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異世界古書店は命懸けです  作者: つむぎ舞
第四部 その後の世界
319/424

古の転生者現る(歴史ねつ造編②)

 私達の座る円卓の中心に置かれた巨大水晶の中に映る人影。

 この巨大水晶には一度に十人ぐらいまでの映像を映し出すことが出来るが、勇美ゆうび国にはそれ程沢山の水晶球が無いのか、映し出されているのは一人の黒人の姿だけ。

 反対に向こう側の巨大水晶にはこちらの全員の姿が映ってるんじゃ無いかな。

 まあ、一度に沢山起動するとそれだけ膨大な魔力を消費するから、節約してるのかも知れない。これはドワーフ皇国と勇美ゆうび国との国力の圧倒的な差ってやつだろう。

 そもそもなぜこのリモート会談が行われているかというと二つの理由がある。

 一つは大陸北部国家発行の書籍を大陸南部地域で売る際にはドワーフ皇国かカリート王国の『出版物検定委員会』の承認を得なければならないからであり、二つ目の理由は今回刊行される浪漫画『怪盗の誉れ(シーフクリード)』はその物語の舞台がドワーフ皇国であるからである。


 巨大水晶に映る黒人男性が自己紹介を始め、それに続いてこちら側の全員が自己紹介する。

「私が勇美ゆうび国国営出版総責任者エルヴィスです」

「私が皇帝ユウキの代理人のスムージーです」

(以下全員分は省略)


 エルヴィス氏が述べる。 

「まず我々はこの『怪盗の誉れ』を刊行するにあたり、四年という長期間を掛けてその制作に取り組みました。我々はドワーフ皇国を尊敬、尊重し、謙虚な姿勢を以て貴国の歴史や文化や伝統をゼロから学ぶという姿勢で歴史や文化の専門化を雇い、専門チームを結成し、ドワーフ皇国の方々がこの浪漫画に描かれている情景を一目見てそれを母国であると感じられる本物を創り出す事に重きを置きました」


 その発言を聞いて私を含むその場の全員が互いの顔を見合わせて肩を竦める。

 当然だ。綺麗事を並べてはいるが出来上がった現物が全くその通りになっていないからだ。

 この『怪盗の誉れ』で描かれているドワーフ皇国は全く別な世界の異質な国にしか見えない。つまり彼が言っていることは全てデタラメって事だ。

 四人いるが三銃士を名乗る検定委員の一人サッシーがエルヴィス氏に問う。


「では一つお聞きしたいのですが、この『怪盗の誉れ』シリーズは舞台となる国の現地民を架空の主人公としてこれまで登場させてきましたが、今回に限り歴史上の実在の人物である弥助とニャオエの二人を起用したのは如何なる理由からでしょうか?」


「ストーリーを描くに当たり獣人男性の主人公では我々が感情移入出来ないからです。そこで我々の目となる人物を文献などを当たって探したところドワーフ皇国皇帝に近しい人物、黒人のサムライ弥助という人物に出会った。彼についての資料は非常に少ない。ですからその歴史の空白を私達が創り埋めることにしました」


「それは私達獣人に対する差別なのでは? それに弥助という人物がサムライであったという歴史資料は存在しない」

 サッシーの反論に対してエルヴィスが言う。

「我々の『怪盗の誉れ』を否定する者は差別主義者レイシスト

 その一言を残して彼の姿は巨大水晶から消え失せる。その場の全員が「何言ってんだこいつ」的な感じで呆れ顔だ。

 私は歴史学者のミスターナイトに質問する。

「ちょっといいかな。勇美ゆうび国の言うサムライって、具体的にはどういう扱いの者なの? この世界でのサムライって聞いた事ないんだけれど」


勇美ゆうび国に於いて国王はダイミョウと呼ばれ、貴族領主がサムライ、そして騎士に当たる者がブシです。つまり彼等は弥助という人物がドワーフ皇国の貴族または上級騎士相等であったと言いたいわけです」


