世界の天使
深夜2時 地上
上空で月明かりに照らされる、茶髪の少女。目に光はなく顔に表情もない、これはポーカーフェイスとは別物だと直感で感じ取った
背後に倒れている少女を少し離れた場所に運び、茶髪の少女を見上げる金髪の少女
最初に口を開いたのは茶髪の少女。ついさっき負けて敵に命を救われた少女への言葉だ
「彼岸さん、あなたの敗因は力の使うタイミングとリズムが全くつかめてないところですよ。結局最後まで伝承憑依は使わずにいましたでしょ?」
茶髪の少女はそう彼岸に話しかけた。まるで友達に話しかけるような声のトーン、しかしどこか演技臭く本当の友達との会話を知らないような声で
そして、彼女と彼岸の距離はかなり離れている筈なのに、すぐ隣から声が聞こえてくる。まるで空間全体が声を発しているように
「直感もセンスも経験も持っているのにモーセに勝てないのは、それが原因だと私は思ってます。彼岸さんは頭が良いけど頭の回転は普通ですから」
茶髪の少女の指摘は的確だった。彼岸はヒットアンドアウェイで「攻撃」と「離脱」の二つを同じ強化で行っていた
最適解は、攻撃の際に「攻撃に特化した強化」を、離脱の際に「速さに特化した強化」をすることでコスパ的にも性能的にも無駄が軽減される
もちろん容易なことではない。戦いながら相手にあった強化術式を編み出して、戦闘中にそれを調整する
この技術は彼岸の『看破』と相性が良い。相手が何をしてくるかが分かるのだ、動きを読むだけではなく事前に対応策や術式を用意すれば少しは苦戦を強いられたかもしれない
実際、完璧に習得していた全盛期の天否に、模擬戦とはいえ神喜は一度も勝てたことがない
彼岸と同じ「相手の動きを読める権能」を持つ天否は何をするにも一手先を打ち、何もさせずに相手を倒していた。彼と同じレベルとは言わないが、習得できればそれなりに強くなれるだろう
彼岸もそれは分かっているのか、唇を噛み締めて「わかってます」と呟いた
そんな彼岸を横目に神喜は戦闘の準備をしていた
さっきの戦闘で切られた切り傷を塞ぎ、体を軽く伸ばす。それを見て茶髪の少女も臨戦態勢となる
「ウズウズしてるようですし、始めましょうか『最強』」
神喜は準備の仕上げとして彼岸を白い光で包み込んだ
「いいぜ~始めようじゃん」
神喜は楽しげに笑う。正直、彼岸との戦いは手加減していて結構消化不良だった
「そういえば、名前は?」
「ワールドです。どうぞよろしく」
ワールドは心ない笑顔でそう言った。そしてワールドも臨戦態勢を取る
ワールドの羽が六つに増えて、地上の全てを包み込んだ。そしてワールドは自身の権能を発動させた
羽に包まれていた空間が割れて、一瞬だけ世界が極彩色になった、と思ったら次の瞬間には辺りは一変していた
足元が砂なのは変わっていないが、星空が広がっていた夜空は、太陽が燦燦と輝く真昼に変化しており。周囲の暑さも今までとは桁違い。しまいには、地面にチラホラと溶岩がにじみ出ていた
「あなたには質では勝てません。なので量で潰すことにします」
質に拘らずにじわじわと消耗させて回避に徹する。神喜の攻略法としてはそれが一番適切な方法である
しかし、適切な方法と言うだけで勝てるほど『最強』は弱くない
神喜は後ろに振り向き彼岸が居ないことを確認する。若干感覚で察していたが、この空間が天域であることを確信する
しかし、普通の天域ではない
本来、天域は一人の精神につき原則として一つのみまでだ。例外は天使の域を超えている存在のみだけだ
だとしたら、天域に限りなく近いが天域ではない力…すなわち『結界』。しかも見た感じ、かなり高次元の権能
「『世界結界』…私の権能の名前です」
自慢気な表情でワールドはそう言った。しかしその瞳には何も宿っていない、本当はなにも思っていないのだろう
