リニューアルオープンに向けて
「ベルガーナさ~ん、起きてくださ~い。朝ですよ~」
「う~ん、朝嫌い、昼嫌い。ベルガまだ寝るの~」
王都本店に出勤してきた親父さんに鍵を返して、そのまま急ぎ屋敷へと戻ったのですがこの状況です。
ベルガーナさんって仕事の無い日はずっと寝てるのかな?
このままでは仕事にならないので、雪玉をセット。
寝ぼけ眼のベルガーナさんを連れていざ執務室へ。
執務室内ですでに待機していた執事のユークさんの前には幾つかの資料が積まれている。これは昨夜私がユークさんに頼んで準備してもらった王都直営店三店舗と他国で展開している支部のここ数年の収支資料だ。
さっそくソファーに腰掛け資料を確認していく。難しい顔をしながら唸っている私に、ベルガーナさんは王都本店の感想を聞きたいって話しかけてくるのがちょっと煩わしい。
「異世界の古本屋の再現度はどうだった?あれは本当に苦労したんだよ」
「確かに私の知っている古本屋さんでした。特にあの親父さんなんか、そのままでしたよ」
「そうだろう、あのトゥーバイって老人を探すのには五年もかかったんだ。あの味を出せる親父はそうはいないよ」
「トゥーバイっていう名前なんですね、あの人」
「気のない返事だねえ。もっと褒めておくれよ~」
「でも商売する店舗である限りは利益を出さないと、資料を見るに王都本店の売り上げは他と比べても際立って悪いじゃないですか。買い取りも販売も無しが数ヶ月単位で続いていますし、ホワイト商会の名貸し料や人件費に公共費等の固定費を入れると赤字ばかりを垂れ流していますよ」
「この表の仕事っていうのはさ、裏で行われている禁書や魔道書の収集の補助的なものなんだから、店という形だけがあれば良いんじゃないのかい?」
「なるほど、ベルガーナさんはそういうつもりで店作りを行っていたんですね。理解しました」
そして私はテーブルを叩いて立ち上がった。
「理解はしましたが、納得は出来ません。あの店舗ではラヴィオラ様の意向に全く沿えていないと思います」
「それは一体どういう事だい?」
「本を売る商売で店舗の売り上げを伸ばすという事は、単に金を稼ぐという事では無く、民間に本を流通させているという事です。本を読もうとする人が増えればそれだけ人々の識字率も上がりますし、本から得られる様々な知識や感性は心を豊かにしするだけでなく文化や技術の発達にも繋がり、将来的な国の発展に大きく貢献できているって事なんだと思います。初代国王と共に国作りに携わってきたラヴィオラ様ならば、きっと表の仕事のそういう姿を望まれるはずです」
「それでユキはどうしたいんだい?」
「確認ですけれど、私は店で働く一商会員では無く、店主を務めるという事でよろしいですか?」
「店主というより商会頭かな、後々は表の仕事を全部まるな、全部を任せようと思ってるよ」
「他を見ている余裕は無さそうなので、とりあえず店主でいいです。本店以外の二店舗は業務委託されているみたいですから、まずは王都本店店主として成果を上げたいと思います。それで、店舗を新しくリニューアルしたいと思うのですが、かなりの資金が必要です」
「リニューアルってのは何だい?」
「違う形のお店に造り替えてしまうことですよ」
「ふ~ん、そこまで言うからには、ユキにはあの店を成功させる考えがあるんだね。私はユキの好きにやればいいと思ってる」
「一つだけ私からよろしいでしょうか」
私達二人のやりとりをずっと聞いていたユークさんが声に出した。
「ユキ様のそのリニューアルですが、ユキ様はまだ世情に疎い部分もございますので、ここはホワイト様に一度ご相談してみてはいかがでしょう」
「そうだね。じゃあユキ、私からそのリニューアルに一つ条件をつけようじゃないか。ホワイト商会会頭の賛同を得ること。それが出来たら全面的な支援をするよ」
「わかりました」
執務室での話が一段落ついたのを見計らってか、ドアがノックされ、私の食事の用意をしても良いかと木漏れ日に焼かれたメイドさんが伺いを立てに来た。
「ユキ、休憩にしよう。今日は私の分も頼むよ」
しばらくして料理人服のマッチョな男性と二人のメイドさんとで執務室のテーブルの上に二人分の朝食が用意された。体から煙を上げながら仕事するメイドさんにはちょっと同情する。
食事といっても簡素なもので、スープとパンにいつものグラスに入った温い水だけのものだけど、スープには肉がゴロゴロ入っててボリュームはありそう。
そういえば、いつもは料理が運ばれてくるだけなので、料理人のマローさんとこんな近くで接するのは初めてだ。
