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ブライダルプレーヤーとバーのマスターの話

作者: 大島 優

「もう今日もありえないよぅ・・・」

 そう言ってりさはカウンターに突っ伏す。よくあるドラマやなんかでは、さらさらの髪が流れて、たまたま隣に座ったイケメンがそれを優しく梳いてくれたりするのかもしれないが、今日のりさはかっちりまとめたアップスタイルなので、いくら突っ伏そうとも何も流れない。というか、実際のところ、飲食物が載ってるカウンターに突っ伏すなんて、万が一髪の毛が入ったら不衛生ではないか。ありえない。


 「まあまあ」

 カウンターの隣ではなく、向こう側に苦笑するイケメンが見える。りさが今いるバーのマスター、あきらだ。

 「毎週土曜日の夜は、りさちゃんのグチだな~。お仕事お疲れ様」

 その優しい声を耳にして、りさは、少しだけ顔を上げて、向かいのイケメンを眺める。余計なお肉が何一つついていないしゅっとした輪郭、すっと通った鼻筋、きつめの二重のくせに、笑って細くなるときだけものすごく優しい(むしろ拝みたくなる、仏系?)瞳、薄めの唇。とにかく、イケメンなのである。

 こんなにイケメンなんだから、もっと客がいてもよさそうなのに、りさ以外に他の客はいない。なぜなら、今は明け方の4時で、とっくに店は閉店している時間だからだ。

 あきらは、土曜日の夜はいつも、りさのために特別に店を開けてくれる。おかげでりさは、心置きなく日頃の仕事のグチを話すことができるのだ。


「で、今日は何があったの?」

目が合ったりさに優しく微笑みながら、あきらは聞く。


「それ聞く~?聞いてくれる~?あのね、誓いの口づけでねっ、ずーっとチューしてるの。

 いい大人がだよ。それでね、曲の尺が合わないっていうか、必死で盛り上げて、

 ほら、もう終わりだよ~終わりだよ~って促してるのに、終わらないの」

「・・・まあ、一生に一度の晴れ舞台だからね」

「でもさあ、ずっとチューしてるんだよ。舌を絡ませてね、激しいやつ。

 家族、親族、会社の人、みんな見てるんだよ。はあ。信じらんない」

「そっかそっか」


 なんの話だと思われるかもしれないから、ここで、りさの職業を明かしておくと、りさはブライダルプレーヤーである。結婚式で生演奏をするお姉さんだ。(お兄さんもたまにはいるらしいが、圧倒的に、お姉さんであることが多い。というか、りさは、自分が知っている範囲でブライダルプレーヤーのお兄さんの話を聞いたことがないし、当然会ったこともない)


あきらは、洗い終わったグラスを拭きながらだけど、りさの話を聞いてくれる。というか、そもそもの話、閉店してる時間なのにりさが来るのを待ってくれているのだ。仕事の片づけが残っているからながら作業になるのは当たり前で。


ゆうじとは全然違う。


突然出てきた名前だが、ゆうじというのは、最近、振られた彼氏のことだ。現在28歳のりさが学生時代から付き合っていた男で、

「仕事が大変だ。将来まで続けれる気がしない。りさのことを支えられる気がしない」

と言って、あっさり、自分の勤めてる会社の研究職のバリキャリにのりかえたメンタル弱めのダメ男である。


いやいや、

「俺とりさは男と女としては付き合えないけどさ、人としての付き合いは続けられるよな?」

とか言って、自分とバリキャリ新彼女との結婚式のときは割引料金での演奏を頼むよ、なんて言ってのけたんだから、メンタルは強めかもしれない。


まあとにかく、そういった事情もあって、今のりさは弱っているのだ。


結婚式は、人生の晴れ舞台ということもあって、テンション高めのお客様がほとんどである。さらにさらに、オプション料金をつけて楽器の生演奏を頼むような人は、テンション高めのお客様の中でも特に高めに保っている人たちなのだ。だから、はっちゃけてしまうのは慣れている。思い出の曲を二人でデュエットしたいなんてお客様や、新婦のためもしくは新郎のために内緒で練習しましたって曲をサプライズ披露するお客様なんて当たり前。あとは、今日みたいに、誓いの口づけがめちゃくちゃ長くなってしまうお客様なんてたくさんいるし、いつの時代のお姫様ですか?!ってびっくりするような、ものすっごいふわふわひらひら派手な衣装のお客様もしょっちゅうだし。


ゆうじに振られるまでは、そんなの全然平気だったのに。というか、むしろ、そういうのが大好きで、だからこそ、ずっと続けてこられた仕事だったのに。


最近は、仕事がつらくて仕方ない。


ゆうじと絶対結婚したい!って思ってたわけじゃないけど。でも、それでも、学生のときからずっと付き合ってきたし、いつかはそうなるのかな、なんて思ってた。


確かに、私の仕事はそんなに儲かる仕事じゃない。結婚式や披露宴の時間だけで考えるのであれば単価は高いけれど、平日にできる仕事じゃないし、一日に何本も出来る仕事じゃない。(せいぜい詰めても1日2本までだ。ナイトウェディングが入れは、3本も可能かもしれないけど、そんなことはなかなかない)ブライダルプレーヤーの仕事だけじゃ、とてもじゃないけどやっていけないから、平日は、派遣の仕事で事務仕事もしているし、平日の夜は、ラウンジプレーヤーとしていろんなお店やホテルとかで演奏していたりもする。人前で弾くために、練習だって当然しないといけない。

