ハルルカ嬢のお願い
私がドワーフ皇国からカリート王国へと戻ってきた本来の目的。
トク姫隊のハルルカ嬢が音頭を執りクルーミー侯爵家が運営するクルーミー出版と各地に展開予定のクルーミー書店。ここで主に取り扱う絵本と浪漫画を古本屋ラビットドワーフ皇国本店のオープン分だけでも追加で分けて貰えないかとお願いに行こうとお伺いを立てたら、ハルルカ嬢の方から王城へと出向いてくれるそうなので、今日は王城シールドパレスの方に来て彼女の到着を待っていた訳なんだが、王城に行くとなぜかいつも政治的な何かの話を持ちかけられる。
「ヒューイ法案。これヒューイさんが作ったの?」
「ああ、旧ガーネッツ王国領西部で引き受けている難民と正規移民救済の為の法案なんだがな。ちょっと見てくれないか」
ヒューイさんが作っているのは王国商人達が提案してきた移民難民救済団体の設立についてだった。この運営は国からの補助金の一部と寄付金によってなされるらしく、日本で言う所のNPO法人みたいなやつだ。
「ダメだよヒューイさん。城には財務卿とか政務専属の官吏の方々もいるんだから、私なんかに相談したら信頼関係が崩れちゃうよ」
「そうは言うがな、一応この国は女王が仕切っているとはいえ新しい王様が無能だと思われたくないじゃねえか。さすがと褒めて貰いたいからよ。なあ、頼むよ目を通して助言してくれよ」
「もう、しょうがないなあ。『風の騎士王』の名が泣くよ?」
まあハルルカ嬢待ちで時間はあるから見てみるか。どれどれ、十項目ぐらいで作られた法案らしいけれど良く出来てるんじゃないかな?
1 代表者は支援団体と兼業で本業を別に持っている事が条件であり、補助金及び寄付金から自身の給金を受け取ってはならない。代表者は支援事業修了報告と共にその成果を査定、成果給を国から受け取る事が出来る。
2 団体職員は期間限定の臨時職員として扱い、運営上必要な役職者を含めて全て給金は同額を支給。その金額は一般商会の標準的な給金に準じるものとする。
3 団体は受け取った補助金及び寄付金を他団体へ譲渡する事を禁じる。運営資金にて購入した土地や物件の所有権は団体では無く国に帰属するものであり、そこから得られる利益もまた国に納めるものとする。
4 団体には国選の監査員が常駐しその資金運用を管理するものとするが、監査員は資金運用の要不要の決定権は持たない。
ヒューイさんは支援団体はあくまで移民難民の自主独立を早期に行わせるための一時的なものであると見ているから、それを稼業にしてトップが収入をたっぷりと頂きながらいつまでも事業を継続して終わらせないで支援金を得続ける仕組みにはしないって意思を感じる内容だ。
それに公金の使い道も監査員を置いてしっかりと管理して不正利用させない。私服を肥やさせないというのも好感が持てる。
「良く出来てると思うよヒューイさん。でもこれだと慈善事業主にメリットが何も無いからさ、本当にやる気のある人しか手を上げないと思うんだよね。その数少ない貴重な人材に国は報いてあげる必要があると思うからさ、ここに明記しなくていいから彼等に王国からの『感状』なんかを発行して色々な優遇措置を施してあげるという風にすればいいんじゃないかな」
「それだけ?」
「それだけだよ。だからちゃんと出来てるからこの案で会議にかけなよ」
さて、私はジーニアス君を抱っこしに行くのだ~。
トクリーヌ女王の部屋に行くといきなりその場の皆から「し~」って指を立てながら言われる。トクリーヌの座るベッドの横でダイダロスと抱き合いながらジーニアス・カリート君が一緒に眠っていた。
「うふふふふ」「うへへへへ」「ふふふふふ」
トクリーヌと私、元王様とで並んでジーニアス君とダイダロスの寝顔を鑑賞。
遅れて到着したハルルカ嬢が振り返った私達の顔を見て一言。
「あらあら、まあまあ。皆さんお顔が溶けて大変な事に~」
初めての出会いから数年経ってもうすぐ学園も卒業になるハルルカ嬢、それでもほんわかお嬢様的雰囲気は健在だな。
トク姫隊の五人の中でハルルカ嬢だけ学園卒業が遅いのには理由がある。というより他のメンバーが実家の都合により早期卒業になってしまって、ハルルカ嬢だけが正規の年数を修業しているだけなんだけれどね。
トクリーヌは戴冠と妊娠出産、ソーマ、ドーコ、サドラスは家の長男であるので帝国侵攻後の領地の立て直しとクルーミー出版の事業に携わるために早期卒業という事に、結果クルーミー侯爵家の次女ポジションの彼女だけが学園生として再開された学園に残った訳だ。
ハルルカ嬢の姉は他の貴族家に嫁いで学園を卒業したハルルカ嬢が婿を取り以降クルーミー侯爵家を継いで取り仕切るという。
『クルーミー出版』と『クルーミー書店』の運営統括を彼女が行うのでその様な事になってしまったみたいだ。
別室にてハルルカ嬢と絵本と浪漫画の特別出荷をお願い出来ないかと早速交渉を開始。ハルルカ嬢の返答は好意的なもので、こっちが気後れするぐらい上手く進んで行く。
