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異世界古書店は命懸けです  作者: つむぎ舞
第五部 星屑の鎮魂歌編
384/424

苦々しい帰還

「もう、結局はぐれちゃったよ。どうやったらこの船から出られるのかね?」


 ユキは先導してくれるはずの兵士とはぐれ、途中負傷者の搬送手伝いもさせられ、結局今自分が何処にいるのかも分からないまま完全に迷子になっていた。

 ユキが迷い込んだのは艦内の士官用の居住エリア。前方に人の気配を感じて歩を緩めると、ある一室から通路に出て来た凶悪そうな面構えの男達三人と丁度出くわしてしまう。彼等が手にしているのは高級そうな時計に金品らしき物。


「あの中尉殿、結構貯め込んでたぜ。この騒ぎに乗じてさっさとずらかろうぜ」

「現地民の女の一人や二人襲ったぐらいで営倉入りとはね。まあ、このゴタゴタで逃げ出せたんだ。俺達にも運が回ってきたって事だろ」

「開拓時代程度の文明だ。幸い言葉も通じるし、このレーザーライフルにブラスターがありゃ無双出来るだろ。どっかの街に逃げ込んで後はよろしくやろうぜ」


(何だ? 軍規違反者がこの墜落の騒ぎで逃げ出したのか。関わらない方がいいな)

 そう思い、ゆっくりと通路を後退し始めたが、彼等の視線がこっちを向いた。


「おい、士官だ。見られたぞ、殺せ」

 そんな男達の声に慌てて逃げ出すユキ。目の前のT字路を右に折れて射線を躱す。必死に逃げるユキを捕捉した男の一人が「少尉殿!」と呼びかけブラスターを発射、レーザーは一条の棒となってユキの左(もも)を貫通した。ユキはよろめき壁に背をつけそのままズリ落ちていく。


「殺した。殺したぞ」

「もういい急げ、逃げるぞ」


 男達の遠ざかる声を聞きながらユキはその場で片膝をついた姿勢でうずくまる。

 首に巻いたスカーフで傷口を縛り、立ち上がろうとしたが痛みが酷くて上手く歩けそうにない。しばし我慢して傷の再生を待つ事にした。既にベレーで隠した頭の欠損部分と制服で隠した腹に空いた大穴は塞がりかけている。

 ふいにユキはこのまま皆の元には戻れないんじゃないか。そんな不安に駆られる。もし戻れなかったら…、

「ごめんカキザキ、ごめんユリーシャ、ごめん、みんな…」

 ユキは両目を閉じた。


 急停止したカキザキは人血で塗装された黒の剣を鞘に収め周囲を見回した。T字路の通路。正面に人影はない。左に折れた先に人影は…ある。立ってはおらず、戦闘態勢もとっていない。壁を背にして座り込み、片足を伸ばし片膝を立てており、ややうなだれている様に見えた。

 顔が見えないのはベレー帽を被り、そこからはみ出た黒髪が顔を隠しているからだった。


「ユキ様…、ユキ様あああああ」


 カキザキは艦の外壁をドンガンと思いっきり蹴っ飛ばして激しい音を立てると、その音を拾ったフェンリル王がユリーシャ・ノーザンライトをその場へと運び、彼女は手にした魔剣で駆逐艦ヘンシルの分厚い甲版を難なく斬り取り進入口を作り出すと、単身艦内へと乗り込みカキザキ達突入組に合流した。

 通路の先で秘技『死んだフリ』を決め込むユキにユリーシャが語りかける。


「ユキ、お前。ヤン・〇ェンリーみたいになってるぞ…」  

「…てへっ」


 立ち上がったユキにカキザキが、途中ユキの匂いに釣られて立ち寄った保安部の詰め所で手に入れたユキのカバンとナイフを差し出した。

 ユキは軍服のベルトに鞘を通してナイフを装着。床に落としたブラスターを肩に掛けたカバンに仕舞い込むとユリーシャの小脇に抱えられて駆逐艦ヘンシルの外壁で待つフェンリル王の背に乗った。


「さあ、帰ろうユキ」

「うん」


 ユリーシャ・ノーザンライトが近衛騎士達に撤退を告げる。ユキ達に続いてカキザキと突入部隊が翼を広げてヘンシルの外へと飛び出し、それを確認した退路確保組も後退を始めた。

 船体から飛び降り地に足を着けたファンリル王が空を見上げる。

 二機のドールに守られながら大空から降下してくるのは救援要請を受けて駆けつけて来た駆逐艦ダリオンである。

 撤退中のドワーフ皇国軍とロムスガルヒ帝国軍に砲火が向かないように、ユリーシャ・ノーザンライトはユキをダイダロスの元まで送ると、その場で整列する『不死の戦士達(エインヘリャル)』に新たに現われた巨大な鉄の船の注意を引きつけるべく墜落した鉄の船への攻撃を命じた。


「ユキ、お前はドワーフ皇国に戻り軍の再編とアレに対する方法の検討を」

「ユリーシャは?」

「私はアールグレイと今後について話して来る。ドワーフ皇国でまた会おう」


 東へ駆けるフェンリル王とユリーシャ、南へと駆けるダイダロスとユキ。カキザキと近衛騎士は新たに現われた緑の鉄巨人の注意を引くべくしばらくその場に留まり戦闘を継続。

 戦う彼等の姿を見てユキはダイダロスをその場に止め『放電』を発動。身体強化の光をその体に纏う。

(もしかしたら、もう一発殴ってあれも沈められるんじゃないか?)

