崩壊の足音
途中バルトと別れマイセンと二人でリーン王国へと入ったイザヨイ。
夜の闇の中を翼を広げ飛ぶ彼女達二人をウィステリアが迎える。
「お待ちしておりましたイザヨイ様」
「私達の不在の間に一人でよく頑張ってくれたわ。ありがとう。それであなたが揃えた手駒達は?」
「下級吸血鬼総勢二百名。この先の森に配しております」
イザヨイがマイセンに目配せして問うとマイセンもそれを感じてかウンと頷く。
「その手駒達、捕捉されたわね。一カ所に集めたのは失敗だわ。おそらくはもう助からない」
驚きの表情を見せるウィステリアにイザヨイは溜息を一つ付く。
「この強烈な気配を感じられないならあなたはまだまだね。五星騎士昇格の道は遠いわ」
「強烈な気配? 一体何者がいるというのです」
「感じるのは二つ。どちらも先の要塞戦で感じた気配ね。一人は巨大な戦斧を使う女だと思うけれど、もう一つは…う~ん」
イザヨイが考え込むと側のマイセンがそれを捕捉する。
「武人カイエン。かつて私が敗れた男です」
巨大戦斧の女と聞きウィステリアが声を上げる。
「ビオラ。あのストーカー女め、私の行く先々でいつも邪魔をする」
「好かれてるのね、あなた。その手駒達は囮として犠牲にする。その間に私達はリーン王宮へと向かいましょう。国王を魅了して最前線で禁書魔道書を使うように指示を出させる。小三国の盟主リーンが禁書魔道書を使うほどに本腰を入れたと知ればノーザンライトとファータルの二国も負けじと追従するでしょう」
方角を王都へと向けるイザヨイ、苦々しい表情でそれに追従するウィステリア。一人その場を動こうとしないマイセンに向けイザヨイが言う。
「マイセン。その武人カイエンとの決着の時は今では無いわよ」
「分かりましたイザヨイ様」
* *
二百近い数の下級吸血鬼の群れが集まる森を完全包囲するのはシノザキとジョウの二派の頭領が率いる『深淵の迷宮』諜報部の面々。ドワーフ皇国内の中央支部から緊急招集された者を含め、大陸北の地で活動するほぼ全戦力をここに集めてこの吸血鬼掃討作戦を展開している。
闇夜の中での吸血鬼討伐。本来諜報部のみではそんな危険は冒さないが今回は事情が違う。眷属ビオラとカイエンの二人が参加することでその支援という形でこの任を二人の頭領は了承したのだった。
すでに突入した『深淵の迷宮』の眷属ビオラとカイエンによって森の中は吸血鬼達の殺戮地獄になっている。
大木が数本が一気に薙ぎ倒され吸血鬼の死を告げる人型の炎があちこちで立ち上る。
諜報部の任務はこの場から吸血鬼を一匹も逃さないこと。数を頼りに戦う下級吸血鬼の中にも形勢不利を悟り逃げ出す者もちらほらと現れ始める。
「東側四、西側二」
そう告げる声にシノザキとジョウノウチ二人の頭領が反応する。
『シノザキ流 フォームチェンジ 魔術師』
『ジョウノウチ流 フォームチェンジ 暗殺者』
東側に逃げた四匹の吸血鬼を諜報部員達が食い止めている間に魔術師形態へと姿を変えたシノザキが上空から呪文を放つ。
『腐食の雨』
腐食属性の攻撃は吸血鬼達の再生能力を妨害する。その痛みに悶える吸血鬼達に向け諜報部の面々が刀を槍を振りかざして斬り貫いていく。諜報部の武器の刃に塗られた毒に冒され吸血鬼達は次々に絶命し体から炎を吹き上げていく。
西側に逃げた吸血鬼二体を始末した双剣の暗殺者に姿を変えたジョウノウチがシノザキに合流してくる。
「そろそろ終わりそうだね」
「そうだね」
二人が見つめる森の中で生き残った吸血鬼達の最後の戦いが繰り広げられる。
「うりゃああああ」
ビオラの戦斧ファルムが彼女に飛びかかる十数人の吸血鬼達を一撃で両断する。彼等が眩い炎の塊となって地上に落ちていく中、ビオラが戦斧を担いで和やかに笑う。
『剣技夕凪 疾走』
カイエンが低姿勢で瞬間移動道と見間違える程の高速移動しながら吸血鬼達を次々に斬捨てていく。その動きについていけない吸血鬼達が斬られた事にさえ気付かず立ち尽くす。