「ユキさんがそれだけ必死になるという事は、つまり浪漫画や絵本を早急に揃えなければならない場所があるという事でしょう? 私が知らない場所で」
「ええ、まあそんな感じです」
「それでどの位の量が必要ですの?」
「お店の殆どの本を絵本と浪漫画だけにするので一店舗丸々分の在庫が必要です」
「それでは足りませんね。本が売れた後の補充分が必要でしょう。クルーミー書店の大型店三店舗の出店計画を少し遅らせて、その分を全て提供致しましょう。本はカリート王国のユキさんの倉庫に送ればよろしいですか?」
「そんなにいいんですか? 何か悪いなあ」
「その代わりに、ユキさんに私のお願いを聞いて頂きます」
「お願い…ですか」
「私をユキさんのお店で働かせて下さい。私を一人前の商会員に鍛え上げて欲しいのです」
「それはまたなぜ?」
ハルルカ嬢曰く、今までの『クルーミー出版』と『クルーミー書店』については彼女の両親が準備を進めてくれていて、自分が卒業して本格的にそれを引き継ぐに当たって実際に本を売る本屋というものを知らなければと奮起したらしいのだ。
出版の方はソーマ、ドーコ、サドラスの三人組が作家の育成を含めてやっているので、ハルルカ嬢は販売の方を引き受けようという事らしい。
前世の日本の新刊書籍店と古本屋ではメインとなる業務内容が全然違うものだが、こっちの世界では委託販売という形は取っていないので、こと『本を売る努力』という部分は共通すると思う。
体験入店という事で一週間程度を考えたんだけれど、ハルルカ嬢の提案は三ヶ月。さすがに貴族家のお嬢さんを三ヶ月も預かれないし、ハルルカ嬢に私がそんなに張り付いていられない。そんな感じで色々とヤバいので一ヶ月という所で何とか手を打って貰った。
絶対に断れない依頼内容。ドワーフ皇国で一人頑張るフユ店長には申し訳ないけれど、そっちには一ヶ月は戻れないと伝えてハルルカ嬢受け入れの準備を整える。
当然彼女の素性は古本屋ラビットカリート王国本店の従業員と研修生達には内緒。知らせるのはフラム店長代理とナギ主任の二人だけ。
そしてハルルカ嬢のラビット制服の仕上がり日を待って彼女をお店に迎える事になった。
* *
今日はいつもより早起きしてメイドさんもマローさんもまだ棺桶にいる時間に起床。
地下室のベルガーナさんの棺桶にお祈りして廊下で立ったまま目を閉じて動かないカキザキを起こしてから昨日のうちに受け取っておいたハルルカ嬢の制服を手に屋敷を出る。
「いってらっしゃいませユキ様」
ユークさん一人に見送られていざ出勤。
いつもの坂道を下っている最中に朝の鐘の音が聞こえてくる。フユをお店から異動させたから今本店の護衛役がいないんだよね。
だから今日はカキザキを同伴。当然カキザキが世話をするダイダロスも今日は私の背中にいる。南部森林地帯に行ってるリーカン組長にお願いして誰か派遣して貰う手筈は整えているんだけれど、まだ警護要員は到着していない。
街の人々がようやく目を覚まし始めてまばらに人が行き交い始める中央広場、そこを通り過ぎて一本奥の路地へ入る。
古本屋ラビットカリート王国本店の店の前に既に誰かがいる…あれは。
「おはようございます。ユキさん」
庶民服を着ているけれど、気品漂うほんわか娘がそこに立っていた。
「ハルルカさん、早すぎますよ。こんな早朝から…」
周囲を見渡すと明らかに護衛だろって感じの帯剣した庶民服の男達があちこちに…。
「はい、初日から遅刻するわけにいきませんから、気合いを入れて参りましたわ」
「それで、その手荷物は何かな?」
「はい、ここに住み込みで働かせて頂くための用意をして参りましたわ」
「…あの、ちなみにですが、王都のご自宅か私の屋敷から通うというのは?」
「それでは修行になりませんもの」
(マジでか…、フユの使っていた二段ベッドの一つが確か空いているけれど、いいのかな)
まだ三階の皆は起き始めて身なりを整えている最中だろうし、とりあえず私はハルルカ嬢を連れて店舗へと入り、トイレ空間のテーブル席でハルルカ嬢に制服に着替えて貰うことにした。
カキザキはメイド服を着ているけれどその方面は全く役に立たないから彼女の着替えは私が手伝ったよ。
そうこうしていると開店準備の為に本日勤務の者達がドカドカと三階から店舗へと降りてくる。今日は掃除の前に連絡事項があるからと伝えて先に朝礼へと入る。
「皆さんおはようございます」
「「おはようございます」」
「今日から他の商会から預かった新人が一ヶ月の間当店での研修に入ります。皆さん新しい仲間と仲良く仕事に励んで下さい」
「「はい、てんちょう」」
「ではハルルカさん、自己紹介をお願いします」
私が促すと一歩前に出たハルルカ嬢が従業員達の顔を一通り見回して、ニコリと柔らかい笑顔を見せた。
第三部のプロット組んでいて古本屋やってる話を入れる余裕が全く無い事に気付いて、今のうちに古本屋関連をやり貯めておこうという感じです。




