結成会と露天風呂 3
エスカレア特別区の中心部は歓楽街。
食事や買い物など、客層は四校の生徒が主流になるため自然とお店が集まった結果だ。それでも栄えているのはせいぜい中心部の一キロ四方で、その周囲には住居や学園寮が建ち並ぶ住宅街になる。
中心から三キロも離れれば研究用の農地や牧場が広がる牧歌的な風景になり、五キロ歩けば国境を越えてしまう。
「このメンバーが揃って行動すると、あの事件を思い出しちゃうわね」
「そうなのかい? いつも一緒の仲良しグループにしか思えないよ」
「授業くらいしか接点がねぇからな。家もギルドも違うから仕方ねぇ」
教室では毎日顔を合わせているけど、一緒に行動するのはせいぜい食堂までの道のりくらい。昼時は混雑してバラバラになるから五人で食事することもない。
だから、嬉しくて楽しみなんだよね。
「それで、お店ってのはどこなんだい?」
歓楽街はとっくに通り過ぎた。目ぼしいお店も見当たらないし、中心部から離れれば離れるほど周囲の建物は古めかしくなっていく。
「学園寮すら通り過ぎたわよ。本当に大丈夫かしら」
「任せとけ。ちょっと離れた隠れ家的な店なんだ」
「隠れ家的な店って、実際には隠れてないことが多いよね」
「心配すんなジュディス。もう着いたぜ、この建物の二階だ」
指を差した建物は雑居ビル。階段前にはまったくやる気を感じさせない看板が立てかけられているだけなので、お店だと言われなければわかるはずがない。
知らなければ気付かない、まさにそんな、一見さんお断りといった雰囲気だ。
「あんたとうとう裏の世界に手を出したんじゃない? 妖しい薬キメててドン引き」
「俺様を何だと思ってんだボケアマ」
「図星に逆ギレって小物すぎてウケる」
「カイザーは確かに粗野で乱暴でガラの悪いチンピラの不良だけど、薬物に手を出すほどのクズじゃないのは知ってるよ。ぼくたち友達だよね?」
「ジュディス、お前も言うようになったじゃねぇか。シメるぞオラ」
みんなの心配はわかるけど、ここまでの道のりはボクとレナが毎日使う通学路。
この場所だって馴染みがある。
「ラドくん、もしかして」
「もしかしなくても、他にないんじゃないかな」
階段を上がった先のドアにはシンプルに『OPEN』のプレートが下げられている。
カイザーを先頭にみんなが続いて、ボクとレナが最後尾。
「な、いい感じの穴場だろ」
気持ち暗めの店内に、カウンター棚には彩り豊かな酒瓶がたくさん並んでオシャレに仕上がっている。こじんまりとしたダイニングバーだ。
「いらっしゃい。おや……こんな時間に珍しい」
その言葉はボクとレナに向けられていた。
「何だお前たち、知ってたのか」
だってここはアオイさんのお店、アクアパッツァ。
普段は夕方からしかお店を開けないんだけど、これからは週末だけランチタイムも営業するそうだ。料理好きが高じてのことだけど口コミだけで広めるつもりらしい。
「今日はお友達と一緒とは。皆さん、奥のテーブルにどうぞ」
Xクラスの結成会とミーシャの入学前祝いなんですって無駄口を叩きながら、メニューにあるおまかせランチを頼んで席に着く。まだ他に客がいないので貸切状態だ。
「ランチってボクも知らなかったのに、よくカイザーが知ってたね」
「メイセンに聞いたんだ。みんなを連れて顔出せってな」
飲み物が運ばれたところでカイザーが音頭をとり、乾杯のグラスを鳴らす。前菜のサラダをジュディスが小皿に取り分けて、魚介パエリアでお腹を落ち着かせる。
メインディッシュは定番の一押しメニュー、店名にもなっているアクアパッツァ。食べ盛りのボクたちのために大皿をふたつも用意してくれた。
「当店一番の自慢料理なんですよ」
