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異世界古書店は命懸けです  作者: つむぎ舞
第一部 ユキ覚醒編
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プロローグ

 今私達は、王都から馬車で南に二日程の場所にある『亡国の魔女の塔』と呼ばれる場所に来ています。

 実のところ私がこの塔を訪れるのはこれで三度目、過去二度の訪問はとある商人の付き添いという形だったのですが、今回は私個人の商談のため。

 今日はいつもと違い塔の下でのメイドさんのお出迎えは無し。

「毎度どうも、本の出張買い取りにやって来ました」

 塔の一階の広間でそう叫んでみるも反応がない。でも絶対に留守じゃないって確信が私にはある。

 仕方がないので護衛兼荷物運搬の為に雇った冒険者達四人を引き連れて長く巨大な螺旋階段を上っていく。


 何事もなく塔の中層あたりの広間に出たところでもう一度声かけをしてみると、ようやく塔の主である女性の声が広間内に響いた。

「あら、誰が来るのかと思えばあなただったのね。ふぅん、あなたはそっち側の人だったのね」

「そっち側って…まあご想像にお任せします」

「では、あなた達が私の本を手にするに相応しい者達か試させてもらうわね」

「えっ何?試すって…聞いてないよ」

 私の声も空しく静まりかえる広間。そして床一面に浮かんだルーン文字が輝くと、私たちの目の前に突然巨大なムカデ型の魔物が現れた。

「ジャイアントセンチピード!これは私達では無理だわ」

 いち早く冷静さを取り戻した冒険者のリーダーであるウサギ耳の少女が声を上げ、すぐに仲間達に指示を出し始めた。

「リタ×リタ、何とか奴を食い止めて。ガモちゃんはユキさんを安全な場所まで連れて退避、絶対に放しちゃだめよ」

 言い終えると兎人族の少女ルル・ルンは防御の呪文を二人のリタへと唱え、自らも戦士ガモウの後を追って駆け出した。

 特殊な形状の二刀を構えた白狼族のリタ・ブライアンと槍を握りしめた黒狼族のリタ・ブラウンのアタッカー二人、仲間内では一括りにしてリタ×リタと呼ばれる彼らは、壁や天井を利用した立体的な動きで巨大ムカデに強烈な一撃を加えるも、彼らの攻撃は堅い甲殻に弾かれてしまう。

 しかし、この攻撃に巨大ムカデは驚き悶えた。今がチャンスとばかりに二人は背を向けて一目散に逃げ出したのだった。


 どうしてこうなったんだろう。言いたいことは山ほどあるけれど、今はそれどころじゃない。

 そして今私は、がっしりとした巨躯のハーフオーガの戦士ガモウの小脇に抱えられて巨大ムカデの襲撃から逃げている最中。

 グルグル回る塔の巨大な螺旋階段を駆け下るそれは、ジェットコースターも顔負けの迫力で、私はただただ叫び声を上げているだけ。

 せっかく上った塔から戦士ガモウと飛び出し、その後からローブ姿の兎耳の少女、リーダーのルル・ルンが追いついてくる。

「大丈夫ですか、上で一体何が?」

 馬車の見張りに残ってていた猫耳族のシーマが息も絶え絶えな私達に呑気に語りかけてきた。

 暫く待って、リタ×リタと呼ばれていた人狼族の二人組が塔からボロボロの姿で転がり出てきたけれど、巨大ムカデは塔の外までは追って来なかった。


 暫く休息を取り、私達は空っぽの馬車で王都までの帰路についた。

「あの、ユキさん。今回の依頼は失敗になるのでしょうか?」

 冒険者パーティーのリーダーであるルルさんがそう尋ねるのも無理はない。依頼の失敗は彼女達の評価を落とし、上位ランクへの昇格や今後の仕事の受注にも影響が出るからだ。

「大丈夫だよ。依頼は『亡国の魔女の塔』で買い取る予定だった積み荷と私の護衛だからね。積み荷が手に入らなかったのは私の落ち度だから、後は私を王都まで無事に送り届けてくれれば依頼は完了だよ」

 私がそう答えると、五人の冒険者達はほっと胸を撫で下ろす。そして今日の事を振り返りながら軽口も出てきた。

「巨大ムカデなんて無理無理、あんなの複数のCランクかBランク冒険者じゃないと倒せないよ。いやぁ命があって良かったよ」

 リタ×リタが笑い合い、御者と見張りを務めるガモウとシーマもそれを笑顔で聞いている。リーダーのルル・ルンだけが少し申し訳なさそうな視線を私に向けてくるが、今回の失敗は全部私のミスが招いたもの、彼女達に罪はない。


 私の名前はユキ。

 私はカリート王国の王都で商売を営む王都随一とも呼ばれるホワイト商会で表向き古本部門の責任者という立場にある。王都内には本店と二つの支店があり、そこでは一般的な書籍の他に生活魔法や魔術師ギルドで認可されている魔法書なども取り扱っている。

 それとは別に魔道書と呼ばれる上位の魔法書の他、禁書と呼ばれる危険な魔法書が含まれる買い取りを行う業務も存在するが、これらは裏の仕事として分類され、通常私達が直接関わる事はない。