 そんな気持ちが突然湧いてきたのだ。

「ダイダロス。私が合図したらもう一回あそこに私を放り投げてくれるかな?」

 ダイダロスは気が進まない様子だったが、ユキが拝み倒すとそれを渋々了承し頭を丸めて指示を待つ。

強敵の連撃(ベスティエクステンド)


 それを発動しようと試みたがそれを拒否するブービー音とメッセージがユキの脳内に流れた。


『暗黒神ククルビタへの祈祷ポイントが枯渇しています。崇めなさい、祈りなさい。盛大に祀りなさい』


(なっこの必殺技ってポイントチャージ制なの? 聞いてないよ~。あの警報ってそれを告げる警告だったって事なのか…、技が発動出来なきゃどうにもならない。ここは諦めて帰還しよう)


 そしてユキは再びダイダロスを走らせる。ユキとユリーシャの二人が戦場から見えなくなると、カキザキと近衛騎士達もその場から撤退していく。

 その眼下では、襲いかかる四千の『死せる戦士達』から駆逐艦ヘンシルを救うべく駆逐艦ダリオンが砲火を浴びせ続けていた。


          *          *


 ユキ達が去った後、約二時間にもおよぶ戦闘を繰り広げた駆逐艦ダリオンと駆逐艦ヘンシルを最後の砦として抵抗するアラハ王国軍の兵士達。『死せる戦士達』をその主砲で蒸発させ、ドールによるビームマシンガンの応射でなぎ倒し、ヘンシルに侵入して来たものをレーザーライフルで穴だらけになるまで撃ちまくった。

 倒れても倒れても起き上がってくる『死せる戦士達』の攻撃にアラハ王国軍の兵士達は必死の抵抗を示して遂には彼等の殲滅に成功する。


 全ての脅威の排除を確認すると駆逐艦ダリオンは地表に降下。

 艦長パーマストン大尉はまず駆逐艦ヘンシル乗員の生存者の救助及び死者の収容作業を命じ、それが完了し次第ヘンシルのミサイルや残された物資などの回収作業に取りかかると告げた。

 駆逐艦ヘンシルの生存者は乗員四百名の約三分の一、艦長のコルベール大尉以下多くの者がその命を散らしたのである。

 ヘンシル生存者の救助及び遺体の収容は日が落ちても継続され、付近一帯は煌々としたライトの明かりで照らされた。

 しかし彼等はこの惑星の生物、とりわけ魔物に対する知識は皆無であった。

 上級吸血鬼に血を吸われて死亡した者は放置すれば下級吸血鬼として蘇る。駆逐艦ダリオン内部の仮設の遺体安置所で蘇った三匹の下級吸血鬼は血の乾きに狂い、ダリオン乗員を無差別に襲ったのである。

 警報鳴り響くダリオン艦内は被害区画の隔壁を降ろして閉鎖し、中に取り残された乗員達が犠牲になる間に何とか体勢を立て直し、重武装の保安部隊が突入し全ての吸血鬼を排除。炎を吹き上げて絶命する吸血鬼達の姿にアラハ王国軍の兵士達は恐怖した。


 だが惨劇は更に続く。

 下級吸血鬼に血を吸われて死んだ者は放置するとグールとなって蘇る。数十匹の蘇ったグール達は遺体安置所の兵士の死体を貪り食い。再び保安部隊との激しい戦闘を繰り広げたのである。

 駆逐艦ダリオンの艦内は度重なる戦闘によって地獄絵図と化しており、艦長のパーマストン大尉は収容した遺体全ての放棄を決定。その後、ヘンシルの物資回収を諦め本隊へと帰還するべく宇宙空間へと移動した。


 通信プローブを介してのパーマストン大尉の一報はアラハ王国軍首脳部を驚愕させるに十分であった。

 駆逐艦ヘンシルの撃沈、そしてその後に起きた駆逐艦ダリオンでの現住生物による二次三次被害の発生。彼等の歴史に於いて開拓時代とされる遅れた文明と同等の文明しかないと侮っていたこの惑星の戦闘で宇宙戦闘艦一隻が撃沈されるというあり得ない状況、そして魔物に対する知識不足が生んだ悲劇は彼等の認識を改め慎重な行動と更なる情報収集の必要性をその脳裏に刻みつけたのである。

 


 地上では撤退した神聖タミナス軍もその夜、ドワーフ皇国軍のアンデッドであるデススリーサウザンドスペクター百人からなる軍に夜襲を仕掛けられ、生き残った神聖騎士団と行動を共にした指揮官オラン率いる一千の部隊以外は為す術無く潰滅し、彼等だけが無事に神聖タミナス領に帰還するという大損害を被ったのである。

 しかしドワーフ皇国軍、ロムスガルヒ帝国軍も投入兵力の約半数を失うという損害を受けており、キャトリエ廃墟の戦いはどの陣営にとっても手痛い損害を出しただけの苦い戦いとなった。

 だが、この戦いによって神聖タミナス軍は再軍備の必要に迫られ、アラハ王国軍艦隊の慎重論の高まりはドワーフ皇国及びロムスガルヒ帝国に次の侵攻に対する大きな準備期間を与える事には貢献したのである。

お盆時期は家の行事で出入りが激しく次回更新は遅れるかも知れません。

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