足元が暑くなり始めたため、神喜も飛行術式を使い宙へと舞い上がる。そして周囲にいくつか共感球をばらまく
互いに見つめあい、少しの間静寂が続いた。しかし、ワールドが手を動かした瞬間にその静寂は遥か彼方まで消えていった
地面の砂を溶岩が突き破り、足元は溶岩の海へと変貌する。そして吹き上がる無数の溶岩に神喜は飲み込まれてしまった
「『世界構築 溶岩海』。世界の全てがあなたの敵ですよ」
そう言ってからワールドは手を一回叩いた。すると溶岩の海から無数の魚の形をした溶岩が飛び上がり、溶岩に包まれている神喜に向かって突撃していった
溶岩に包まれているせいでワールドから神喜の様子を見ることはできない。しかし、少しはダメージになっている
その予想は大ハズレだった
「ハハハ! いいね! 暑いだけの空間じゃ楽しめそうにないと思っていたけど、ちゃんと攻撃手段も用意してんじゃん!」
そんな楽しげな声が聞こえたと思ったら、神喜を包んでいた溶岩がいくつもの光線に貫かれていく
しかし貫かれたところで溶岩の勢いは止まらない。すぐに光線で空いた穴を塞ぐ
再度、一筋の閃光が溶岩を貫いた。しかし同じように空いた穴はすぐに塞がった
このまま減らしていけば、もしかしたら勝てるかも。そんな考えがワールドの頭をよぎったが、そんな考えは神喜の声によって描き消された
「いつまで、そんな場所みてるのかな~?」
そう言った神喜の声は溶岩の中からではなく、ワールドより少し上空から聞こえてきた。ワールドが上空を見上げると、そこには白い光を纏い槍をワールドへと突き向けている神喜の姿があった
溶岩の魚達が一斉に方向転換をして神喜の方へと突撃する
神喜は白い光の球体で自身を包み込む。光の球体はいくら魚達が体当たりをしても微動だにしない
そのまま光の球体からオラクルムが放たれて、溶岩の魚達は消し炭となる
「さ~てと。そろそろ私も攻めさせてもらうぜ」
神喜は手に持っている槍をワールドに向けて投的する。しかし、槍はワールドに当たる前に溶岩の海から飛び出てきたイルカによって弾かれてしまう
「まだまだ!」
今度は無数のオラクルムを乱雑にワールドに向けて発射する。ワールドは巨大な溶岩クジラで防ごうとしたが、オラクルムは全てクジラを貫通しワールドの元に辿り着こうとしていた
ワールドは背中から数本の茶色い線を生やして羽を構成し、全速力で横に飛びオラクルムを全て回避した
しかし、そこをクジラの影に隠れて接近していた神喜に攻められた。光を集約された槍先がワールドの胸元を貫いた
「流石『最強の殺し屋』ですね」
ワールドの体は土塊へと変化して、溶岩の海に落ちていった。しかし、神喜は臨戦態勢を解かず辺りを見渡した
「さっさと出てきてよ。どうせ次も土塊だろ」
その言葉が空間に響き渡ると、溶岩の中から土塊と化したはずのワールドが逆ター○ネータをしながら現れた
「不意打ちしようとしてたのに…なんで気づいた」
「流石に気配が弱すんぎ。本体じゃないなんて簡単に気づけるよっ!」
神喜は新しく現れたワールドにオラクルムを乱雑に放つ。ワールドはさっきの失敗を繰り返さないように、溶岩を使ってオラクルムを受けようとせず、シンプルな飛行によって回避をする
そもそもオラクルムは質量を無視する光線。防ごうとするだけ無駄なのだ
ワールドとの戦いを神喜は心から楽しんでいた。しかし、消化不良が解消することはなさそうだと神喜はなんとなく感じ始めていた
どうせワールドは本気を出していない。本気の命のやり取りをしている訳ではない…
「けど! 楽しーい!」
結局、神喜からしてみたら、この戦いはどうでもいい。ならば…楽しめば勝ちということだぜ!




