カイエンとヨシュア
大陸北部の三分の二を領土とする巨大帝国ロムスガルヒ、その統治の及ばぬ地域が大陸東北部には存在する。北の小三国と呼ばれるノーザンライト王国、リーン王国、ファータル王国、そして東北端に位置する魔王の治める魔国である。
しかしながら、北の小三国は小三国同盟が破れて以降次々と帝国に屈し、最後まで帝国に抵抗し続けたノーザンライト王国も先の戦で主力騎士団を失った事で力を失い、以降小三国は形式上帝国の同盟国という形をとりながら、魔国侵攻の最前線基地と魔国に対する帝国の盾としての役割のみでその存続を許されている。
* *
魔国の国境線を守る魔国砦群の中枢にそびえる巨大な砦、ここは女性でありながら『獅子王』の異名を持つ魔国第四軍を率いる将アイズの居城でもある。
この砦は魔国国境中央部の要の城であり、帝国軍がここを抜けば魔王の居城ヘルズパレス及びその城下町であり首都でもあるイースタンドームを直接突くことが可能になる。
城将アイズはヒョウの姿の獣人であったが、魔国の瘴気により変異し、顔には大きな単眼と肩から生えた四本の触手を持つ魔物と化した存在である。
「なぜこうもこちらの守りが易々と突破されるのだ。一体何が起きている」
「帝国及び王国同盟軍に勇者の存在を確認。圧倒的な力で進軍して参ります」
「勇者だと」
アイズは怒鳴り声を上げたが、部下達に動揺を与えぬようすぐに冷静さを装い崩された防衛戦の再構築のために指揮を振るう。
小三国と魔国との間には『魔王の森』と呼ばれる瘴気によって凶暴化した魔物が多数生息する地域があり、そこは人間の兵如きがおいそれと突破出来る場所ではない。その森を防壁としてこれまで魔国は帝国の侵攻を退け続けてきた。
帝国が対魔国戦争の為に異世界より勇者なる力を持つ存在を召喚し続けている事は報告で知っているし、その力は魔王に匹敵し、地竜を一撃で両断しただのと気分の悪くなる逸話もいくつか耳には入って来ている。
しかしながら、魔王の森にて時折勇者の出現が確認される事はあっても、その刃が魔王の森を越えこの魔国領内に届いたことは過去一度として無かった。
そうこうしている内に勇者の存在は消え、そしてまた新たな勇者が召喚されたと耳にする。これまで何度そんな話を聞いてきただろうか。
「なぜ今更勇者がと言うべきか、それともついに来たと言うべきか」
「精鋭三千、城内に集結しました。閣下の号令一下、いつでも出られます」
「よし」
そう答えてみたが、それで勇者を止められる確証は無い。これだけの防御が紙の様に突破されているのだ。勇者の力は本物と見るしかない。
「まさかこれを使う日が来ようとは…」
アイズは魔王様よりもしもの時の為にと授かった第三位魔道書に目をやった。
『大地爆砕』と記された魔道書は、爆発とその高熱により周囲一帯を死の大地と化す広範囲殲滅魔法である。
既に使い手も絶え、魔道書としてしか存在しないその魔法は、それほど貴重であると同時に極めて危険な代物であった。
城内に警鐘が鳴り響く。
「今度は何事だ」
「閣下、空を」
城壁に乗り出したアイズが目にしたのは、城の上を旋回する黒い竜の姿。
「なっ、ブラックドラゴン?」
その姿が不意に消え、城内の中庭に降り立ったのは二人の人間。
急ぎ階段を駆け下りた将軍アイズが目にしたのは、三千の精鋭達に囲まれながら平然としている男女の二人組。一人は細身ながらも屈強な黒髪の異国風の戦士、もう一人はゴスロリ調の黒いドレスを纏った銀髪の少女である。
「何だ、お前達は」
「毎度、カイエンと申す」
「ん、ヨシュアだよ」
フレンドリーな受け答え。深淵の迷宮営業心得その一、「威圧せず穏便に」を守る二人であったが、そんな事は今のアイズの心境には関係ない。
「お前達の名などどうでもいい。何用かと聞いている」
「拙者達は、先日文にて告知した魔道書の買い取りについての交渉に参った」
そう異国風の戦士は言う。
確かに一月前、差出人不明の封書が誰も入れぬはずの自室の机の上に置かれていた。内容は自分の持つ第三位魔道書を相応の対価にて買い取りたいというものだったが、その時はあり得ぬ馬鹿な事と気にもせずに封書を焼き捨てていた。
