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異世界古書店は命懸けです  作者: つむぎ舞
第一部 ユキ覚醒編
9/399

初出勤は泊まりがけ

「おはようございます、ユキ様」

 ベッドから起き上がると、すぐ横に執事のユークさんが立っていた。

 ドアには鍵を掛けたよね。何で居るの?

「何度ノックしてもお返事がありませんでしたので」

 返事がなかったので?

「壁をすり抜けて入らせて頂きました」

 部屋に溢れる日の光を浴びながらも平然としている執事のユークさん。大丈夫なのかと尋ねたら「他の使用人達とは鍛え方が違いますから」と白い歯を見せて笑っていた。

 この屋敷で昼間も動けるのは、執事のユークさんと料理人のマローさんの二人に、番犬として飼っている三匹のダイアウルフぐらいらしい。

 これまでは夜にだけ仕事をしていればよかった為、特に明るい内から起きる必要が無かったが、私が屋敷に来たことで、ユークさんとマローさんの二人だけは朝から起きて働いていると告げられた。

 ただ、今日は準備した朝食が無駄になったと、マローさんは再び地下で眠りについているという。ん?

「ユークさん、今何時でしょうか?」

「もうすぐお昼の鐘が鳴る頃かと」

「ええええええっ。寝過ごした。出勤初日から遅刻とか無いわ~。とりあえずベルガーナさんに謝らないと」

 慌てて部屋を出ようとする私の腕をユークさんに掴まれた。

「ベルガーナ様でしたら今日は商人組合の会合へご出席される為、朝の鐘でお目覚めになられて出かけられました」

「余計にまずいわ。すぐ出勤しないと」

「その事でベルガーナ様より伝言がございます。本店には今日中に顔を出して頂ければ良いという事で、今日は身の回りの必需品を揃えておくようにとの事でございます」

 ユークさんはそう言って、金貨を二枚私に渡してくれた。

 えっ何、今日中に行けばいいの?何かのんびりとした職場環境だなあ。


 玄関でユークさんに見送られていざ出発。三匹のダイアウルフも怖い生き物かと思ったら伏せの姿勢で尻尾まで振ってるし、かわいいじゃない。

 屋敷の門まではこの三匹がお見送り、お前達に名前はあるのかな?

 街までの坂道を下っていく。軽い。走ってみて分かったけれど、体が軽い。

 ちょっと買い物に行くにも自動車を使って出かけていてあまり気づかなかったけれど、前世の私の体は少しづつ老いていたんだね。

 思い出したよ。この感じは十代の私の体の感覚、どこまでも無限に走っていけそうな、そんな疲れを知らない若々しい体だ。

 下り坂の勢いを利用して幅跳びの様にジャンプしてみたり、軽快に左右にステップしてからのおもむろにダッシュ。楽しい、あはははは。


 本店に先に行ってしまうと私の性格からして仕事漬けになりそうなので、まずは幾つかの必需品を揃えよう。金貨二枚を手に握りしめたままってのは怖いから、財布と鞄ぐらいは欲しいよね。

 良い物を買った方がいいんだろうけれど、まだ商品の相場が分からないのでとりあえずは安く済ませる事にしようと思う。

 冒険者が使う様なしっかりした物はいらないので、庶民の日用品が売られている中央広場周辺へそのまま向かう。本店も近いしね。

 買ったよ。古着を二着、下着を四着、肩掛けの布鞄と財布用の布袋の大小を一つづつ。

 久しぶりの買い物だったから、同じ店を何度も行き来して思いっきり楽しんじゃった。女の買い物を舐めるんじゃないよ。

 でも全部の店に共通して言える事だけどさ、看板に商会の名前しか書いて無くて何の店か初めての私には分からなかったよ。

 商会の名前を掲げる事が商品の信頼を担保しているんだろうけれど、不便だわ。

 さすがにそろそろ本店に行かないと日が暮れちゃう。


 中央広場の大通りから一本奥に入った通りの…あ、ここかな?

