その返答で未来が変わる
「王太子殿下にお尋ね致します。殿下はなにゆえ、このような場所で公女様を罪にお問いなさるのか」
その問いに、会場がシーンと静まり返る。
だってそれは、聞いた限りではウェルジー伯爵家とはなんの関わりもないことだったから。
「……そなたには関係のないことだ。答える必要はない」
「いいえ、関係致しますとも殿下」
だから王太子は返答を拒否した。
だというのに、彼は引き下がらない。
だが聡い者たちは彼の意図を素早く理解し始めていて、固唾を呑んで王太子の発言を待っている雰囲気になりつつある。
「関係ないと言っておろう!ことはそこな悪女が犯した罪の話であって、ウェルジー家には関わりのないことだ」
「殿下は」
アルフォンスと名乗った青年は、顔をしっかりと上げてまっすぐに王太子を見つめてきた。王族にまっすぐ視線を向けるなど本来ならば不敬の極みだが、その瞳は覚悟をもって敢えてその態度を取っていると、雄弁に物語っていた。
「⸺っ、貴様、不敬であろうが!」
「殿下は、罪を犯したならばこのように衆目の面前で辱めてもよいと、そう仰るのか」
不敬を咎める王太子に、それを無視する形で、アルフォンスはハッキリとそう問うた。
「………………なに?」
「ひとたび罪を得たならば、このように人前で誹り辱め、その顔と家名に泥を塗りつけてもよいと、そう仰せなのですね?」
そう真正面から問われて、ハッキリと王太子が狼狽したのが誰の目にも明らかだ。
そう。つまり王太子が今この場で行っていることは、罪を暴くことでもその断罪でもなく贖罪させることですらなく、単なる私刑である。司法にて裁きを受けさせるでもなく、内々に説き伏せて改めさせるでもなく、罪を犯したと公衆の面前で暴露することで吊し上げているだけなのだ。
そしてそれは、得た罪を悔い改めて挽回する機会も与えられぬということに他ならない。それを王太子が、あるいは王家が容認するのだという事にもなる。
「お考えをどうかお聞かせ願いたい。それは殿下の御意志か、それとも王家のご意向か」
そして重ねてそう問われ、今度こそ王太子は絶句した。
ここに来てようやく、王太子は彼が何を問うているのか、その真意に思い至った。そしてそれが絶望的な二択であることにも。
だってそうだろう。王太子自身の意向だと答えれば、自分が王位に就いた暁には罪を得た者は今回のように大々的にそれを暴かれ、このように辱めを受け挽回することも許されなくなる、と宣言したに等しいのだ。そして王家の意向だと答えたならば、今まさに罪を犯している全ての者がこのような破滅を迎えるのだと、王家がそう決めたのだと明示されたに等しくなるのだ。
人は人である以上、誰しもが過ちを犯す可能性を否定できない。なのにそれを王家が赦さぬと、見せしめにして辱めるのだと、どちらを是としてもそう答えることになってしまうのだ。
会場の誰もが王太子の返答を、固唾を呑んで待っている。もはや、罪の内容など問題ではなかった。問題なのは罪を犯した者に対する王家のスタンスなのだ。
そしてそれに気付いた王太子は、ようやく自らが何をしでかしたのか自覚するに至った。だがもはや一旦口にした言葉は戻らない。
「あ…………いや、それはだな……」
「濁さずお答え頂きたい。ご返答の如何によっては、我がウェルジー家はロベール王家にこれ以上お仕えすることは叶わなくなりますゆえ」
そう。理不尽な仕打ちをする王家に、それを耐えてまで付き従う道理などないのだ。この世界には他にも多くの国があり、土地があるのだから、叛乱を起こすとまでは行かずとも国を出ていくことは可能なのだ。
そもそも王家とは、長い歴史の中で力をつけた特定の家門が他の者の上位に立つことにより、国家を興したり既存の国家の実権をせしめたりして相対的優位を得ているに過ぎないのだ。それを支持し仕える臣下がおらねば、いかに王家とて国家を維持することは叶わない。
かつて世界の大半を支配した、かの古代帝国でさえ最後には皇帝権力が弱まり分裂して滅んだというのに、その後に興ったガリオン王国の、世界の一部だけを支配するに過ぎない王家が、永遠不滅であるはずがないのだ。
「なっ……き、貴様!我が王家に叛意を向けるというのか!?」
「無論、我が一族は大恩あるロベール王家に代々忠誠をお誓い申し上げておりますとも。しかしながら、王家の側が翻意されるのであれば、こちらからはどうにもなりませぬ」
臣下が王に、王家に忠誠を誓うのは、あくまでもそうするに足ると、それが一族への繁栄に繋がると信じるがゆえだ。その信用がなくなれば、必然的に忠誠を誓うこともなくなる。それが道理というものである。
「…………くっ」
「それで、ご返答やいかに?殿下ご自身のご意思であられるか、それとも王家のご意向であられるか」
「⸺ええい、うるさい!」
そして返答に窮した王太子は激高した。
「我が意向に異を唱えるとはなんたる不敬!断じて許さん!
そもそも貴様、たかが子息の分際で出過ぎた真似を!貴様も一族もただでは済まされぬと思え!」
「……ほう?では殿下はこのウェルジー家を取り潰されると、そう仰せか」
「それ以外にどう聞こえたのだ!貴様も貴様の父も引っ捕らえてくれる!伯爵も貴様のような愚息をこの場に呼んだこと、さぞ後悔しておろう!」
アルフォンスの近くにいた者たちだけが、敏感に悟っていた。彼のまとう空気が、いや魔力が急激に冷えたことを。
「私はともかく、亡き父を愚弄するのはおやめ頂きたい」
そしてアルフォンスが、その魔力を纏ったまま冷えた声を出す。その氷青の視線が、真っ直ぐに王太子を射抜いた。
「いかに王太子殿下と、王家といえども、そればかりは断じて許し難し。直ちに前言の撤回と謝罪を求める!」
彼を中心に魔力が渦を巻き、近くにいた貴族たちや給仕の使用人たちが慌てて離れてゆく。成り行きを見守っていた公爵家令嬢リュクレースには父のロタール公爵や寄り子の貴族たちが寄り添い下がらせ、王太子もその圧に一歩後ずさる。その腕に抱かれていた男爵家の娘アナ=マリアは小さく悲鳴を洩らして、どさくさ紛れに王太子に抱きついた。
「な…………きさ、ま……!」
「謝罪やいかに、殿下!」
かろうじて抑えてはいるが、アルフォンスの顔は怒りに歪んでいた。創建以来ずっと忠誠を誓い尽してきた王家からの仕打ちがこれならば、もはや仕える価値もないと、その怒りに染まった顔が如実に物語っていた。
「だ…………誰が、貴様なぞに……!」
しかしそれでも、王太子は謝罪に及ばなかった。だがその返答を聞いて、意外にもアルフォンスは荒ぶる魔力を鎮めてしまった。
「そうですか、謝罪はせぬと。
⸺よろしい、では我がウェルジー伯爵家はただ今より、王太子殿下の不支持を表明致しましょう」