新入生と暴走ゴーレム 3
「いい加減にしてくれないか!」
重装備に身を包み、結構な距離を歩かせておいて出直せっていうのはひどい話。怒気が込められるのも当然だ。
「我々は要請を受けて動いている。予定が遅れているとは聞いていたが、まさに無駄足を踏ませるとはこのこと。我々は都合の良い駒ではない、何様のつもりだ!!」
「この現状がすべてです。予定はあくまで予定、こちらにも段取りと都合があります」
「身勝手で我々を振り回すな! 現状だというのなら、これからどうするつもりなんだ!」
「今日のところはお引き取り下さい。目処がつき次第、改めて要請を出します」
「その『目処』とやらが信用できぬと言うのだ!」
「では明日にでも会議をしましょう。あなたたちはフルプレートに包まれて顔も名前もわかりません。せめて名乗るか、兜だけでもお取りになられればいかがでしょう」
「う…………そっ、それは……」
結局コレだ。
エスカレア特別区、魔法至上主義によるパワーバランスの縮図がここにある。
魔法でマッドゴーレムを大破させてからの解体作業だったら軽装でいいはず。むしろそうしないと動き辛い。
最初からこうなると予想してのフルプレート装備だと読むけど、どうだろう?
『魔術に適う剣術なし』
こんな言葉がまかり通るエリート集団がウィザードギルドである。
「呼びつけておいて帰れ、でもまた来てねってワガママだよねぇ」
ミーシャが口にしたつぶやきが、運悪く静寂の中でクリアに通ってしまった。
「ばっ、お、おいお前、バカかっ!!」
「バカって何だよ、カイザ……」
「ちょっ、黙れっ!!」
みんなの視線を釘付けにするカイザーとミーシャ。ボクは息を殺して身を潜めた。
「お前カイザーだろ! 頭が飛び出てるぞ!!」
「何サボってんだよ、カイザー!!」
「フリック、そこで何をやっているんだ!」
「フリック・スタイン、どうしていつも問題ばかり、なぜだ、フリック・スタイン!」
「バッカ、名前言うんじゃねぇ、今の俺様たちは謎のコスプレマンだろうが!」
これだけ名前を連呼されたのに、この期に及んでコスプレマンはないだろう。
諦めて前に歩み出るカイザーは、両ギルドに向けて提案を切り出した。
「まぁまぁおぅおぅ、怖ぇなおい。ウィザードギルドもナイトギルドの連中もよぉ、無理なもんは無理っつーことで、今日は諦めて帰ろうぜ、なぁ?」
「う、うむぅ。それはそう、だが…………」
「こちらもご迷惑をおかけしました。皆さん、ごめんなさい」
「えっ!?」
傲慢で高慢で驕慢で高飛車なウィザードギルドであり、マジェニア学園生徒会長から素直な詫びの言葉が出るなんて誰も予想していなかったんだろう。コスプレマンたちはみんな身じろぎして絶句していた。
この場では誰かが折れなければ事態は進展しない。
「ま、まあ、まあ……言い争っても現状は変わらないからな。今日のところは我々も引き上げよう。そうだ、魔法攻撃の際はせめて属性と破壊箇所を絞ればいいんじゃないか。いや、余計なお世話だったか、はっ、ははっ、は……」
ナイトギルドの代表者はしどろもどろになりながら一団を率いて撤収していった。
現場に残ったのはウィザードギルド、ボクとミーシャ、そして謎のコスプレマン。
「ねぇ。一緒に帰らないの? カイザー」
「俺様は謎のコスプレマンっていってんだろ」
解散宣言がされた後でも、ウィザードたちは居残りで魔法攻撃を再開していた。
手伝えることなんて何もないけど、魔法を使う状況を間近で見る機会なんて珍しいので、興味本位で眺めていた。
「右脚の膝だけを狙って」
片脚だけでも破壊できれば機動力を大幅に削減できるし、重い身体を支えきれずに崩壊させられる。
「あ、上手くいきそうだよ」
目標と属性を絞った集中砲火が功を成して、マッドゴーレムのバランスが崩れ始めた。小刻みに震えて倒れそうになっている。
「不思議だよね。どうしてゴーレムって動くんだろう」
「はっはっは。それはもちろん、魔法の力に決まってるじゃないか」
じゃあ魔法の力って何?
答えは哲学みたいなものだから、きっと有って無いようなもの。
レナだったら何時間でも喜んで喋り続けるんだろうけど、結論なんてでないだろう。
じゃあ正解は何だってのは話が別で、とても簡単なこと。
沈黙。
「あ、倒れるよミーシャ」
沈黙って無視と似ているから気が引けるなんて思っていたところで、タイミングよく状況に動きがあった。
自重を支えきれなくなったマッドゴーレムが前のめりに倒れる。右脚は潰れ、受け身をとった右腕も根本から吹き飛んでいる。
意志を持たない泥人形とはいっても、痛々しい光景だ。
「危ない!」
倒れた衝撃で頭部がもげた。勢いを増した頭部が不規則なバウンドで跳ねてくる。
その方角はウィザードたちに向いていた。
「ラド頼む!」
「うん!!」
カイザーのひと言で動き出したボクは一目散に走り出した。触れられさえすれば確実に止める自信がある。
「うおおおおおおおおおっ!!!」
ミーシャ!?
ロケットスタートを決めたミーシャがボクの前方を駆けていく。ゴーレムの頭部といってもカイザーより大きいんだから、生身で受け止められるわけがない。
「せーのっ!!」
いやいや、どんなに渾身の力を振り絞っても潰されるだけ。立ち止まって無謀にも受け止めようとするミーシャを、ギリギリで追い抜いた!!
指先でゴーレムの頭部に触れた感覚が一瞬、間に合った…………と思った瞬間に砂嵐が全身を吹き抜けるような気持ち悪さに襲われた。
「うぅ…………うわぁ」
砂埃が舞い上がって、周囲は霧に包まれたようになった。服の中まで砂粒が入り込んで不快感この上ないのも当然。ボクは砂に埋もれていた。
砂嵐を受けたミーシャは、ボクが壁になったおかげで被害は少なそうだ。
「き、君たち、怪我はなかったかい?」
すくみ上がるウィザードたちに手を差し伸べに行くミーシャ。みんながみんな、自身の無事を確信した瞬間から窮地を救った英雄に祭り上げられていた。
「おう、大丈夫そうだなお前」
「ぶえぇー……口にまで砂が入っちゃったよ、ぺぺっ」
ボクに手を差し伸べるのはフルプレートのコスプレマン、扱いは天地の差。ちょっとはチヤホヤされたかったな。
いろいろあったけど本日の作業完了。撤収してマジェニア学園に戻るまで英雄ミーシャはモテモテ、ウィザードをほぼ独り占めしてハーレム状態になっている。
一方で砂を浴びたボクには誰も近寄らない。隣にフルプレートのコスプレマンがいるから、気味悪がられてるんだ。
軽口のひとつでも叩きたかったんだけど、ボクたちの真後ろには険しい表情のエレノア会長がピッタリくっついていた。まるで早く歩けと言わんばかりの迫力に押されて、カチャカチャと耳障りなリズムを聴きながら黙々と歩き続けるしかなかった。