こうやって必死で働いているわりには、儲からない。自分ひとりであれば何とか生きていけるだろうけど、ゆうじみたいに、仕事が続けられないかも・・・って考えてる男性を支えることはできない。だから、ゆうじから、仕事がつらくて、それで、私と別れてバリキャリの女性を選ぶって言われても、何も言い返せない。


そんなことを考えていたからか、しばらく無言になっていたらしい。


「りーさちゃん?」


 あきらが、りさの顔を覗き込む。下から見上げても、やっぱりいい男だ。

 そう思いながら、りさはのろのろと顔を上げる。


「静かになっちゃったけど、もう、話し足りないことはない?」

 りさが顔を上げたのを確かめてから、再び、片付けの続きをするあきらを見る。


 やっぱりいい男だ。どう考えてももてる。見た目はいいし、性格も優しい。バーのマスターっていうのも、雇われマスターじゃなくて、ちゃんと、自分の店なのだ。


 「んー。あるような気がしてたけど、あきら君の顔見てたら、なくなった。

  やっぱ、顔がいいって、それだけでいいよね」


 そう言うと、あきらは手を止めてりさをじっと見つめる。ほら、やっぱり、正面から見てもいい男だ。ずるい。


「あはは、ありがとう。りさちゃんとの付き合いも長くなってきたから、もうおじさんだけどね」


「おじさんでもかっこいいもん。性格もいいし。ずるい。

 そんなんで、こんな遅い時間に待っててくれるし。ずるい」


「ずるいって言われても困るなー」

 そう言いながら笑うあきらが、自分のグラスを持って、カウンターのこちら側に来てくれた。りさが、隣の椅子をぽんぽんとたたくと、ひょいっと座ってくる。顔もいいくせに、脚も長い。やっぱりずるい。


 確かに、あきらとの付き合いは長い。専門学校を卒業して、ラウンジプレーヤーとして、とある店で演奏することになってしばらくの頃だったと思う。開店前なら店のピアノを練習で使っていいと許可を得てから、りさは、平日の午後は行ける日は必ずその店に行くことにした。りさの一人暮らしのアパートには小さなピアノしか置けなかったし、消音機能はあるから練習が出来るものの、やはり、グランドピアノにはかなわない。専門学校を卒業してから、練習場所の確保に困っていたりさは、店のオーナーの配慮に本当に感謝していた。


 開店前は、掃除をしたり、料理の仕込みをしたりで、なんだかんだ人がいる。みんながみんなそれぞれの仕事をする中で、りさは、一人でピアノを弾く。誰もりさを気に留めない。まあ、こんなものだろう。誰もの目を、耳を奪うような演奏をできているのであれば、りさは、こんなところでラウンジプレーヤーをやっていないだろう。少し自虐的になりながらも、練習はきっちりやる。好意で練習場所を提供いただいているのだ。きちんと仕上げなければ、ここの仕事がなくなると困る。邪魔になるような音は出したらいけないけど、1音1音正確に、ていねいに・・・。

 そんなことを考えながら弾いていて、そろそろ練習を終了する時間だと思って手を止めたところ、いつもは聞こえない拍手がした。

 思わず音がするほうを振り向いたら、そこに、イケメンなお兄さんがいた。


「すごいね~。いい演奏だね。練習もすごいね。俺がずっと後ろで視線送ってるのに。

 全然気が付かないんだもん」


 イケメン過ぎて緊張する。誰これ。開店前にいるってことは、店の関係者?


 私の頭の上の疑問符が見えてたみたいで、イケメンが自己紹介してくれた。


「こんにちは。近所でバーをオープンすることになりましたので、

 ご近所への挨拶ということでお邪魔しました。

 坪田あきらです。よかったらお店にも飲みに来てね」


 それが始まり。


 ご近所付き合いと言っていたけど、どうやら、もともとこのお店のオーナーとも知り合いみたいで、時々、開店前に私の練習するピアノを聴きに来てくれた。


 来てもらうばかりで悪いかなと思ったけど、そんなにお金も稼げてないから、あきらのバーへ飲みに行くことは出来なかった。あきらも、「飲みにきて」と言ったのは、最初に会って挨拶したあのときだけ。だから、行くこともなかったのに。


 なぜか、あきらは、私がゆうじに振られたのに気が付いた。


「りさちゃんの演奏聞けば、何かあったなんて分かるよ」

なんて言われた。プライベートで振られたとしても、仕事は仕事って割り切ってたつもりだったのに。


 その日がちょうど土曜日で、あきらのバーは日曜日が休みだから、時間なんて気にしないでいいよって、お仕事終わったらここに電話してって、名刺にプライベートの携帯番号を書き足して渡してくれた。普段の自分だったら絶対行かないのに、弱ってたのもあって、電話してしまった。

 もう看板の電気が消えたお店のドアが開いて、あきらが招き入れてくれた。

 それから、毎週土曜日は、ラウンジプレーヤーのお仕事が終わってからはあきらのバーに行く。

 最初のうちは、遠慮がちだったけど、「俺の週1の楽しみだから」と言われると、なんか、行ってもいいのかなという気持ちになって。気が付いたら、呼び方も、坪田さん、あきらさん、あきら君と変わっていって、今ではすっかり、気を許してグチ吐きの場所となってしまった。


 あきらはにこにこ聞いてくれるけど、いいのかな?

