どうしてこうなった?
眠れるわけがない。
今日だけで色々なことがあった。本当にありすぎた。頭を抱えて身もだえしても、これが現実だと受け入れるしかなかった。でも何でこんな事になった?
ユキ、それがこの世界での私の名前。
前世では高森柚木と呼ばれていた。齢四十手前で未婚で彼氏無しと、最近ではそれも普通と呼ばれる女性会社員。
建築物ではなく公園や遊歩道、レジャー施設等の設計やデザインがしたくて大学受験ではそれが学べる学部を志したが、対象校は東京大学と無名の私立大の二つだけだった。
東大は当然無理として、担任の先生からは名前だけでも国立大卒の肩書きがあった方がと全く関係ない学部を薦められたりもしたが、私は実を取ってその私立大学へと進んだ。
結果としてその地方では名の知れた大学教授の推薦を得て、国立大卒でも中々入るのが難しい会社に入社出来た訳だが、そのコネを得るためにも努力してきたので、それを誰かにとやかく言われる筋合いは無い。
でも週休二日に定時帰り、準公務員的な職場環境を謳歌出来たのは私以外の同僚達だけだった。
彼等はその日の残務を『手伝い』と称し全て私の机の上に積み上げて帰宅する。最初の頃は残務だったものが丸投げになるのにそう時間はかからなかった。
休日出勤は当たり前、朝五時に帰宅して朝の九時には出社する。月の大半をそんな生活が占めていた。
それだけ頑張っても他の部署からは『穀潰し社員』と陰口を叩かれ、「あなたみたいな人が何でうちの会社にいるの」なんて面と向かって言われた事もあった。
理解できなかったが、その答えは入社してから三年が経過したある日に突然判明した。
この三年、私の業務成績はゼロと我が部署の上司は会社に報告し続けていたのだ。コネ入社の無名私立大出の能無しだから、教育しても成果が出ないのだと。
これまで私が一体何千万円という稼ぎの仕事をこなしてきたと思ってる?
さすがにぶち切れて、その日のうちに退職願いを出して会社を去ってやった。
折しも日本は政権が交代、新政権は「コンクリートから人へ」なんてスローガンを掲げて公共事業を削減しまくったおかげで、求人率三百パーセントとも言われた我が業界は一気に大不況に陥り、私もその流れには抗えずこの業界での再就職を断念した。
趣味を仕事には出来ないだろうか?
本が好きだった。
近所の農家の納屋にうず高く積まれた大量の漫画雑誌の束を日が暮れるまで読みあさった。
幼少期から小学校時代をそんな風に過ごしてしまうと、見事な本の虫が一匹出来上がる。男性漫画雑誌ばかりだったので、私の言動や感性は男の子っぽくなってしまい、友人達が勧める恋愛小説や少女漫画には殆ど興味がわかなかった。
私に婚期や出会いが無かったのは、そのあたりに問題があったのかもしれない。
ともかく私は、とある古本チェーン店を事業展開する会社に拾われて再就職する事となった。
「立ち業は会社勤めからすると、かなりしんどいよ」
そう何度か言われたが、シフト交代制で営業時間の決まっている店舗勤務は、いつ終わるとも知れない業務に明け暮れていた私の前職に比べれば正にパラダイス。
中途入社組の同僚達は仕事がきついと業務を放り投げたまま帰宅する事も多かったが、その残務を私は一人残って片付け続けた。
その繰り返しが実務面での成長につながり、業績一番店の店長に抜擢された際にもその経験が大いに活きて更なる営業成績を出すに至る。
そして私が特に望んだ訳では無いが、同期や先輩社員達をごぼう抜きで追い抜き数十店舗を統括するエリア長へと進んでいった。
店舗から店舗への移動中の車の事故だった。
信号待ちの私の車に大型トラックが突っ込んで来た所までは覚えている。正にベタな異世界転生あるあるだ。
まあ、これが私の前世の概要。
天の声は転生の際にお詫びの意味を込めて出来るだけ希望に沿うと言っていた。「出来るだけ」だ。
だから今の境遇に不満を漏らしてもしょうが無いのかもしれない。
