新入生と暴走ゴーレム 2
解散後も暇を持て余すボクとミーシャさんで散策をしていたら、北門付近に重厚な鎧を身に着けた兵士の一団を見かけた。ナイトギルドだ。
「これから演習でも始めるのかな。中々にいい仕立てだね」
見ただけで善し悪しはわからないけど、頭のてっぺんから足の爪先まで継ぎ目がない装備はフルプレートと呼ばれるもの。見た目からして重々しく、でも真新しい。
「鍛錬にしては不自然だけど…………あ、あの人」
遠くから見てもすぐわかる高身長。頭ひとつ飛び出しているナイトってまさか?
「ねえラド。せっかくだからこっそり後をつけてみない?」
「ミーシャさんって結構イケるクチ? 行こう行こう」
「暇つぶしには良さそうだよね。あと僕のことはミーシャでいいよ」
エスカレア特別区の中心部から北へ進み、市街地を抜けると広い森になる。この地域は利用価値が低いのか人の手があまり入っていない。
そんな静かな場所に、重厚感のある一団がカチャカチャ鳴らせて進行するのだから、かなり不気味だ。
「この方角、まさかとは思うけど…………」
ボクには心当たりがあった。
二週間ほど前に起きた、エスカレア特別区での魔物発生事件。
安心安全を謳うこの地を震撼させた魔物の発生源が、この先にある廃坑だ。
市街地中心部でも被害は出たんだけど、今ではすべて討伐されて解決している。
前代未聞の事件を憂慮して、高貴で裕福な家柄の生徒からエスカレア特別区を出て行ってしまった。今でも生徒の半数は戻っていない。
だから再び魔物が発生したとなれば大問題だ。
「ねえミーシャ。この先はちょっと危ないかも」
「はえ? なんで?」
案の定、一団の目的地は廃坑だった。
すでにウィザードたちが魔法を繰り出して応戦している。
「ねえミーシャ、魔物と戦ってるよ!」
「その割にはナイトの人たちに緊張感がなさそうじゃないかい?」
裏からこっそり回り込むと、相手は二十メートルはありそうな巨大なマッドゴーレムだった。
「話になんねぇよ」
「これでは日が暮れてしまう」
「火力不足だろう」
フルプレートのナイトたちが愚痴と不満を口にする。その声はウィザードたちの耳にも届いているだろう。
「怯まないで。どんどん打ち込みなさい」
炎や氷、水や雷の魔法が無秩序に放たれているだけで大きなダメージを与えるまでに至っていない。むしろ各々の利点を打ち消し合っているような印象を受ける。
「よかったよミーシャ。少なくとも魔物被害じゃなさそうだね」
「どうしてわかるんだい?」
廃坑前のマッドゴーレムは、ウィザードギルド新入生がオリエンテーションを兼ねて創造されるもの。
崩落の危険性がある廃坑に立ち入らせないためという大義名分だったけど、実は奥から湧き出る魔物を阻止するためだった。
「廃坑の奥深くに『魔脈』があるから危険なんだってさ」
「へぇ。ラドって物知りなんだね」
木の陰に隠れて様子を伺うボクたちの近くにフルプレートの大男が近づいてきた。
見つかったわけじゃない、単純にサボるためだ。
「…………ふぅ、やってらんねぇぜ」
「あれ、やっぱりカイザーだ。カイザー、カイザー!」
「ぶっ!! お前ここで何してんだよ!」
カイザーに話を聞くと、目的はウィザードギルドとナイトギルド合同でのマッドゴーレムの破壊と撤去。
戦略としてまず、魔法で大きく破壊させてから物理攻撃でトドメを刺す。しかしこの有り様では魔法練習の見学会だと揶揄される事態になっていた。
「この廃坑、埋め立てるんだと。だからゴーレムもお役御免ってことだ。つーかコイツ…………ラドのダチか?」
「ボクはミーシャ。マジェニア学園に入学を控えているんだ」
「途中入学ってお前、不可能…………いや、今の状況じゃ、なぁ」
「そうなんだよ。生徒が減って混乱気味みたいでね、手続きに支障はなかったよ」
「そうかそうか。魔物発生事件様様ってところか?」
「エスカレアでは本当に魔物被害がなくなったのかい?」
「ああ。ここでの被害はないと断言していい。なんだ、怖いのか?」
「そりゃあね。話に聞くと、封印された秘宝が盗み出された呪いだって噂を聞いたからね。僕は隣国のエレモア帝国出身だから他人事じゃないし」
「そんな内容で伝わってんのか!?」
「何でも素行不良な生徒が悪さをしたっていうのが真相らしいけどね。この時代に秘宝なんてあるわけないし、薮を突ついて魔物を出したんだから世話ないよ。そんなバカいるはずないし、アハハハハハハ」
カイザー怒りの鉄拳が出ないかとハラハラしたけど、フルプレートのおかげか表情は窺い知れない。今ここで暴れたらサボってるのを自らバラすようなものだし。
そんな折、音と光だけは派手だった花火大会に静けさが訪れた。
マッドゴーレムは依然として仁王立ちのまま。
「作業は中断します。予定は後日改めて通達します」
抑揚なく淡々と告げた人物は先ほど施設案内をしてくれたエレノア会長。実習があると言っていたのはこのことだったと思うと、申し訳ない気持ちになる。