 なんだか、申し訳ない・・・


 そんなことを考えながら横を見ると、イケメンがめっちゃこっちを見てた。ガン見。目が合うと、にっと笑う。その笑った様子が、どう見ても仏様って感じの優しい顔で、この顔を見ると、どうしても、何でも吐いてしまう。グチをやめようと思っても、止まらない。普段はきりっとしたイケメンなのに、笑顔だけ仏って、本当ずるい。


「あきら君にグチばっかり言ってるなあって。やだなあって。そう思ってたの」

 だったら店に来るのやめろよ、とつっこみが入りそうだが、どうにもやめられそうにない。


「別にいいよ。りさちゃんのグチなんてかわいいもんだし。今日だって、新郎新婦のキスが激しくて長かったってだけだろ?大したことないし。俺は聞いてて面白いよ」


「うー・・・そう言ってもらえてもなあ・・・なんていうか・・・自分の中で

 申し訳ないというか、なんというか・・・」


 一人うだうだしていると、あきらの視線を横に感じる。その視線のしつこさに、たまらず横を向くと、めちゃくちゃ近くに肌色が迫ってた。


「・・・え?」


 何。今の感触。ひんやりしてて、柔らかくて。


「いやー、申し訳ないっていうなら、これくらいもらってもいいかなって」


そう言って、グラスに口をつける横のイケメン。


 もしかして、今、キス・・・された?え?なんで?


 意味が分からない。


「・・・私、あきら君を養えないよ?給料安いし・・・」


 傾けかけたグラスが、途中で止まる。


「・・・何の話?」


「だから、私、あきら君にキスされても、養えないよ。

養えないような私なんて、付き合えってもらえないし・・・。

 ブライダルプレーヤーやってるくらいだから、これでも結婚願望あって、

 だから、遊びでキスされるのは嫌だ・・・」


 話しているうちに、みるみる涙がにじんでくる。

 そんな様子のりさを見て、あきらが慌ててグラスを置いて、りさの両肩を掴む。


「いや、りさちゃん。俺、遊びとかじゃないよ。

 そりゃ、チャンスを狙ってたっていうのはあるけど・・・。

 俺、養ってもらわなくても大丈夫だよ。自営業だから不安定だけど、

 それなりには稼いでるし・・・。万が一この店で稼げなくなったとしても、

 りさちゃんの元カレみたいなことはしないからね?!」


え。なんか、いきなり爆弾落としてきたイケメン。何それ。

あまりのことに、りさは話についてこれない。


「俺、けっこう前から、りさちゃんのこといいなと思ってたよ。

 いつも真剣に練習していて、いいなあと思って見てたんだよ。

 俺のこと全然意識してないの分かってたし、俺も店のこととかって余裕なかったから

 今まで何もしてこなかったけど。

 でも、最近やっと店も落ち着いてきて、そんなときに、

 りさちゃんが彼氏と別れたって知って、チャンスだと思って・・・」


 びっくりし過ぎて、りさは何も言えない。

 でも、確かに、いつもいつも、定休日前とはいえ、毎週、閉店後にりさだけを待って話を聞いてくれていたのだ。いくら店の片づけついでとはいえ、下心無しではありえない。


「で、ごめん。チャンスだと思ってキスしちゃったわけだけど・・・

 りさちゃん、俺のことを少しは意識してくれないかな?」


 恐る恐るという感じで、イケメンが見てくる。

 驚きはしたけど、断る理由なんてない。


 ********************************


 次の日の日曜日。りさは、午後からブライダルプレーヤーとしての仕事が入っていた。演奏ではなく、客との打ち合わせだけだが。バーからすぐ近くのあきらの部屋からいったん自分の部屋に戻って、急いで着替えて打ち合わせに向かう。


「ふふっ。すみません、私たち、手を離せないから、リクエストシートに記入が出来なくて」


 そう言って、新郎の左手と新婦の右手が、固く握られた手を掲げる。

 普段であれば、何言ってんだおまえら・・・と心の中で突っ込みを入れるところだったが、昨晩散々愛を囁かれたりさの心はそんなに動揺しなかった。何しろ、自分の右手も、一晩中(というかほぼ朝から午前中いっぱいと言うべきか)、あきらに握られていたのだから。


 流されてしまった感はあるが、ずっと自分を見守ってくれた人に捕まったのだ。これからは、幸せになれそうな予感がしている。







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