 ホワイト商会の看板を掲げたかなり大きな三階建ての建物。王都本店は過去の異世界召喚者の残した記憶を記した書を元に忠実に古本屋を再現してあるってベルガーナさんが言っていたけれども…。

「ごめんくださ~い」

 薄暗い店舗の扉を恐る恐る開けてみる。室内の壁一面にはぎっしりと本が詰まっていて、床にも未整理の本がうず高く積まれている。

 いつから未整理のままなのか、積まれた本は皆埃まみれだ。

 入口すぐ横には一段高くなった台の様なスペースがあり、そこには気難しそうな親父が一人キセルを吹かしながら座っていた。

「昭和かよ!」

 思わずユキは見えない何かにツッコミを入れた。

 これはどう見ても昭和かそれ以前の時代の日本の古本屋にそっくりの店舗だ。

 積まれた本の間にできているかろうじて人一人が通れる細い通路を歩いて、唯一の店員らしき親父さんにユキは挨拶をした。

「聞いてるよ。本を汚したり傷つけたりしなけりゃ、あとは好きにしなよ」

 好きにしろって言われても、一体何から手をつけようか。とりあえず、この店舗の造りを理解しよう。

 そう決めて、ユキは本の海の中を進みはじめた。

 本店の建物は実際には地下一階地上三階の建物だった。この世界では使用人は地下に、地位のある者は上階に部屋を持つと言われるが、どこも本だらけで足の踏み場が無い。


 そしてユキが一番気になったのが、この世界の一般的なトイレ事情。店舗一階に一つだけあるトイレの扉を開けて、ユキは苦虫を噛みつぶした様な表情をした。

「やっぱりこれか」

 床に穴を開けたいわゆるぼっちゃん式トイレ、前世日本のトイレと少し違うのは下を下水道が流れていて、排泄物が水で流されていくこと。古代ローマ式に近いのかもしれない。

 問題は用を足した後のお尻拭きだ。本があるから紙は普及しているみたいだけれど、トイレットペーパー的なものは無く、葉っぱか木の棒の先に付け綿や布でお尻を拭い、使用済みのものは桶に汲まれた水の中に突っ込んで濯ぐ感じだ。

 貴族に至っては使用人にお尻拭き係なるものが存在していて、布で丁寧に拭いてもらっていたっていうじゃない。

 こんな遅れたトイレ事情を現代日本人的感覚を持ったままの私が許容できる筈が無い。

 古いトイレが嫌で田舎帰りを嫌がる現代の子供達の気持ちが今更ながらによく分かる。

 まあ、アンデッドはトイレいらないんだけどね。ほんと不思議だよアンデッド。


 そうこうしているうちに夜の鐘が鳴った。

 親父さんがむくりと立ち上がり、帰宅するからと私に鍵束を渡して店を出て行こうとする。

「あの、私は何をしたらいいんでしょうか?」

「さあな、儂はあんたがここの新しい責任者だって聞いてるぞ。だからあんたの好きにやればいいんじゃないかな」

 責任者?普通の店員じゃないの?

「嬢ちゃん、もういいかな?」

「あ、すみません。あと歴史書ってどこにありますかね?」

「歴史といってもいろいろあるさ、どの時代のが欲しい?」

「できればこの国が出来た頃のものが…」

「ははん、それなら二階の奥から三番目の棚の二列目に二冊、すぐ真下の床の束の中に一冊あったと思う」

「覚えてるんですか?ここの在庫を」

「ああ、そのぐらいしかやる事が無くてね」

 お辞儀をしてお礼を言うと、親父さんは片手を上げ応えてから店を出て行った。

 親父さんの名前、聞き忘れたわ。

 責任者なんて言われたけれど、勘違いという事もある。もしそうだとしてもまずは今のままの形で利益が出ているのであれば、私が勝手な想いでそれをいじってしまうのは良くない。

