表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界古書店は命懸けです  作者: つむぎ舞
第一部 ユキ覚醒編
2/396

私の異世界転生

 稲妻瞬く闇夜を駆け抜ける黒づくめの装甲馬車。

 護衛につく二騎の屈強なフルプレートの暗黒騎士、そしてフードを深く被った御者のみならず、馬車を引く四頭の馬の目は赤く怪しげな光を放っている。

 森を抜けた平地の先に広がるのは巨大な城塞都市。

 先触れの暗黒騎士が無言で旗を掲げると都の巨大な城門が開き、装甲馬車は速度を落とさず三騎の暗黒騎士達と共に人気の無い大通りを駆け抜けていく。

 この禍々しい一団を直立不動の姿勢で見送る街の門衛達。王国の旗を掲げ、王家の紋章である盾に紫花が描かれたこの装甲馬車を制止しようとする者はいない。


          *          *


 城塞都市の遙か地下深く、謁見の間とおぼしき広間に並ぶ五人の前で、フードを纏った黒い影だけの小者達によて運び込まれた大きな木箱が開かれると、中から氷の棺が姿を現した。

 生前は騎士であったのであろう、棺の中には大剣を胸に抱いた黒髪の美女が眠るように横たわっている。

「これが先の戦で亡くなったという氷の戦姫か、なんとも美しい」

 五人の中で唯一の男性である武人と思わしき姿の男がため息交じりに呟くと、その言動が気に入らぬのか、他の四人の女性はふんっと鼻を鳴らして目を細める。四人ともそれぞれ個性的な特徴はあるものの、皆美女と呼ばれるに申し分なき容姿である。

 一番上座に立つローブ姿の女性が皆に小さく咳払いしてから跪くと、それに倣い他の四人も上座に向けて膝を折り、敬意を込めて自らの主の名を口にした。


「深淵の迷宮の主、ラヴィオラ様」


 広間の奥の王座と思わしき場所に座す女性の影、座を覆うベールをすり抜けて姿を現したのは、半透明に透けた亡霊の様な存在である。


「これより、かの者との契約に従い、新たなる眷属召喚の儀を執り行う」

 ラヴィオラと呼ばれた女性が両手を空に掲げると、大きな宝石の嵌まった見事な装飾の杖が空中に現れ、それを手にした彼女は歌声の様な詠唱を開始する。

 言霊が広間に満ちて反響し、それに呼び寄せられたかの如く地中から禍々しい黒い影が触手の様に立ちいく登っていく。

 影はしばらくうねり、女騎士の眠る氷の棺をゆっくりと覆い尽くしていく。


「我が声に応え目覚めよ。氷の戦姫、ユリーシャ・ノーザンライト」

 ラヴィオラの声と共に突き出される杖。

 突然、氷の棺を中心としてその場を目映い光が覆いそれが爆発したように弾けると、広間に集った全員が光の眩しさに耐えかねて両腕を重ねて自らの視線を遮る。


「何だ?」

 儀式を執り行うラヴィオラ自身でさえ、この光に思わず声を上げていた。

 そして光は静かに消えていく。

 そこには立ち尽くす、黒髪に黒い瞳の小柄な少女の姿があった。


          *          *


 私を包んでいた光が消えて、ぼやけていた景色がはっきりと見えた。

 どうやら私は地下らしき場所の大きな広間の様な空間に居る。すぐに目から入る情報を頭の中で整理していく。

 目の前には私を見つめる六つの物体。人型のものが殆どだが、一人は腰から下が蛇だし奥の一人は体が透けて見えてるし。

 私に敵意を向けて剣や斧や拳を構えているのはすぐそばの四人で、残りの二人は驚いたような顔をしている。

 つまり私は何かやばい場所に今いるわけで、そしてどういう訳か敵意を向けられている。

 ピンチだ。

 対する私の装備は、真っ白な和風の薄絹の着物一枚に胸元に抱えたグルメ雑誌が一冊だけって…。

 足下には綺麗な装飾を施された大剣が落ちているけれども、もしかしてこれで戦えって事なのかな?

(神様、いきなりハードモードすぎませんかね?)

 それにあの体の透けている女性から感じる絶対に抗えない威圧感、胸のドキドキが止まらない。

「お主は一体何者じゃ?」

 体の透けている女性が私に問いかけてくる。どう答えるべきか考える私の中の意思とは無関係に体が勝手に反応する。なんだこれ。

「ユキと申します。我が主ラヴィオラ様」

 聞いたことも無い名前が自分の口から出てくる。

 自分で無い誰かに動かされて片膝を付きそう答えてしまったけれども、それで正解だったみたい。

 武器を構えた四人から敵意が消え、彼らは改めて整列し直した。


「ナガレン、元賢者としての意見を申せ。我が死霊召喚術に一体何が起こったのじゃ?」

 う~ん、雰囲気から察するにここが王宮だとすれば、体が透けているラヴィオラという女性がここの主で女王様、列の最前列に立つナガレンていう目つきの鋭いローブの女性が宰相、他の四人が将軍格で四天王って感じなのかな?