「かなりのボリュームだな。ありがたいぜ」
「門出の結成会でしょう。おまかせランチとして、まかせられました」
わずか五百リヒタの値段に見合わない豪勢な品揃え。個別のランチプレートじゃないのは見た目のボリュームから満足できるし、取り分けることで自然と交流が生まれる。
「レナ、サラダ取ってくれよ」
「ムール貝もあるわ」
「グラスが空いてるよ。おかわりを頼もう」
些細なきっかけが積み重なって絆が深まっていく。
「みんな仲良しだよなあ。ぼくもこのクラスに入れたらいいのに」
「なによミーシャ、あなた配属クラス聞いてないの?」
「そうなんだよ。親が半ば強引に手続きしただけだったからね。詳しい話は何も聞かされてないんだ。そうだジュディア、鰹節食べる?」
「なによまったく、猫じゃないんだから」
美味しい料理に舌鼓を打ちながら歓談をして盛り上がっていると、突然、ジュディスから笑顔が消えた。窓の外を指差して震えている。
「お、お化けが、お化けがいるよ!」
「こんな真っ昼間に出ねぇだろ。んだアレ?」
「ひひひ、人魂だよ!!」
「あんた相変わらずお化けが苦手ねぇ。でも不思議、水晶玉……みたいだけれど」
「その割にはくすんだ琥珀色をしてるよ。ね、ラドくん」
「ここ、二階だよね」
羽も翼もない球体をしばらくみんなで見つめていると、風に揺られるような動きをして飛び去っていった。証人はこれだけいるんだから見間違いなんかじゃない。
「やっぱりお化けかな?」
「ラド、怖いこと言わないでおくれよ」
「大丈夫さ。何かあればぼくが助けてあげるから!!」
ミーシャがジュディスの手を握って落ち着かせようとする。約数名が顔を引きつらせていた。
「いくら尊い光景でも弟はマジ無理萎える」
「お前、見境なしかよ……」
「はは……ぼくは悪い気はしないんだけど…………」
「困った人は見過ごせないよ。大丈夫、まかせて」
この自信はどこから来るんだろう。
マッドゴーレムの時だって真っ先に駆け出していったし、純粋なひたむきさがミーシャの魅力なのかもしれない。
「素敵、いいなぁ……ねぇラドくん、あれいいなぁ」
残念ながらボクには良さがわからない。こんな時はノーコメントを貫こう。
そんな折、ドアに下げられた鈴の音が鳴った。ふたり組みの女性客の来店。見覚えなんてないんだけど、ボクたちのテーブルへ一目散に向かってきた。
「ふむ、ここにいたのか」
「見つけましたぁ!」
「え、ふたりともどうしてここに?」
腰まで伸ばした黒髪が美しく、凛としたお姉さん。
「私はレティシア。ウィザードギルド所属でレナと共に活動している」
「シア隊長はあたしたちのグループリーダーなんだよ」
そしてもうひとり、ボクと同じ緑髪の和やかな雰囲気のお姉さん。
「ティタニアっていいますぅ~。ティタもレナちゃんと一緒でぇ……」
少し天然っぽいというか抜けてそうな感じだけど、それ以上に目を引く特徴があった。
「すごいおっぱい……」
「会う人みんなに言われますぅ……」
「ミーシャ、あんた今日が初対面だけど言わせてもらうわ。バカよバカ、バカ!!」
ミーシャが言わなかったらボクが言っていたかもしれない。クリス先生よりも…………いや、言わなくてよかった。
「それでシア隊長にティタちゃん、どうしてここに?」
「それはだな、その……なんと言っていいのだろうか」
「レナちゃんが大きくて怖い人たちに連れ去られたから、助けにきたんですよぉ~!」
みんなの視線がカイザーに集まる。条件に合致するのはひとりしかいない。
「俺様が何をしたってんだ。メシ食いに来てるだけじゃねぇか」
「食事だけで事案ってマジウケる」
「ボケアマ! お前も怖い人『たち』に入ってんだからな!!」