新入生と暴走ゴーレム 4
マジェニア学園に戻るとすぐに、砂まみれで汚れた姿のままレナと合流した。
「帰ったらすぐお風呂入ろうね。ところでクリス先生は見なかった?」
職員室に近づくと教職員が集まって騒がしくしていた。この場に赤髪の女教師はいない。
「廃坑…………」
「…………暴…………ゴーレム……………………」
聞き耳を立てたつもりはない、覚えのある単語が勝手に入ってきただけ。面倒ごとはイヤだからすぐにでも立ち去りたい。
「何かトラブルでもあったのかなぁ。知ってる教官さんがいるから聞いてみようよ、イグニス教官さーん!」
「レナ君か。いや、何も心配ないさ。下校時間だから速やかに帰りなさい」
深刻そうな教師の雁首がこれだけ並んでいて、何もないわけがない。
こんな時ボクたち子供がすべきことといえばひとつ、大人の邪魔をしないこと。
「レナ帰ろう。邪魔しちゃわる……」
「イグニス教官! 話は聞きまし…………って!?」
駆けつけたクリス先生と運悪く鉢合わせしちゃったけど、今回ばかりは出る幕なし。先に帰るねと大手を振って、レナを引きずって立ち去ろう。
「ちょうどよかったわ。チビッコたち、頼まれて頂戴」
なんでもマッドゴーレムが暴走して中心部に近づいているという。でもそれは不可能、右腕と右脚、それに行動を司る頭部を破壊したんだから。
砂まみれのボクが身を持って証明できる。
「あのゴーレムは魔法で管理しているんだ。動きがあればわかるようになっている。我々ウィザードが創り出したものとはいえ、魔物発生事件から間髪入れずに市街地で暴走となれば、エスカレアの権威が完全に失墜してしまう」
そこまで言われると罪悪感に苛まれてしまう。仕方ないと思いつつ、クリス先生の要請を引き受けることにした。
「イグニス教官。大勢だと目につきます。私と、このチビッコたちだけで解決しますので」
ボクとレナを交互に見て察したんだろう。集まった教職員に声をかけて校舎内に戻っていった。野次馬の生徒も散り散りになり、どこから用意したのか大きな馬が残った。
「え、馬?」
意気揚々と手綱を握るクリス先生、後ろにはちゃっかりレナが股がっていた。
「飽きれた顔してないで、あんたは走るのよ!」
「ふぇっ!?」
いくら脚に自信があるとはいっても、馬が相手じゃ勝負にすらならない。
「ラドくーん、がんばってぇー!!」
付かず離れずギリギリの速度を調整して後ろから煽ってくる。
一刻を争う状況じゃないの?
応援する余裕があるなら馬に乗る必要すらなかったんじゃないかな?
「はっ、はっ、急ぐんじゃ、ない、の、かよっ!」
「意外とやるじゃなーい! アッハッハ、見直したわー」
脚力じゃなくて待遇を見直してほしい。
北門を出てから全力疾走して七、八分ほど走ったところで足を止めた。体力の限界だからじゃない、暗い夜道を塞ぐ黒い影を見つけたからだ。
「意外と近くまで移動してきたものじゃない。胴体と腕一本だけってのが気味悪いわ」
元がマッドゴーレムだと言われても眉をひそめる巨大な土の塊。わずかに動く左腕だけで、地面をにじるように進んでいた。
「頭が見当たらないわ。どうして動いているのかしら」
「それは、はぁ、はぁ、ふぅ、ふぅ」
息を切らして喋るのもままならないボクを見かねて、レナが背中を摩ってくれた。
「ふぅ、ふぅ……、頭は、壊しちゃったんだ」
「壊したって何で知ってんの?」
「ウィザードギルドを見学、してたんだ、いろいろあって、ボクが頭部を、粉々にしたんだよ、ふぅー」
「ふぅん。だからそんなに汚れてるのね」
土塊の山に登頂したクリス先生が表面を調べ始めた。少なくともクリス先生に対しては危害を加える様子はない。
「制御魔法を仕込んだ頭だったもの、今はチビッコの身体に付着してんのよね。もしかして取り返しにきたんじゃない?」
「止めてよ怖いから! ふぅ、はあ」
ようやく整った呼吸が再び乱れる。眠りから覚めたら巨大な土塊が目の前に、なんて状況は想像したくない。
「冗談よ。実際は頭部にかけた制御魔法がリフレクトで胴体にでも移ったんでしょうね」
「ボクもその説を強く推したいよ!!」
無駄話をしている間も少しずつ学園に向かって進んでいる。市街地に入ればみんなの目を引くし、エスカレア特別区は混乱に陥ってしまう。
「ところでさ、どうして学園にいる人たちがゴーレムの暴走に気付いたの?」
「ソードシステムのおかげよ」
──Sorcery Defensive System を略してソードシステム。
エスカレア特別区全体の魔法を管理する仕組みで、乱用や暴発、暴走を抑制してくれる。
強力な魔法が、ケンカや悪戯、犯罪に用いられないように出力を絞ってくれる安全装置みたいなものだ。
魔法を学ぶ生徒がたくさんいて、素質があっても精神的に未熟な子供もいる。取り返しのつかない事故や事件の当事者にならずに済み、安心安全な学園生活が送れるのだ。
「ゴーレム撤去のためにこのエリアだけ解除してたのよ。それで再設定したら異変発覚ってワケ。便利な機能でしょ」
腕組みで思案していたクリス先生がレナの肩に手を置いた。
「あっちのチビッコに任せたら、また制御魔法が飛んでいっちゃうわ。レナ、お願いできるかしら」
「あたしでいいの? やったぁ」
教師のお墨付きをもらったレナが嬉しそうに笑顔を浮かべている。
苦労して走らされて、ボクのいる必要ってなんだったの!?
「普段は厳禁だからね。私も立ち会ってるし緊急事態よ。特別なんだから」
「はーい。ねね、ラドくんお願い」
マッドゴーレムから距離をとって棒立ちになるレナ。背後から肩に手を乗せて支えてあげるのがボクがここに来た存在意義というわけだ。
「じっくり拝見させてもらうわよぉ」
眼を閉じて全意識を集中させているレナの耳には、その声は届いていない。
ここに意識はなく、完全に無防備だ。
でもボクがいるから怖くないと言ってくれるんだから、冥利に尽きると思うようにしている。
「来る? 来ちゃう? お、何か…………」
「あなたたち! そこで何をしているのですか!!」
「えっ!?」
暗がりからの不意な叫びに驚いて、思わず振り向くクリス先生。
声の主が手にした灯りが目くらましになって、目を戻した時にはすべて終わっていた。
土塊が巨大な岩にすり替わっている。
それはまるで手品のように一瞬のできごとだった。