 まずは、店舗の経営状況を確認してからの事だね。


 今日はここまでと区切り、ユキは店舗二階へと上がり、親父さんの言った通りの場所から歴史書を取り出した。

 ページをめくりながら沈みかけの夕日の差し込む窓際で本の海の中に座り込む。久々の読者の様な気がする。いつの間にかユキは活字に没頭していた。

「ユキ様」

「ひいっ」

 執事のユークさんが天井から逆さにぶらさがっていた。心臓に悪いです。

「お帰りが遅いので、様子を見に参りました。今日はこちらにお泊まりですか?」

「え、もうそんな時間?こんなに明るいのに」

「今ユキ様は暗視の力が働いているのでしょう。一度目を閉じて気持ちを落ち着かせてください。それで元に戻ると思います」

 言われた通りに目を閉じて深呼吸、再び目を開けると周囲は真っ暗で手元さえ全く見えない闇の中にいた。

「暗闇の中で見ようと集中すると暗視が働きます。しかし人前でそれをする事はお勧め出来ません。このように」

 ユークさんの目が赤く変色して輝いている。確かにこれは不気味だ。人に紛れて生活するのなら気をつけないといけないね。そして明かされる私の秘めた能力。

「それで今宵はどのように致しますか?」

「今読んでる本がいいところだから、今日はここに泊まる事にするよ。明日はベルガーナさんに聞きたいことが色々出来たから、朝には屋敷に戻ろうと思います」

 ユークさんは私に一礼すると、壁を通り抜けてバサバサという羽音を響かせながら消えていった。

 ユキは真っ暗なフロアを見渡し、今から明かりを探すのは不可能と判断し、その場に腰を下ろして暗視をオンにした。

 手にした読みかけの歴史書を再び読み進める。


 かつてこの大陸の南には北のロムスガルヒ帝国に匹敵する大国フリージア王国が存在し、五百年程前に、この王国に四人の冒険者パーティが新星の如く現れた。

 戦士カリート、双剣士ピヌス、弓神官ウィステリア、僧侶ビオラと名乗るその冒険者達の出自は不明であり、一説には北の帝国が対魔国戦争の為に異世界より召喚した勇者達であったとも言われている。

 彼等は数十日にも及ぶ探索の末、フリージア王国西部の深淵の迷宮と呼ばれしダンジョンを見事攻略し、その功績により戦士カリートは男爵位を得て騎士へと任じられ、深淵の迷宮一帯を領土として与えられた。

 カリート男爵は自身の仲間と行動を共にしていた一人の少女を深淵の迷宮の管理者に据え、以降この二人の働きによって、カリート男爵領は大きく発展をとげる事になる。

 カリート男爵はその後も功を重ねて昇爵するが、カリート侯爵二世の治世、フリージア王国の王都クリスタが突然の帝国の侵攻により一夜にして陥落、フリージア王家の断絶をもって王国は滅亡した。

 この戦いが如何なるものであったのかの詳細な記録は無く、禁忌魔法を用いた大量虐殺であったいうのが歴史学者の間では現在通説となっている。

 王都クリスタは人々の屍を求めて集まった魔物の巣窟となり、再建される事無く今も深い森の中に廃墟として存在する。

 フリージア王国の滅亡により、王家に属した地方領は周辺領を統合してそれぞれが独立し、カリート、サフィオ、ガーネツ、パドールの四つの小王国が誕生した。

 王国歴元年、カリート二世は新王都を父王カリート一世の世界での言葉、始まりの地を意味するゼロと名付け、カリート王国の建国を宣言したのである。


 ユキは一つ大きなため息をつき、手にした歴史書を閉じた。

 目を閉じて暗視を解き、店舗二階の窓を開けると、くすんだ街の匂いを乗せた風がゆっくりと吹き込んでくる。

「異世界召喚された人達の子孫によって建国された国かあ。それにここに出てくる深淵の迷宮の管理者って若き日のラヴィオラ様のことだよね」

 自分がいる国がそうやって出来た国だと思うと、何か感慨深いものがある。

 何百年も前にこの地を駆けた異世界召喚者達の姿に想いを馳せながら、自分もこの世界でしっかりと生きて行こうと決意を新たにする。

 街の中央広場の鐘楼の鐘が朝の訪れを告げる。新しい一日の始まりだった。


  

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