「なるほど、でもうちの国って、皇帝の下は選挙で選ばれる評議員しかいないよねえ。貴族なんて存在しないし。二十人ばかしの騎士団はあるけれども」


 そんな会話をしていると巨大水晶に黒人の男女二人が姿を現す。

 男性は歴史学者ヒラーを名乗り、女性は歴史学者クッキーとかいうお菓子みたいな名を名乗った。

 ヒラーは言う。

「歴史資料に弥助は皇帝ユウキより太刀と扶持と家を授かったとある。この事実だけでサムライと言っても良い」

 そしてクッキーもそれに続く。

「あなた達の様な限られた世界でしか生きていない方には理解出来ないでしょうが、様々な文献、主に『YASUKE』に関する資料から読み解くと、歴史学者の長年の勘といいますか、そういう感覚で申しますと皇帝ユウキと弥助との間には深い信頼があったと言わざるを得ません。その点からトミー・クルーズ氏の書いた著書『ユウキと弥助』の内容は信憑性が高い資料であると判断いたします」


 この二人の言にはミスターナイトとオジャスの二人が即座に反論し、その場でしばらく舌戦が続いた。

 ちなみに『ユウキと弥助』って本の内容は弥助ちゃんがドワーフ皇国内で女皇帝ユウキと出会い、ユウキはその黒い肌を見て彼は暗黒神に違いないと崇拝し、即座に互いが信頼と尊敬しあう熱いムフフな関係へと発展。文武ともに世界最強の弥助ちゃんの超絶サクセスストーリーが展開されるというトンデモ本だ。

 そしてその背景となるドワーフ皇国の描写も現実とはかなりかけ離れている。


 でもこれって、当事者の私が一言だけ言えば済む話なんじゃね?


「あの~、ちょっといいですかね? 弥助ちゃんにそれら三つを渡したのは私なんで、当時の事を教えておきますね。ちなみに私スムージーは現在、四百四十八歳のアンデッドの様な者です」


 そして私は弥助ちゃんに渡したミスリル刀二本と『十三代奇天烈(きてれつ)』の刀の計三本を護身用兼冒険者登録維持のための仕事用に渡した事、あと下着のフンドシ二本もついでにあげた事…。

 刀には興行がうまくいくようにドワーフ皇国の紋章を入れておき、弥助ちゃんの後ろ盾が我が国である事を示したと伝える。

 そして彼の食い扶持として『YASUKE』の興行を任せた事、金貨一千枚の資金を提供した事、カリート王国での仮住まいとして小さくて粗末な家を購入した事を告げる。もっとも家はすぐに使わなくなって引き払ったという事も。

 そういう事なのでとても貴国側が言うサムライという扱いではなかったと説明する。でもまあ弥助ちゃんへの信頼という部分は間違いとは言えないかな。ただ、弥助ちゃんと接したのは僅か三ヶ月足らずで、その後何十年と会ってはいないんだなあ。ニャオエから報告を受けていたぐらいで。


 これを聞いてミスターナイトとオジャスの二人が「おおおおお」と声を上げて必死にメモをとり出す。「歴史的事実が今ひとつ明らかに」だってさ。

 そして私の発言と共に勇美ゆうび国側の歴史学者ヒラーの姿がプツリと消えた。


 私の言葉を受けてミスターナイトとオジャスの二人がクッキー女史に向かってドワーフ皇国に弥助が入国したのは彼の晩年のうちの数年だけで、それ以外は関わりが無いとし、トミー・クルーズ著書にある黒人奴隷がドワーフ皇国にて流行ったという記載内容を取り上げ、その著書の信憑性の無さを力説すると、彼女はそれに対して言い返す。

「そのように騒げば貴国の国益に反する事態になりますよ。北方諸国家との外交に多大なる不利益を被る事態になることを理解されていますか?」


「ねえフユ。あの人何言ってるのか私には分からないんだけれど…」

「つまりあの方は、勇美ゆうび国の元祖であるゆう国建国の父である黒人弥助がドワーフ皇国の重鎮であったとした方が勇美ゆうび国と我が国の外交関係が良好に保たれると申し、黒人奴隷の存在を否定すると北方諸国との外交に不利に働くから、北方諸国と同じくドワーフ皇国も奴隷制を敷いていた国家という事にしておきなさいと言っているのでは無いでしょうか?」


 なんだそりゃ。そもそもあのクッキーて人は歴史学者を名乗ってるけれどお気持ち表明しかしていないし。私の認識では『歴史研究者』というのは仮説を立てて資料を探し求めてその仮説を立証し史実を確定していく人の事で、『歴史学者』っていうのは確定された膨大な史実内容を知識として持つ人ってイメージなんだけれど、あのクッキーさんはどちらともいえないんじゃないかな?