その者達が今自分の目の前に現れた。
「相応の対価と申していたな。この第三位魔道書に見合う対価としてお前達は何を用意している」
アイズの問いには少女が答えた。
深淵の迷宮営業心得その二、「用件は簡潔明瞭で正確に」だっけ。
何か呟き、彼女は数歩前に歩み出すと、一枚の魔力を帯びた木札を取り出し自分に見せた。
「これ、交換券。これがあれば私達の持つ第三位までの豊穣魔法や救済魔法、または私達がこの世界に無害と認めた魔道書を自由に閲覧して交換する事ができる」
死の大地を実り豊かな土地に造り替える豊穣魔法や不治の病や疫病を消し去る高位の救済魔法を持つことは、確かに魔国にとっても有益だ。しかし…。
「お前達がそれを本当に持っているという確証が無い」
「ん、よく言われる」
ならば話はここまでだ。アイズは三千の精鋭達にこの二人を始末する様命じた。
これに対して異国風の戦士は腕組みしたまま動かず、前に立つ少女のみが行動を起こす。
少女の背から黒き翼が生え宙に浮くと、少女の口元が激しく光った。
放たれた光線が周囲の兵達を一気に薙ぎ払い、その一撃で魔国第四軍の精鋭三千の三分の二近くが一瞬で消滅した。
少女の妖しく光る目に見つめられ、その場の兵士達は地面に次々とへたり込み戦意喪失、将軍アイズは何とかその威圧に持ちこたえたが、その場に立っているだけで精一杯という有様だった。
突然、激しい轟音と共に砦の頑強なはずの巨大な鉄門が吹き飛んだ。
「アイズ、この勇者フジカゲが貴様の首を獲りに来たぞ」
「いやいや、首を獲るのはこの俺様、勇者ハヤテよ」
現れたのは煌びやかな鎧を身に纏った勇者を名乗る二人の青年。
「この上更に勇者だと!しかも二人も」
さすがにアイズはこの状況に絶叫した。
勇者の二人も、この砦内の異変には気づいたようである。
「ん、何か取り込み中みたいだぞ?」
「仲間割れか?まあ、全員ぶっ倒しちまえば関係ねぇけどなあ」
ゆっくりと自信満々に歩み出す二人の勇者に、異国風の戦士と黒い少女はどうぞとばかりに道を譲る。勇者の方もその二人を気にもとめず、ついにはアイズの前に立った。
残った精鋭もすでに戦意喪失状態。無理だ。アイズは自身の死を確信した。
こうなればこの魔道書を使い、勇者もろとも消え去るか。しかしそれで本当に勇者が死ぬのか?
アイズは頭の中をフル回転させながら思案し、そして一つの賭に出た。
「そこの二人。この勇者を倒せたなら、その対価として私の持つ魔道書を譲ろう」
「ん、交渉成立」
そう言って黒い少女は自分と勇者の間に立ち塞がる。
「俺が行く」
ハヤテと名乗る勇者が前に出、その後ろで勇者フジカゲが片手を伸ばして「鑑定」と叫ぶ。
「ハヤテ、その女ドラゴンだぞ。文字化けして詳細はわからないから俺達よりはレベルが高いが、ステータスは四千ってところだ」
「四千ね、まあ強いな」
少女の口から光線が放たれる。その攻撃を勇者ハヤテは手に持つ両手剣で受け止め屈曲させると、方向を変えた光線が砦の城壁の一部を貫き粉々に粉砕する。
勇者ハヤテはそのまま前に踏み込み剣撃を加えるが、黒い少女の方も自身の腕を光らせてそれを受け止めている。暫く打ち合い、二人は互いに距離を取った。
不適に笑う勇者ハヤテに対して、黒い少女の方は幾つかの傷を体に受けており、傷口がシュウシュウと音をたてて煙を上げている。
「さすが勇者、能力がインチキ」
この戦いを見ていたアイズは思わず声を上げていた。
「ステータスとは一体何だ?」
「フジカゲの鑑定能力は特別でなあ。経験や天性と呼ばれるものを全て数値化して見せてくれる。俺達はそれをステータスと呼んでいる」
「経験や天性の数値化だと」
「話の途中で悪いが、次は拙者がお相手いたそう」
「ん、任せた」
黒い少女が下がり、代わりに異国風の戦士が勇者ハヤテの前に立った。
将軍アイズはその成り行きを、ただただ見ているしかなかった。
カイエンは勇者に相対するに背の愛刀『絶命』ではなく、腰に差したミスリルの刀を抜いた。