 しばらく思案してからナガレンと呼ばれた女性が口を開く。

「あの輝きと同じ光を以前私は見たことがあります。あれは帝国で行われている勇者召喚の光に非常に酷似しています」

「勇者召喚?しかしそのユキなる者からは氷の戦姫の魂も感じるが」

「しばしお待ちください」

 ナガレンという女性が私の正面に立ち手をかざすと、私の全身にねっとりとした悪寒の様な感覚が走った。何かされてるっていうのだけは分かる。


「ラヴィオラ様、間違いなくこのユキなる者はあなた様の眷属にございます。我が『見透かす目』がそう指し示しています。氷の戦姫の召喚の際に神の悪戯としか呼べぬ何かが起きたとしか考えられませぬ」


「ほお、神の悪戯で異界の魂が引き寄せられたか、しかもその容姿は…。カイエン、ビオラ、お主達はこのユキなる者をどう見る?」


「はっ、彼女の容姿とその和装を見るに、我が日ノ本の民の様にも見えまする」

 四天王らしき中で唯一の男性がそう口にする。何か古めかしい言い回しだなあ。


「ラヴィオラ、その子日本人で間違いないよ。それにその手に持っている本、カイエンのおじさんより私がいた時代に近いんじゃないかな」

 う~む、ビオラって凄まじく露出の高いエロい服の女性はいきなり主様にタメ口ですけれど…。

 でも二人も日本からの転生者がいるって事には驚きながらもちょっと安堵。


 ラヴィオラ様が私をじっと見つめている。否、視線はさらにその下、彼女が見ているのは私が胸に抱えているグルメ雑誌みたい。

 結局、私の部屋から持ち出せたのは、旅行雑誌の別冊『スイーツ食べ歩きガイド』だけ。店とおすすめの品は大量に載っているけれどレシピなんて書いて無いから、異世界での料理再現なんてのには使えないと思う。

 でもさ、たったの六十秒だよ。私の散らかった部屋の中じゃこれが一番その時はまともに見えたんだよ。仕方ないよね。

「ユキ、ラヴィオラ様にその書を献上せよ」

 私としてはここは無難に乗り切りたい。こんなもので良いなら喜んでだよ。迷わずナガレンさんの言葉に返事をして氷の棺を乗り越える。

 グルメ雑誌を受け取ったラヴィオラ様は、しばらくそれに食い入るように見入っていたけれど、ナガレンさんに声を掛けられてはっと我に返り、気まずそうに咳払いしてから表情を正して正面を向いた。

「この書を我が深淵の迷宮の聖典とする」

 それはグルメ雑誌だよってつっこむ所なんだろうけど、主様の決定は絶対。

「仰せのままに」

 私を含めたその場の全員が頭を下げ、声を揃えてそう言ったよ。


「さて、神の悪戯により我らは氷の戦姫ではなく、ユキと申すこの者を眷属の列に加えることになるが、この中にそれに異を唱える者はいますか?」

 ナガレンさんの言葉に声を上げたのは一人だけ、騎士の出で立ちで下半身が蛇の女性。その顔は兜に隠れて半分しか見えないけれどね。

 眷属として認める前に彼女が知りたかったのは、私がどのくらい戦えるのかって事らしいけれど、それには他の人達も興味はある様だった。ただ一人だけ私と同じくらいの背の黒のゴスロリの子がいるんだけれど、彼女は一人下を向いてブツブツ何か言っていてよくわからない。