「今後の為にユキ様の好き嫌いを確認させて頂きたいのですが」
「好き嫌いですか。そう言われても私はこっちの食材にまだ詳しくないですからね。ん~、じゃあ今のところですけれど、人肉以外なら大丈夫だという事にしておきますね」
すでに料理に手をつけスープに舌鼓を打っているベルガーナさん。では私もとスプーンを手にした途端、私の前からお皿が消えた。
「マローさん?」
スープ皿を手に取ったマローさんが私の視線から目を逸らし、汗をダラダラと流し始める。
察したよ、つまりそのお肉は…。
「なんだユキ、私達知性ある魔物の人肉食はこの国の法律でも保証されているぞ。ただ材料の入手先は死刑囚や盗賊といった重犯罪者のものに限られてはいるけどね」
そんな事いわれてもね。私は数日前までは人間だった訳で、魔物だから人食ってもOKなんて…。
「マローさん。次からは別なお肉でお願いします」
そう言うしか無いよね。とりあえずパンしかないからそれにかじりついたけれど、パサパサで味気ない。
「マローさん。バターとかチーズは無いんですか?」
「それは一体どの様なものでしょうか?」
あら、乳製品は無いのかな。じゃあ牛って言っても分からないかもしれないなあ。だからミノタウロスの頭に似た顔の動物から取れる乳の加工品だと説明したんだけれども、それを聞いた皆の顔が青ざめてる。
「ミノタウロスの乳の加工品…」
「いえ、そうじゃなくてですね」
「ユキ、ミノタウロスってオスだぞ。その乳ってまず存在するのか?それを加工した食い物とか想像するだけでおぞましい。マローの奴白目むいてるぞ」
弁解しようとしたけれど、無理だった。
食事を終えてリニューアル計画を練ろうと自室で作業を始めたんだけれど、窓の外で何やら騒動が起こっていた。
私の目に入ったのは、フルプレートに身を包んだ重装備のマローさんをベルガーナさんとユークさんの二人が必死で押し止めている姿。
後で聞いた話なんだけれど、私のリクエストに応えようとマローさんは、深淵の迷宮の中層階に一人で乗り込もうとしていたらしい。
* *
王都本店のリニューアル計画についてのアイデアは、前世の古本チェーン店時代のものより、それ以前の職種や大学での勉強が役に立った。
内装デザインや棚の配置、授業員の働きやすい環境づくりと次々に思い浮かんでくる。
でも真っ先に頭に浮かんだのは、お店にでっかい名前の入った看板を置くこと。
商会名だけじゃ初めてのお客様には分からないからね。
名前は『古本屋ラビット』、ラヴィオラ様をもじってフードを被った黒ウサギのキャラクターで売り出して、将来的には『ウサギの本屋さん』なんて子供達には呼ばれてみたい。
ただこれは、計画スタートが決まった際に実際に施工する職人達に伝えるべき内容なので、ホワイト商会会頭に対するプレゼンテーションには役立たない。
商人に「うん」と言ってもらうには、やはり収益面に将来性といった事を提案しないとダメだと思う。
将来性という面ではやはり子供達だろう。『子供達が本を手にして楽しめる本屋さん』を目指すのは私の強い想いでもあるからだ。
この世界の共通言語と呼ばれる文字は、前世日本の様に何種類も覚える必要が無い。本だけで無く通りの看板も標識も全てが洋風に言うならば全てカタカナだけで書かれていると思って頂ければいい。
ひらがな、カタカナ、漢字を組み合わせて書いたりしなくていいから、発音とそれに対応する文字さえ覚えてしまえれば、絵本程度の本ならすぐに読めるようになると思う。
商家や貴族家では家庭教師が発音しながら、書き出した文字を何度も生徒に書かせて字を覚えさせる方法らしいので、これと同じ事が路上で広く普及できる方法を考えてみる。
識字率さえ上がれば、本の売り上げは一気に伸びるはずなので、収益生という面でもここがまず肝になるだろう。
あとは子供達が本を読むことで得をするサービスの提供。彼等の親達が進んでお店に子供達を送り出せる様なものがいいな。
あとは現代日本風に近いトイレ環境の整備が出来るなら、これを用いた有料トイレなんかも提案できるかもしれないので、これも案として残しておく。
名付けて『魔道トイレ作戦』、一応原案だけ殴り書きしてホワイト商会で実現可能か聞いてみよう。
あと制服なんかにもこだわりたいけれど、これはまた別なお話だね。
原案はだいたい出来たので、お昼からはホワイト商会を訪ねてみようと思う。
失敗したら反省点を直して再チャレンジだよ。当たって砕けろ精神だね。