 ないんだけれども今回私はそれに手を出した。

 表の仕事の働きぶりは私の主にも評価されていたんだけれど、実際古本業としての利益は未だ殆ど出ていないのが現状。それに加えてここ最近の主からの要請には失敗続きだったから、一発逆転を狙っての行動だった。

 何せ魔道書は相当な値打ち物ばかりだから、これを業務の利益補填に充てる腹づもりだったし、勝算も十分にあった筈だった。

 この塔の主や住人とは顔なじみだし、王都から二日と近くて道中危険な魔物が出ることもない。だから低ランク冒険者の護衛で十分と考えて知り合いのルル達Eランクの冒険者を雇った訳なんだけれども、まさか着いた先の塔の攻略まで考えないといけないなんて誰が考えるかってんだよ。

 顔なじみの友好的な魔女?どこがだよ。そして私の出張買い取りは見事に失敗。

「帰ったらまた、怒られるなあ」

 ユキは小さくそう呟くと、馬車の最後尾から小さくなっていく魔女の塔を見つめながら拳を握りしめた。

「ちくしょう、覚えてろよ~。次は絶対に買い取ってやるからなあ」

 彼女の叫び声だけが、のどかな風景の中を空しく木霊した。


          *          *



 人は死ぬと魂が体から離れ空を抜け、宇宙へ旅立つと何かで聞いたことがある。

 でも私はそうはならなかった。

 死んだ!とそう思った次の瞬間、そこは深い霧の立ち込める空間だった。

 そんな場所に私は居て、私の周囲には輪郭のはっきりしない人だか動物だかも分からない塊の様なものがいっぱい並んでいた。例えるなら霧に包まれた受験会場の様な雰囲気だろうか。

 突然私の頭の中に優しげな女性の声が響く。

 声は私の死が真実だと告げ、そして私の魂を他の世界へと送り出す事についての謝罪の言葉を述べていた。

 何か長々と説明されたが、要約すると多数存在する世界はそれぞれが一定の質量にて成り立っているらしいんだけれど、それぞれの世界の持つ技術の中には他の世界からものを呼び寄せたり、他の世界へと無理矢理送りつけたりするものがあるらしく、その行使によって世界に質量の過不足が発生するらしいのだ。

 それを放置すると世界の崩壊が始まる為、本来なら輪廻転生の輪の中で生と死を繰り返す死者の魂を用いてその過不足を修正していくのだという。

 それが今回ここに集められた私達らしく、しかも魂のまま他世界へと送る事はせず転生という形で行った先の世界で生を受けられるらしい。

「本来の道とは外れる運命を辿る皆様の希望には出来るだけ沿いたいと思います」

 その言葉と共に目の前に現れたのはアンケート用紙の様なもの?

 私は促されるままにその問いに目を通し始めた。


『あなたがもとめるせかいは?』


 私は本を読むのが好きだ。だから本の無い世界は嫌だ。だから「のんびり本を読める世界」を希望した。それを書き込むと頭の中に流れ込んで来たのは美しく豊かな自然に満ちた剣と魔法の世界。

 空には竜が飛び人々が暮らす街並みは西洋中世時代そのものだ。どうやらこれが私が向かう世界になるらしい。

 あ、そうか。技術の進んだ世界だと活字の本というものは消えて電子書籍の様な形になるに違いない。

 まあ、サイバーパンクよりはファンタジーが好みだ。そのナーロッパ的世界に異論は無い。

 次の問いが現れる。


『どんないきものになりたいですか?』


 ドラゴンとか魔物とか、そういうのもありなのか?とか考えながらも『人間』とは書かない。どうせなら人間よりも長命な種がいい。その分多くの事を見たり学べたり出来るに違いないからだ。

 私は女の子。髭もじゃのドワーフや足毛びっしりのハーフリングとかは嫌だ。

 だから希望は神秘的なエルフだけれど、その世界にどの様な種族が実際にいるのかは分からないので、ここはエルフ的なイメージになる様にぼかして曖昧に書いてみた。


『きおくはのこしますか?けしますか?』


 別に前世に嫌な思い出はあまり無かった気がする。それに人生をやり直すゼロスタートよりは人生経験や知識はあったほうがきっと得だと思う。迷わず残すを選択した。


『ほかにきぼうはありますか?』


 なかなか親切な問いだ。ここで厨二的な奴らは無双出来るチート能力を書き込むのだろうけど、声は必ずしも希望を叶えるとは言っていない。だから世界を揺るがす様な能力をホイホイとくれる訳が無いと結論づけた。

 だがまずは、本のある世界で文字が読めないでは話にならないので、言語理解力と会話に読み書きが出来るようにと書き込んだ。

 異世界転生だから変わったことをしたいなんて考えは私には無い。「異世界でも普通に無難に生きていけたらいいなあ」てのが希望なので、出来ればと付け加えて生活の安定をと書き添えた。


 アンケート用紙の様なものが消えると、周囲の景色が一変して見慣れた場所になった。どうやらこれは私の部屋だ。

『ひとつだけもっていけます』のアナウンスと共に六十の数字が現れてカウントダウンが始まる。

 何かのサバイバル系ゲームかよって一人でつっこみながらも視線を回す。

 スマホ、最初に浮かんだのがそれだったが、持って行っても使える筈が無い。あれよあれよと考えている間に残りが十秒を切る。

 目についたそれを手に取った瞬間、私の姿をした魂は眩い光に包まれていった。


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