「ねえ、勇美国って新興国家だよね。北方諸国を動かす力なんて持ってるの?」

「建国百年程度の弱小国ですね。北方諸国の盟主は相変わらずリーン王国でございます」

「別に嘘ついてまで北の国と付き合わにゃならん理由もないし、クッキーさんの発言は無視しとこうか」

「そうですね」


 弥助サムライ説は全否定された事で議論がトミー・クルーズの著書の『黒人奴隷が我が国で流行った』という事に移ったんだけれど、そんな事実は無いって我々が否定したら何かまた別な黒人男性の姿が現われた。

 現われたのは勇美ゆうび国政治顧問のエビデンスン。

「黒人奴隷がいなかったという証拠は?」

 彼は現われるや否やいきなり私達に『悪魔の証明』を求めてくる。いやいや、無かったことは証明できないのであったという証拠を出すのが筋だよね。何言ってんだこのおっさん。

 それでも歴史学者オジャスが勇国滅亡時に逃亡してきた黒人達をいくらかドワーフ皇国に避難民として受け入れた記録があると資料持参で告げるが、「その避難民を奴隷として使い売り捌いたに違いない」とか言い出すので、今度はこちら側からその証拠を出せと迫ると不敵に笑いながらエビデンスンは私達に言い放つ。


「無知な連中め、シルクロードを知らないのか」

「「はあ???」」


 この世界でシルクロードなんて知らないんだけれど。ガンダーラ?? とか首を傾げていたらミスターナイトが私に教えてくれた。

 北のロムスガルヒ帝国首都ヴィルゲンガルドを拠点として、ゲンリエッタ・ロムスガルヒ・トリモーマイという自称女皇帝が興こした新生ロムスガルヒ帝国の二代目皇帝が『絹の君主(シルクロード)』と呼ばれた人物らしい。

 彼は新生タミナスとは誼を通じ、滅亡したゆう国の黒人奴隷を農奴として使っていたので、我が国と国境を接するその国を通じて黒人奴隷取引があった筈だとエビデンスンは言っているのだろう。


「あ~、思い出した。確か金に目が眩んで畑を全部綿花栽培に切り替えて国内が飢饉に陥ったから、食料を奪おうとうちの国の北部門前町に戦を仕掛けてユーミンにボッコボコにされた奴じゃん」


 私達は部分的鎖国政策を現在も続けているので大陸北部とは国交を開かず貿易も一切していないのだとやり返すとエビデンソンは「差別主義者め」と言い残して消えていく。

 何だかなあ、「差別主義者」って都合悪くなると唱える呪文か何かかな? いつの間にかクッキー女史も姿を消していて、勇美ゆうび国側の歴史学者や奴隷制擁護派は壊滅したわけだが…。


「フユ、なんかあさ向こうの知識人を名乗る人達って、言動が幼稚すぎない?」


「彼等は私達を狭い洞窟国家の住人と馬鹿にしていましたけれど、我が国はユキ様の指示で貴族の子弟や金持ちしか受けられなかった学校教育を大陸内でどこよりも早く平民が受けられる体制を作られたことで全国民の教養レベルが大陸随一の高さになっています。

『深淵の迷宮』の書籍管理区画を大陸中のダンジョン内にも整備したことで蔵書も一気に増えましたし、我が国はどの国よりも知識を得るための書籍を数多く所蔵しているのも要因かと。それでその様に感じられるのかもしれません。

 それにあの方達の所属する権力や肩書きの通じる世界の中ではあのような物言いでも通じているのでしょう」


「ふ~ん、つまり勇美ゆうび国の知識人って甘えた小さな世界の中でしか議論を交わしてこなかった人達って事か、ある意味納得」


 結果、この浪漫画の『史実に忠実』とか『本物』とか言う部分が私達の監修で全部崩れちゃった訳なんだけど、この状態じゃ出版許可を下ろすわけにはいかないよねってのが概ね私達の意見。出版させるにはかなりの部分の修正が必要となるだろうという事も。

 そして更に新たな問題が発覚。

 禁止されている城塞の絵だけで無くドワーフ皇国の紋章の無断使用も浪漫画の中に見つかる。

 この私をモチーフにした青き少女の紋章、各国の紋章の使用禁止は南部諸国同盟では当たり前に決まっている事項。下火になったとはいえ未だ戦乱の続く北部の国々の一部にはそのような協定加盟は無いが、この程度の事は常識として知っていてもらわねば困る。


 私達が難しい顔をしていると再び国営出版総責任者のエルヴィスが姿を現す。 

 何だ。このくだらない議論まだ続くのか?

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