これは決して相手の勇者を舐めてかかっているのではなく、ソウルイーターの呪いの籠もった『絶命』で相手を斬りつけた場合に周囲が持つであろう恐怖のイメージを押さえる様配慮しての事である。
本日の用向きは殺戮と死の恐怖を与える事では無く「あくまでも穏便に」を掲げた営業、それを忠実に守ればこその選択であった。
「フジカゲ、どうだ?」
「ははっ格好つけているがこいつゾンビだぞ」
「ゾンビ?アンデッドの最弱種じゃねえかよ。ザコが粋がってんじゃねえぞ」
叫ぶや否や、勇者ハヤテは両手剣を振りかぶる。
「おい待てハヤテ、何かおかしい」
勇者フジカゲの制止の声、カイエンの刃が一閃し勇者ハヤテを斬り捨てた。
「この俺様が、何で…」
信じられないといった表情でその場に崩れ落ちる勇者ハヤテ。
「失念、名乗り忘れ申した。拙者の名はカイエン」
カイエンは改めて勇者フジカゲに向き直り名を名乗った。
「その姿、知っているぞ。日本の侍だな。お前も召喚者だろう。何を与えられた。お前の力は何だ」
「何、たわいもない願いでござるよ」
「くそ、鑑定。見えない。鑑定」
繰り返しフジカゲがそう唱えるも、カイエンの能力は名前と種族名以外は全て文字化けして何が書いてあるのか読み取れない。
先ほどのドラゴン少女ですら半分近くは読み取れた。それなのにこいつは…。
勇者フジカゲの「鑑定」能力は経験値をレベルに換算しても見せてくれる。それが見えないのは当然カイエンの方がドラゴン少女よりもレベルが高く、かつフジカゲとの差が圧倒的だという事を表している。
だが身体能力を表す数字は文字化けでも四桁なのは分かる。目を凝らしてようやくその千の桁が一である事が読み取れた。つまりカイエンの身体能力は千程度しかない。
「人間で千といえばSクラスの冒険者並、ゾンビの身でその強さはさすがだが」
身体能力面は圧倒的にフジカゲが上、彼自身はCランク冒険者程度の力しか持たないが、これに勇者補正の五千という数字が各身体能力に加算されている。ドラゴン少女ヨシュアの言うとおり、インチキである。
「俺は最強。誰も俺には逆らえず、世界だって獲れる存在なんだぞ。さっさと魔王を倒して楽勝勝ち組人生を送るんだよ。誰にも俺の邪魔はさせない」
カイエンは勇者フジカゲのそんな叫びも意に介さず、刀を正中に構えた。
* *
日本国の戦国期と呼ばれた時代。
鳴り響く鬨の声、吹き上げる炎とむせる様な血煙の匂い。
約一ヶ月の籠城戦を耐え抜いたこの城にも落城の時が迫っていた。
春宮家に仕える侍大将である上泉懐焔は、今にも破られそうな本丸の城門の前で、僅かに残された味方の兵達と最後の戦いに挑もうとしていた。
本丸の御殿から、主君春宮大膳が幼き姫と共に姿を現し、自分達の戦いを最期の時まで見届けようとしている。
「大殿、これまでにござる。おさらばじゃあ」
上泉懐焔は大声を上げて己が主君に、これまで仕えられた礼の気持ちを込めた別れの言葉を告げた。
頷く大膳、門に向き直った懐焔の背に幼き声が遅れて響いた。
「懐焔、よく励め。励め」
知似姫の言葉に槍を握る手にも力がこもる。
「甚八、抜かるなよ」
「はい」
上泉家の家人夜刀甚八が弓を抱えて櫓に登っていく。
最後の城門がついには破られた。雪崩れ込む無数の敵兵を前に怯むこと無く懐焔達は戦い続けた。
倒しても倒しても増え続ける敵に味方は数を減らし、懐焔自身も槍を失い折れた刀で敵武者と斬り結ぶ。
「主様あ」
無数の矢を躰に受け、ハリネズミの様になった甚八が地面に落ちて倒れた。
いくつもの槍が躰を貫く感触。そして上泉懐焔もついには力尽きた。
気づけば周囲が霧に囲まれた何も無い空間。頭に響く優しげな声が自分に問いかけてくる。
どうやら自分は死んだが、新しい生を違う世界でまた生きられるらしい。ならばとそれらに答えた。
「拙者には剣が全て。人の身のまま剣一本で成り上がれる世界を」と希望した。
だが問いはまだ希望があるかと聞いてくる。
ふと周囲で話し声が聞こえた。人の様な形をしたものが側にいた。
「やっぱりチートだぜ、チート」
「そうだよな、最強になって無双だろ」
言葉の意味の大半は分からなかったが、無双とは天下無双の事だろう。その力が与えて貰える?