五人、十人、と斬りつけ立ち止まったカイエンがミスリル刀を鞘にカチンと収めると、斬られた吸血鬼達が一斉に炎を吹き上げ燃え尽きていった。
全ての吸血鬼を倒した事を確認しビオラがカイエンに歩み寄る。
「結局ここにウィステリアは居なかったけれど、カイエンのおじさんも来てくれて助かったよ。私一人だと諜報部にもっと被害がでたかもしれない」
そう話しかけるビオラ、だがカイエンが空を見上げて動かない姿に気付く。
「どうしたのおじさん?」
「先程強い気配をいくつか空の上の方で感じたでござるが…」
「へえ、カイエンのおじさんってたまにそういう事言うよね。私には全然わからないけれど」
二人の元へ駆け寄って来るシノザキとジョウノウチの頭領二人。
「念の為、周囲に生き残りがいないか捜索させております。ビオラ様、カイエン様のお二人はしばらくこの場で待機願います」
「承知致した」
「わかったよ。それでそっちの被害は」
「数名殺られましたが、吸血鬼の数からすれば微々たるものです。作戦は大成功と言っていいでしょう」
* *
リーン王国の王都ベバリス。
夜明け前の薄闇の中、松明を掲げた二十騎の騎士団が街の門を通り過ぎていく。
彼等が極秘裏に運ぶのは破壊呪文の描かれた禁書魔道書。王命を受けて彼等はそれを魔国との前線へと運んでいく。
その姿を見届けたイザヨイとマイセン、ウイステリアの三人はその騎馬隊を追うように空を進んで行く。
リーン王国軍と魔国第四軍とが睨み合う最前線。
深い魔の森の中に陣を敷くリーン王国軍であるが、魔国第四軍が展開する眼前に広がる魔の森に阻まれその後方に聳える砦に近づくことさえ出来ないでいた。
魔族砦の前面の森の中に展開するのは魔国首都イースタンドームより派遣された新造の第五軍である。原始少女リュイの率いる地竜隊を含む二千がその地にあった。
その一進一退の戦況が今変わりつつある。
王国軍の陣中央に集められた四十人の魔術師達が二重の円を作り魔力を一点に集めていく。彼等の中心に立つ魔術師部隊を率いる隊長が手に持つのは王都ベバリスより届けられた禁書魔道書である。
隊長はそれを空にかざしながら集められた魔力をその本へと流し込んでいく。
第三位魔法『炎の奔流』
空を朱に染めて広範囲の炎の嵐が津波のように襲いかかり魔族達が陣を敷く魔の森もろとも焼き払っていく。魔法の発動と共に集った魔術師の半数が魔力切れで昏倒し、残りの半数の者も大半の魔力を失いその場に崩れ落ちていく。
この攻撃に晒された魔国第五軍。
「何だ。空が赤い」
原始少女リュイはその言葉を最後に率いた地竜隊もろとも炎の波に飲み込まれて消えた。
リーン王国軍の目の前に広がるのは炎の波によって薙ぎ払われ全てが消し炭となり剥き出しとなった大地。そしてその先には遮る物のなにも無くなった魔族第四軍の砦の姿が現わになっていた。
戦笛、戦鼓を鳴らしながら勢いづくリーン王国軍、四万の軍勢が前線に展開したの兵力の大半を一瞬で失い唖然とする魔族達の守る砦に向けて襲いかかる。
リーン王国軍による禁書魔道書の使用はすぐに魔王城ヘルズパレスへともたらされる。魔王グレイズはこれに対抗する為に魔国の保有する禁書魔道書を前線の各砦に配備すべく魔国四天王の一人イージスと彼の率いる飛龍隊にそれらを預けて発たせたのだった。
飛び立って行く飛竜達の姿を見上げながら、吸血鬼バルトは遠くに見える魔王城へとゆっくりと歩を進めていく。
「さて、計画通り事は進んでいる様だ。次は俺の番だな」
* *
四天王イージス率いる飛竜隊。
前線の各砦四カ所へと禁書魔道書を運搬する命を受けた彼等が最初に目指すのは急を要するリーン王国との最前線、第四軍団軍将『獅子王』アイズの守る砦であった。
兵力を分散して四カ所同時にそれを届けなかったのはその運搬物の重要性からであった。しかしその判断が今回は凶と出る。
