南部開拓村視察に向けて
ロムスガルヒ帝国だっけ、大陸南部の人々はこの国家を憎しみや侮蔑の意味を込めてただ『帝国』と呼ぶ。
帝国から来た『友好使節団』のその後の動きを、獣人組やベルガーナさんが早速調べてくれていた。
案の定彼等は教会へと人を送り何やら密会をしているみたいだし、冒険者ギルド、商業ギルド、魔術師ギルド、おそらくは盗賊ギルドにまで手を回して黒きドラゴンについて聞き回っているみたいで、謎のアンデッドの一団についても探っているって聞いた。
彼等は南部国家を『友好使節団』の名目で訪れて、私達深淵の迷宮の事を探っているという訳で、はなから外交交渉などする気が無いって事だね。
でも公にはラヴィオラ様は既に故人という事になっているので、親派の貴族達を当たっても未だ深淵の迷宮との関係性は掴めていないみたい。
カリート王国側の使節団への対応は、結局厳しいものにはならず、冒険者ギルドにドラゴンの巣の捜索依頼を出し、それが発見され次第帝国側に情報を伝えるという事と、大規模転移魔法陣工作の一軒を詰問しない代わりに、暗黙の抗議の意味を込めていくつかの帝国からの産物を禁輸指定することで落ち着いた様だった。
それとは別に、私の周辺では困ったことが起きている。
怪しげな連中が古本屋ラビットの周囲をうろついたり、非公式ではあるものの、貴族家から直接私の事をラブリュス公爵令嬢かと問い質す使者まで来る様になってしまった。
非公式ってのはつまり小声で「お話が…」とか言われて尋ねられるとかだね。
ユキという名前はどうやら王都で私だけみたいだし、丘の上の屋敷に住んでるしと貴族関係者を疑われる要素は満載だ。
最初は言葉を濁して誤魔化していたけれど、それじゃ収まらない。
ベルガーナさん達と協議の上、勘当された元ラブリュス公爵令嬢がお店の店主をやっているという設定に切り替えて、尋ねられた際には『勘当されて』を強調して伝えると、相手も非礼を詫びて恐縮して去って行くようになった。
それでも相変わらず貴族連中の間では、ラブリュス家人探しは行われている様で、私がその関係者と接触するのではと見張っている連中は相変わらずいるんだよね。
いずれ一言「うざい」って言ってやりたい。
ホワイトさんから提案のあった南部開拓村視察について、私は結構のんびり構えていたんだけれど、どうもそうはいかないらしい。
要はお店の場所取り合戦だ。
開拓村のお役所は各商家の出店は公平にと謳ってはいるんだけれど、やはり早期に開店させ村に貢献してくれる商家を優先するのは目に見えている。
だから早く行って商売に向く良い立地を抑えないといけないみたい。
それで往復十日、現地滞在日数五日間の十五日間の旅の日程を組んだんだけれど、出かける前にいろいろやっておかねばならない事がある。
その一つが古本屋ラビットの昇進人事。
今日はお昼にお店を一時閉めて近所の食堂へと従業員全員で赴き、古本屋ラビットの昇進人事の発表とささやかなお祝いをする事にした。
「「おめでとう」」
ナタリアさんとフラムさんの昇進人事の発表と共に、新しい上等な制服と各主任部屋の鍵の授与を行うと、ナギ、フユ、ミールちゃんの三人が祝福の声を上げる。
トゥーバイさんはいつも通り無愛想なんだけれど、この親父、なんと二人に昇進祝いだって革靴をそれぞれ二足プレゼントしたんだよ。
一つは仕事用の普通の靴で、もう一足は外出用のブーツタイプ。
しかもこれがラビットの制服に良く合うんだ。一般庶民は皆木靴履いてるからね。当然二人ともこれには大喜び。
このイケメン親父め。
ささやかな食事会を終えてお店に戻ってから、ナタリアさんに個室の方で警備の子猫族達を引き合わせたよ。
「こっちの茶色いのがモンスケで、この白い女の子がルシア。他にもいるんだけれど、この二人が常時お店と勤務中の皆さんの警護を担当しています」
「まあ、そうだったんですね。可愛らしい猫がいつもいるなって思ってはいたんですけれど、そうですか。いつも有り難うございます」
ナタリアさんが恐縮して頭を下げるもんだから、二人とも照れちゃって。
「何かお店で緊急の用件が出来た場合には、彼等に伝えてください。それで私の元まで知らせが届くので。もし私が遠隔地の場合には、私の屋敷の者が来て対処してくれます」
「わかりました。てんちょう」
「無理はせずに徐々に慣れていきましょう」
次に私が向かうのは商業ギルド。
新規出店となるとそろそろ新人の募集をかけないといけない。特に店長候補となる人材をね。
できれば防犯的な面を考えて、男性従業員が欲しいんだけれど、ギルドでの説明を聞く限りは中々厳しそうだ。