それらは弛まぬ努力の末に得られるものの筈、理不尽だと思った。
自分が新たに生を受ける世界で剣を振るい、技量に勝る者に敗れるならば本望。しかし神の手で天下無双を得た輩に膝を屈するなどは到底我慢ならなかった。
「チートなる力を封じる力を拙者は望む」
上泉懐焔が望んだのは、ただそれだけだった。
* *
「来ぬのなら、こちらから参るまで」
カイエンは刀を上段に振り上げたまま走り出す。勇者フジカゲはようやく剣に手をかけそれを抜こうとしているが、その動きは明らかに遅い。
互いに名乗りを済ませた以上、勝負はすでに始まっている。剣も抜かずにいらぬ事をしたり戯言を吐いたりしていた勇者フジカゲはあまりに迂闊。
カイエンの刃が勇者フジカゲの鎧を裂き、その肩口に食い込んだとき、勇者フジカゲはまだ剣を半分も鞘から抜ききっていなかった。
「あり得ない。最強の俺がこんな所で死ぬ?」
勇者フジカゲは地面に伏し悪態をついていたが、それもすぐに収まった。
「ん、偽物勇者は神の力に頼りすぎ。素の力を鍛えないとカイエンには届かない」
ヨシュアが動かなくなった勇者達の遺体を冷たく見下ろしながら言った。
魔国第四軍将軍『獅子王』アイズは、目の前で起きた出来事に目を疑った。
謎の二人組が勇者と相打ちにでもなってくれればと、そう期待したが、勇者二人はカイエンを名乗る異国風の戦士にあっさりと討たれてしまったではないか。
「ん、もらっていく」
ヨシュアと名乗った黒き少女が第三位魔道書をアイズの手から奪うと、翼を広げて小さく手を振った。
砦に駆け込んできた伝令の兵が、アイズに急報を告げる。
「帝国及び王国同盟軍一万が、この砦に向け進軍中です」
勇者は倒したが、敵軍は未だほぼ無傷で健在。対してこの砦にはもうまともに戦える戦力は無い。
お前達のせいだ。そう言わんばかりにアイズはヨシュアに目をやったが、彼女はふいと視線を逸らす。
「ヨシュア殿、あれはなんと申したかな?ビオラ殿より教わった営業のいろはの最後の言葉の、お客様の満足度を上げる意味の分からぬ難しい言葉」
カイエンがそう問い、ヨシュアが首を傾げて考える。
「ん、深淵の迷宮営業心得その三、あふたーさーびすを忘れずに?」
我が意を得たりとカイエンが頷く。
巨大なドラゴンへと姿を変えたヨシュアがカイエンを背に乗せ空に舞い上がる。
目映い光線が三度砦の外に向けて放たれ、凄まじい爆発と火災が起こった。
この日、帝国と王国同盟軍一万の軍勢は、勇者ハヤテと勇者フジカゲの二名と共にその軍の大半を失い潰走。対する魔国第四軍は将軍アイズ指揮下の精鋭部隊の殆どを失いながらも、魔国国境の防衛には辛くも成功したのである。