上空から突如急襲され数騎の竜騎士達が騎乗するワイバーンもろとも地上へと落ちていく。油断? そうではない。空の王者である飛竜隊、まさか自分達が上空から奇襲されるなど考えてもいなかったからだ。
散開して急襲者を取り囲む様に動く飛龍隊。
イージスが目にしたのは男女二人の翼を持つ魔物。
「何者か!」
イージスの問いに律儀に答える男の魔物。
「星騎士マイセン」
女の方は答えないが、二人の透き通った白い肌と赤い目。開いた口から覗かせる牙から吸血鬼であることは判別出来た。日の光の下でも動き回れるのは吸血鬼の上位種。魔王様からの火急な密命を受けての移動の最中、一刻を争うこの時にこんな訳の分からぬ連中に関わっている暇はないというのに。
隊の殆どを二人の討伐に割きイージスは僅か五騎の竜騎士を率いてその場を離れようとする。何も無い空から突如現われる無数に伸びる血の刃、それがイージスと五騎の竜騎士達の体を貫き、ワイバーン達が墜落していく中、彼等をその場に浮かび留まらせる。
「あら、何処へ行こうというの。私はあなた達が来るのを待っていたのに。あなたが持っている魔国秘蔵の禁書魔道書、貰っていくわよ」
姿を現したのは吸血鬼イザヨイ。
彼女は笑いながら触手の様に伸びた血の刃でイージスや騎士達を捕えたまま笑い声を上げる。
「最初からこれが狙いだったのか。星騎士?? 正教会の手の者、人間の軍の回し者か」
「ああ、正教会は私達が造りあげた傀儡組織。それももう用済み。私達は独自に動きその野望達成の為に動いているわ」
「野望とは」
「この世界への復讐。それは既に達成された。今私達が望むのは邪神の復活。悪いけれど魔国には滅んで頂くわね」
血の刃がうねり囚われの竜騎士達は声を上げて絶命していく。
イージスは体を深く傷つけられながらも何とかイザヨイに一矢報いるべく自身の槍をイザヨイに向けて投げ放つ。しかし無情にもその槍はイザヨイの展開する反射結界に弾かれ、追撃の血の刃が五本十本とイージスの体を縦横に貫いた。
「がはっ、魔王様…」
ついには力尽き力なく地上へと落下していくイージス。
彼が持っていた箱を手にしたイザヨイはその箱の中身を確認して歓喜の声を上げる。
「あら、一冊だけかと思えば四冊も。これは大収穫ね」
「イザヨイ様、魔国竜騎士の掃討は完了。次はどうされます?」
イザヨイの側に竜騎士達を仕留め終えたマイセンとウィステリアの二人が従う。
押し寄せるリーン王国軍の猛攻をその日一日なんとか耐え凌いだ魔国第四軍の守る砦。日没を控え攻撃軍は撤退し翌日からの攻城戦に向けて鋭気を養い始めている。
「明日が正念場という所だろう。警戒を緩めず休息もしっかりと取れ」
軍将アイズはすでに満身創痍となっている魔族精鋭の兵達を叱咤激励しながら、砦内を見回り兵を鼓舞していた。
「なんだ? 何が」
突如として眩い光が砦を覆い、そして軍将アイズ、そして砦の兵士達を高熱を伴う凄まじい爆発が襲い、抗う統べなく彼等は駐留する砦もろとも一瞬にして蒸発し消滅していく。
第三位魔法『大地爆砕』
上空からイザヨイが魔力を流し発動させた禁書魔道書の広域殲滅魔法が魔族第四軍の守る砦に直撃したのである。爆風が収まった後にはかつて砦があった場所に巨大な大穴が空いている荒涼たる大地だけが残されていた。
「あなた達魔族に明日は来ない」
そう述べ高らかに笑うイザヨイ。
「これでリーン王国軍は魔国首都を目指せる。ファータル、ノーザンライトの戦線が膠着したままでも他の魔国軍はこの軍に対処せねばならず魔王城に救援に送る兵力は割けなくなるでしょう。ウィステリアはこの地に残り、他の戦場の状況を確認した後に報告に来なさい。私とマイセンで魔王城を攻めているバルトを追うわ」
「承知いたしました。イザヨイ様」
「急がないとバルト一人で魔王城を落としかねない。急ぐわよマイセン。邪神復活の一大イベント、見逃す手はないわ」