「オリザ、この者は戦闘では全く役にたたぬでしょうね。代わりに話術や算術といった商才に長けている様に見えます」

「商才ですか…」

 ナガレンさんの言葉に四天王らしき人達全員が残念そうな顔をする。なんかごめんなさいね。

「ではユキ、お前は表に回す。そこで成果を上げ、ラヴィオラ様の眷属に相応しき事を皆に示して見せよ」

「はい」

「それでよろしですね。ラヴィオラ様」

「うむ、よかろう。期待しておるぞ」

 周囲を見渡し、ナガレンさんが声を上げた。

「ベルガーナはおるか?」

「はい、こちらに」

 声と共に天井や壁の影から無数のコウモリが現れ、それが広間の中央で一つとなり一人の女性の姿へと変わった。

「このユキと申す者を表に回す。以降諸事の手配全てをお前に一任する。頼むぞ」

「ありがたき幸せ」

 ベルガーナと呼ばれた女性は一礼すると私の方に向き直り、小さくウインクして見せた。よろしくって事なのかな。

「さあ行くよ」

 そう促されて私はベルガーナさんについて広間を後にする。

「次の件に移る。カイエンとヨシュア、魔国での禁書取得状況について報告せよ」

 背でなんかやばそうな会話が聞こえてくるけれど、気にしない、気にしない。

 しばらく歩いて魔法陣の上に乗ると、私達は何処かへと移動した。


          *          *


 移動はしたものの、最初の広間と比べて景色はそう変わっていない。

 ベルガーナさんと私が歩くのは広大な通路で、時折すれ違うのは本を満載した荷車。しかもそれを引いているのはスケルトンとかゾンビとかいう類いのもの。

 彼等とすれ違う度に顔を引きつらせて声を上げる私にベルガーナさんは呆れ顔だ。

「骨人や死人を見るのは初めてかい?」

「大丈夫なんですか?襲われないんですか?」

「何言ってるの、人間なら襲われるだろうけれど、私達はアンデッドだからね。彼等も私達を仲間と認識しているのさ」

「アンデッド?」

「偉大なるネクロマンサーにして深淵の迷宮の主であるラヴィオラ様にユキは召喚されたんだから、アンデッドになるに決まってるだろ。おかしな事を聞くね」

「ベルガーナさんもそうなんですか?」

「私は雇われの吸血鬼、あんたとは違うね。まあ、アンデッドって所は同じかな」

「…」


 だめだ。考えちゃだめだ。とりあえず後で整理しよう。


「それはそうとずっと歩いてますけれど、ここは一体何処なんですか?」

「ここは深淵の迷宮内に増築された冒険者達の立ち入れない管理区画、表の仕事の心臓部とも言える場所だよ。ちょっと覗いていくかい?」

 そう言うとベルガーナさんは通路のあちこちにあった扉の一つを開けて私に手招きする。恐る恐るそこを覗いてみて、私は声を上げた。

 超巨大な空洞の中には本の詰まった書棚がずらりと並んで、まるで大規模な図書館みたいな場所だ。

 そしてそこを本を抱えて行き来するおびただしい数のスケルトン達。ある一画ではフードを被ったスケルトンメイジ達が本に魔法をかけている姿も見られる。

 無数の骨人達が働く場所、きっと二十四時間休み無しでだ。

「私もここで働くんですか?」

「ああ、違う違う。ここはバックヤード、働くのは街のお店」

「街があるんですか?」

「あはははは、深淵の迷宮はカリート王国の王都ゼロの真下にあるんだよ。表の仕事っていうのは王都直営店の運営だよ。期待してるからね」

「はあ、頑張ります」


 それから魔法陣をいくつか通ってたどり着いたのは暗黒騎士達に厳重に守られた鋼鉄の大扉の前。

 ベルガーナさんの開門の声と共にそれがゆっくりと開く。

 王都商業区の倉庫街の一画にある一つの建物から出た私の目の前に広がるのは人の行き来も無く静まり返った夜の街並み。

「ああ、良い夜だねぇ」

 ベルガーナさんは夜空を見ながらうれしそうに言う。見上げた夜空には私が見慣れた月は無く、遙かにでっかい赤みを帯びた星が一つ空に浮かんでいる。

 二重惑星ってやつなのかな?ともかくここが地球とは全く違う星だって事は理解した。

 でも一つだけどうしても知っておきたい事がある。

「私達は悪なんですか?ラヴィオラ様は何を成そうとされているんですか?」

「ラヴィオラ様の深慮は私如きには計れないよ。ただその命に従うのみさ。私達が受けた命は、人の手に余る禁書や危険な魔道書を集取して迷宮内に封印する事。その為なら正義を名乗る者とも邪悪な存在とも戦う。それが私達さ。答えになったかい?」

 う~ん、判断に困る内容だね。でも人々を苦しめる絶対悪って事でないのならば、とりあえずは良しとしておこう。

「さあ、行こうか」

 ベルガーナさんと共に私は夜の石畳道を歩き始めた。

 商業区の外れの高台にあるベルガーナさんの屋敷に私は住むことになった。

 真夜中だというのに、執事やメイド達総出のお出迎えには正直驚いたよ。そして私は屋敷の二階にある一室を与えられてとりあえず朝まで休む事に。

 夜が明けたら住民登録に行くとベルガーナさんには言われた。

 自室のベッドに横になり、私はゆっくりと目を閉じた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