でも一応検証しておきたい。自分自身を納得させ、これから私が前に進んで行くためにもこれは必要な事だと思うからだ。
設問は確か四つだった。
①『あなたのもとめるせかいは?』
②『どんないきものになりたいですか?』
③『きおくはのこしますか?けしますか?』
④『ほかにきぼうはありますか?』
①と③については問題は無い。②については言いたいことが山ほどあるので後回しにするとして、まずは④だ。
私は最強チートの類いは一切希望していない。まず求めたのはこの世界の言語理解力と読み書き会話能力。本が読めないと意味が無いっていう簡単な理由からだ。
転生してすぐに会話は出来ていたし、街の通りの看板の文字も普通に読めていたので、このあたりは問題なしという事だろう。
ついでに求めたのはもう一つ。
異世界転生の定番である冒険者になって大成功なんて甘い夢なんか見ない。冒険者ってのはつまり命懸けのその日暮らしの職業で、大成するのはその中のほんの一握りの選ばれし者達だけだ。
いきなり魔の森に置き去りにされて、フェンリルやドラゴンを従えて最強街道まっしぐらなんて『ご都合主義』は漫画や小説の中だけの話だよ。魔の森なんかに独りぼっちにされたら、私なんてすぐに死んじゃうに違いない。
むう、もしかして『ご都合主義』って希望しておけばそんな漫画みたいな出来事を呼び込めた?
今更言っても遅いか…。
そんな訳で私はただ『安定した生活』を求めた。
結果としてそれは希望通りになっている。
転生直後から王都直営店での仕事をもらえたし、ベルガーナさん曰く、そのお店は王都随一と言われるホワイト商会の一部門らしいけれど、それは表向きで実は王国の後押しを受けた独立商会なのだという。
つまり準国家公務員的なものとも言える。
このあたりは我が主ラヴィオラ様と王国の建国者であるカリート一世との繋がりが関係しているらしい。
さて、問題の②だ。
私が希望したのは長命種のエルフチックな種族。エルフと言えば森の番人。
おあつらえむきに私の名前は高森柚木。高い森の柚の木だよ。
だから『不老長寿で名前からイメージされる種族』って書こうとしたんだけれど、スマホやパソコンの一括変換に慣れた活字離れ世代。不老長寿の『寿』の漢字が思い出せなくて、それが何とも悔しいから似たような意味だからと『不老不死』って書いちゃったね。
うん、アンデッドユキ爆誕の理由は分かったよ。明らかに私のせいだな、これ。
私のこの世界での名前がユキ・タカモリではなくただのユキだけなのは、高森が姓で柚木が名前だからだと思う。この世界で姓があるのは王族や貴族に獣人族の氏族名ぐらいらしいし。
今更ながらに気づいたけれど、天の声の設問はぜんぶひらがな。漢字で書く意味はなかったのかもしれない。
『不老不死でゆきという名からイメージされる種族』
それで白絹っぽい和装のこの姿、明らかに『雪女』じゃね?でも部屋に置いてある鏡に映るこの姿、長髪でなくておかっぱ頭みたいな髪型してるし、『ゆきんこ』って事なんですかね?
雪女にゆきんこかあ、試しに掌の上に雪玉をイメージしてみる。
出たよ雪玉、出ちゃったよ。これで雪合戦には困らないね。
まあ、今まで出来なかった事が出来るっていうのは嬉しい事だよ。ふう。
でもこの雪玉らしき物体、全然冷たく感じないんだよね。冷気耐性でもあるってことなのかな。
つまり私は、あくまで私の予想だけれど。
名前 ユキ
種族 ゆきんこ
特殊 不老不死なアンデッド 冷気耐性
なんてかんじになるのかね?
「ステータス」
「…」
おもむろに声に出してみたけれど、ボードの様なものは現れない。うん、分かってたよ。
よし、とりあえず検証は終わり。枕を頭からかぶってベッドに潜り込む。
①②③④とも全部希望通りになってる。でもこの目からあふれる涙は一体何?
神様ありがとうございました。ユキは頑張ってこの世界で生きていきます。