給与面は問題ないんだけれど、職人気質なものほど『ザ・男の仕事』ってなイメージが定着していて、ホワイト商会の様な大店からお店に人を派遣することはあっても、男の仕事認知ランクが低めな店子となると、直接雇用で男性従業員を集めるのは難しいみたい。
望みを託して公募掲示をお願いしての帰り道、うちの破壊天使ユリがぶっ壊した中央広場の再建現場の側の露天で買い物している『月の牙』の冒険者達がいた。
「ユキさん。久しぶりです」
兎人族のルル・ルンさんとその場で少しばかり話したよ。
高ランク冒険者達がこぞって南部開拓村事業に関わる魔物討伐に向かう中で、彼等のグループは王都に残って地道に冒険者ランクを上げるつもりらしい。
なんでも南部の魔物はかなり強いらしく、自分達では少し荷が重いと判断したからだそうだ。
「魔女の塔までの魔物は弱いのですが、開拓村の南は敵対的な巨人族なんかもいるみたいで、ちょっと私達では…」
「そうなんだ。じゃあ私が開拓村視察に行く際の護衛依頼は別な冒険者に頼も…」
途中で言葉が遮られて、ルルさんにガシって手を握られた。
「行きます。絶対に行きますからね。誰も反対しないから大丈夫です」
フンスって鼻息荒いよルルさん。嬉しいけどさ。
「あははは、そりゃ当然だよユキ。王都随一のホワイト商会の人間の依頼を何度も成功させたってなると、冒険者としての信頼度は爆上がりで食うに困らないぐらい仕事が増えるからね。ユキは冒険者達にとってはこの上ない上客なのさ」
「なるほど」
屋敷に戻って報告したら、またベルガーナさんに笑われた。
「ユキ様、古本屋ラビットから、ご指定の本をお持ちしました。一応ご確認を」
リッチのコイワイがお店からこっそり運んできてくれた本を確認する。
トゥーバイさんに以前から頼んでおいたこの世界の知識がわかりやすく学べる教材の選定が終わったみたいで、地下倉庫の方に本がいくつか積んであったんだよ。
地理と歴史、文化が殆どなんだけれど、私の希望通り出来るだけ絵が多いものを選んでくれている。
これと私が選んだ絵本とを合わせて四十冊近くの本を『オリザの農場』のエルフ達に届けようと思っているんだけれど、とても一人で運べる重さじゃ無かったから、リッチのコイワイに運び出しをお願いしたんだよね。
「ユリが消えたけれど、リンちゃんの方はあれで大丈夫だった?」
「はい、ラビットちゃんぬいぐるみ小で満足頂けているご様子」
「私が南部に出かけるまでに、彼女を深淵の迷宮に連れて行く事になるので、そのつもりでいてください」
「承知しました。ユキ様」
「それでですねベルガーナさん。南部開拓村への視察なんですけれど、南は魔物が強くなるって聞いたんですが、連れて行く適正な戦力ってどのくらいですかね?」
「適正な戦力?」
「ちょっと最近警護を甘く見て首落とされたり、過剰戦力だったりと戦闘系の判断がいいところ無しなんですよね」
「そうだねえ。開拓村までなら獣人組と『月の牙』で問題はないと思うけれど、リザードマンの集落や南の森まで足を伸ばすとなると、最低でもBランク冒険者クラスでないとね」
「じゃあ開拓村までしか行く気は無いんで、『月の牙』とアリ、シルベラ」で大丈夫ですね」
「そんな事言って、また何かに巻き込まれるんだろ?」
「止めてくださいよ。変なフラグ立っちゃう」
「よし、じゃあ私が付いて行ってやるよ」
「え~コホン」
私達の会話を静かに聞いていた執事のユークさんが咳払いすると、ベルガーナさんの肩がビクッってなった。ん、これは…。
「ベルガーナ様、ナガレン様より申しつけられている帝国使節団の監視と教会の後始末の任を放棄なさるおつもりですか?」
「いやあ。ユキの護衛の方が大事かな…なんて…」
この女、私をダシにして仕事サボるつもりだったな。
「メイドは夜しか動けませんので、日中は私とベルガーナ様とで分担しませんと」
「そこは獣人組に代わってもらえば…」
窓の外で、アリとシルベラが手を×にクロスさせて目一杯のダメだしアピール。
「う~ん心許ないな。今回は書籍管理区画のアンデッドは連れて行けないし」
ノックも無しにドンと執務室のドアを開け、勢いよく入って来たのはマローさん。私用の食事片手にご登場だ。
「ユキ様の護衛、このマローが引き受けましょう」
「本気かマロー?」
「本気ですとも。このマロー、諜報活動は苦手でも、戦闘だけなら例え巨人族にも引けはとりませんぞ。ユキ様、是非このマローをお使いください。それに…」
マローさんが逞しい力コブをぐっと出しながら私にウインクしてアピール。
「私を伴えば、旅の間美味しい食事の提供が可能です」
「マロー採用!」
思わず口にしたよ。マローさんのプレゼン力の勝利だね。




