの上を飛び移る。そんな変化をモーセが見逃すはずもなく、警戒しない訳がない
「もう、出し惜しみはなしなのです…」
そういって、モーセはみずから泥に飛び降りて紫の杖を泥に飲み込ませる。すると、泥沼が毒々しい色へと変化した
泥は優しくモーセのことを受け止めて、彼女を闘技場の中心へと流し運ぶ、そして中心に到達したモーセはゆっくりと立ち上がり、枯れ木の杖を生み出して呪力を杖に集中させる
地面の泥沼がモーセを中心に渦をなし、泥が少しずつ枯れ木の杖に集約されていく
これはまずいと思い、真長は足に力を込めて一気に加速しようとする。しかし、踏み出そうとしたタイミングで急に浮遊感でいっぱいになった
ピンと張っていた足場のワイヤーが落とされたのだ
困惑しつつも体を捻りワイヤーが刺さっていた壁の方を向きなにが起きたのかを確認する
ワイヤーが落ちた理由、それは壁全体が泥に変化して泥のカーテン状態になっていることが原因だった。それにより壁に刺さっていたワイヤーが全て外れてしまった
足場を失った真長は泥沼に向かって真っ逆さま。モーセは集約させていた呪力を使い五つの紫泥の巨大な槍を生み出し空中で無抵抗な真長に向かって一斉に発射する
足場となるワイヤーが全て落下してしまい五つの巨大槍を避けることは不可能。防ごうものなら天力のオーバーヒートで先に真長の細胞が焼き焦げてしまう
真長は何もできない…
これで詰みだ。モーセの策が真長の策を越えた、モーセはそう確信していた
しかし、モーセが真長を詰みにするのよりも早く、あの信号が送られてきたタイミングで…真長は勝ちを確信していた
巨大な槍が真長に直撃する直前に闘技場の泥のカーテンを突き破り、巨大な黒い何かの兵器が入ってきて黒鋼の翼が真長のことを覆い守る
黒鋼の翼は半透明の水色のバリアを五重にも展開し、五つの巨大な槍を受け止める。槍は展開したバリアを四重破壊することはできたが、最後のバリアを破壊すると同時に五つの槍は相殺し爆散した
そして、真長を守った黒い兵器の全容が露となった
全身鋼鉄に包まれた、黒鋼のドラゴン。これが真長がまちに待っていたドローンの正体だ
「どうだ! これが私の最新兵器、その名も『ノーネーム』」
ドラゴンことノーネームの尻尾に座っている真長がモーセに向けて得意気に説明を始めた
「このノーネームは私が昔から設計していた『最強ドローン計画』の第一段階。エジプト支部にあった素材をすべて動員して作った至高の作品」
真長は水を得た魚のように、ネタを得たオタクのように、目を輝かせながらぺらぺらと話し進める
「この『最強のドローン計画』にはどうしても条件を満たしている自立思考型のドローンが必要なんだけど...あっ、条件って言うのは『人間性』ね! それで、その条件を満たすドローンが偶然エジプトを彷徨っていたときに作れたんだよね、そのまま勢いで作ってみたんだよね」
すこし落ち着いたのか、一旦呼吸を整えて落ち着いた口調で説明の続きを話し始めた
「いきなり巨大なドラゴンを連れていったら警戒される。だから罠に見せかけてノーネームのパーツを至る所に隠した。あとは闘技場につながっている廊下の崩落した場所、そこに待機させていたノーネームの本体に電圧圧砲を渡して瓦礫を吹き飛ばさせて散りばめておいたノーネームのパーツを回収させていた」
その説明を聞いて、モーセは全てを察知した
最初から真長はノーネームを完成させるために策を練っていたのだ。最初の撃ち合いは相手の力量を図るため。だけどそこから先の戦いはすべてノーネームの存在を隠すためのブラフ
モーセは真長のことを罠師としては同じレベルの天才だと思い込んでいて真長もそう思っていた。だけど違った
真長は...モーセを遥かに上回る罠の天才だったのだ
「自惚れがすぎたのです...」
モーセは、頭上に飛んでいる黒いドラゴンを見上げる
ノーネームの中心に埋め込まれている電圧圧砲が真長から天力を受け取ることによって光輝く。電圧圧砲にはモーセの最大神秘量を上回る天力が集約しており、モーセはそっちの格も違うのだと肌で感じた
「仕返しだ、受け取れ...バースト!」
真長がそう言うと、ノーネームがそれをモーセに向けて撃ち放った...
モーセは泥を使い電圧圧砲の波動球を防ごうとするが、その表情には諦めを感じ取れた
そして、波動球がモーセに直撃して電気爆発を引き起こし、それによって地面が崩れてモーセはさらに下層の最下層へと落ちていった
そして、それを追って真長とノーネームも最下層へと降りていった。その上から闘技場の天井に突き刺さっていた青い鉱石も不気味に光りながら、物理法則的にありえないほどゆっくりと最下層へと落ちていった...




